トランプ政権のAIアクション・プラン

 

トランプ政権の新しいAIアクション・プランが、7/23に発表された。これは、もともと1月にトランプ大統領が就任直後のエグゼクティブ・オーダーで、前バイデン政権による2023年10月に発表されたAIに関するエグゼクティブ・オーダーをまず反故にし、6ヶ月以内に新しいAIアクション・プランを策定する、というものに対する回答だ。その内容は、当初から予想されていたとおり、前政権によるプランとは、真逆と言っていい内容だ。

 

前政権によるプランは、どちらかというと、AIの発展に対する行き過ぎやリスクに対する対応を中心に策定されており、よりAIの安全性を重視し、市民がマイナスの影響を受けないようにという配慮に富んだものだった。このプランは、実は国民に比較的好意的に受け止められていた。国民全体の69%が支持しており、民主党系の人の78%だけでなく、無党派層で65%、共和党系の人の間でも64%という高い支持を受けている。ただ、一方ではテクノロジー業界の多くの人は、これではAIの発展を阻害し、中国などによる追い上げに対し対抗できないと、強く懸念が表明されていた。

 

テクノロジー業界の人達がたくさん集まるカリフォルニア州シリコンバレーでも、そのような声はかなりあった。そのため、いつもは民主党の大統領候補を応援するシリコンバレーの人達の、決して少なくない数の人が、今回はトランプ支持に回ったと言われている。彼らはトランプ氏当選後、新政権に対し、テクノロジー、特にAIに対する発展を阻害するような規制などを排除するよう、強く求めていた。そして、政権の中に、AIおよび仮想通貨担当(czar)として、起業家でありベンチャー・キャピタリストでもあるDavid Sacks氏を送り込んだ。

 

今回のAIアクション・プランも、基本的に彼と、第一期トランプ政権でCTO(Chief Technology Officer)を務めたMichael Kratsios氏の2人が中心になってまとめ、それをほぼそのままトランプ大統領が承認した、という印象を持つ人が多い。関税の問題など、必ずしもテクノロジー業界にプラスになるものばかりとは言えないが、このAIアクション・プランについては、テクノロジー業界の希望がかなえられた、と言える。

 

さて、この新しいAIアクション・プランの中身だが、大きく以下の3つの点が上げられる。

• AIイノベーション加速化のための規制緩和

• 米国におけるAIインフラストラクチャー構築

• テクノロジー輸出規制の緩和

 

前政権による政策では、AI開発企業はその開発したAIモデルが、市民に害をおよぼさないよう、リスク管理することを求めた。具体的には、セキュリティ・テストの実施、AI作成コンテンツの明確化、システムの機能や限界に関する開示など、いろいろな点に配慮することが求められ、業界関係者からは、これではAI発展のスピードが遅くなり、このままいけば、中国などに負けてしまう、という大きな懸念があった。これを、今回の新しいAIアクション・プランでは、ほとんどすべて払拭し、AI開発のスピードを上げることが可能になったと、見られている。「米国AI解放の日」(Liberation Day for American AI)という声も聞かれる。

 

規制緩和は、単にAIそのものの開発に留まらない。AI開発のために必要となる、AIインフラストラクチャー、具体的にはデータセンターの構築、そこに必要となる電力開発などにも、規制緩和を加えている。データセンター構築や電力開発のための国有地(国立公園などを含む)の利用や、化石燃料を使った電力開発などに対しても、規制をなくし、AI開発を促進しようと言うものだ。もともとトランプ政権は、国有地使用による自然破壊などの環境問題や、地球温暖化防止のための代替エネルギー利用などには関心がなく、むしろそのような考え方を排除しようと考えているので、これらに対する配慮は、されていない。また、米国テクノロジーの輸出に関しても、最先端技術はともかく、ある程度の技術は輸出したほうが、米国の技術が世界を制覇する可能性が高い、という考え方で、これも前政権とは大きく異なる考え方だ。

 

今回のAIアクション・プランに対し、テクノロジー業界は、全般的に満足していると言えるが、いくつか懸念と考えられるものもある。一つは、テクノロジー業界が、AIモデル開発のために、公開されている情報を使うことは、著作権法に違反するのではなく、著作権法におけるFair Use(公正利用)の範囲内だという主張に対しては、明確なポジションの提示がなかったことだ。

 

もう一つは、このAIアクション・プランに合わせて発表されたエグゼクティブ・オーダーに、政府が調達するAIは、DEI(Diversity, Equity, and Inclusion)など、Woke(差別や社会的不公正に対する意識が高いこと)的なものを含む、イデオロギー的に中立性を欠くものであってはならない、というものだ。これは、AIモデル開発企業にとって、大きな問題となりかねない。これまで行ってきたAIモデル開発に使った情報がWokeだと言われ、政府調達から締め出されてしまうと、大きな問題となる。また、それを避けるために、AIモデルを再構築するというのも、簡単な話ではない。

 

また、何をもってWokeと判断されるのか、明確ではなく、たとえば、気候変動に関して、これを事実だとAIモデルが考えると、これはWokeと判断されるのか、などがある。さらに、このあたりの判断のされ方によっては、現政権の意見、考え方に合ったものが公平、中立と考えられ、むしろ恣意的な結果を出すように促されていることにもなりかねず、政府による思想操作にも発展する可能性を秘めていると、懸念する声も上がっている。実際、すでに中国のAIモデルでは、中国政府を批判するような話は出て来ないようになっていると言われる。

 

このAIアクション・プランは、あくまでも青写真というレベルのものなので、これからこれをどう運用していくかによって、どのような形で米国のAIが発展するかは変わる。個人的には、今回のAIアクション・プランの基本的な方向性、特に規制よりAI発展を優先するという動きは、台頭する中国などとの競争を考えると、正しい方向のように見える。AI開発側には、できるだけ自由にイノベーションを起こせる環境を作るということは、必要なことだと思う。ただ、付随して発表されたWokeに関連したAIの政府調達に関するエグゼクティブ・オーダーは、逆にAI開発企業に負担となる可能性があり、懸念材料となっている。

 

一方で、前政権が注力した、安全性などを無視して前に進むと、大きな社会問題が起こることも、十分に考えられる。こちらに関しては、AI開発者側に負担をかけるのではなく、その利用者である市民が守られるような、うまい方策が考えられることが強く望まれる。今後AIはさらに発展し、社会に大きな変革をもたらすことは間違いない。それが、本当の意味で市民みなのためにプラスになるよう、この先の動きに期待し、注目したい。

 

黒田 豊

2025年8月

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