またしても肩透かしのApple新製品発表

6月2日、サンフランシスコで年に1度のAppleのWWDC(Worldwide Developers Conference)がはじまり、最初にCook社長のプレゼンテーションが行われた。今回は、4月にCook社長が、今年中に新しいカテゴリーの新製品を出すと明言していたので、いよいよ何か新しい製品が登場するのではないかと、市場は期待していた。

しかし、ふたを開けてみると、残念ながら、Macの新しいOS X Yosemiteと、iPhone/iPad用の新しいiOS 8の発表に終わり、新製品の発表はまたもお預けとなった。前社長のSteve Jobsであれば、最後に「あと、もう一つ」と言って、新製品の発表があったりしたが、Cook社長になってからは、残念ながらそのようなサプライズはなく、プレゼンテーションは終了した。

地元紙は、新製品発表がなかったことには、それほど触れず、新しいOSの話を中心に報道していたが、全国紙のウォールストリート・ジャーナルなどでは、「長い『待ち』は、さらに続く」といったタイトルで、今回も新しい製品発表がなかった点が最初に上げられ、市場がそれに対してがっかりしている点を指摘していた。

Appleが新しいカテゴリーの製品を出したのは、2010年のiPadが最後で、その後、すでに4年が経っている。市場が、新しい製品はまだかまだかと言うのも当然だ。それを考慮し、今年中に新しいカテゴリーの製品を出すという予告までして、市場の期待を引きとめようとしてるが、製品そのものは依然として出てきていない。ただ、その数日後には、ロイター通信が「うわさ」として、Appleが新しいデバイスを10月発売に向けて、最初は月に300万から500万台製造する準備に入っているとも伝えている。これは、もしかすると、Appleが市場の批判をかわすために、自主的に流したものかもしれない。

それと、今回の発表の中に、ヘルスケア関連のHealthKit(プラットフォーム)とHealth(アプリ)というものがあり、プレゼンテーションの中で見ると、たくさんの発表の中の一つだが、これはAppleがヘルスケア分野に本格的に参入することを表したものとして注目される。この中で、新しいウェアラブル・デバイスの話は何もなかったが、そのようなものが今後含まれることは容易に想像される。そして今回、Apple以外のヘルスケア関連デバイスからの情報もまとめ、さらに医療業界とのパートナーシップも発表するなど、ヘルスケア分野でのエコシステム構築に向けた動きを加速している。これまでの他社のヘルスケア・デバイスは、それぞれ独自のエコシステムを作り上げ、全体をまとめるものがなかった。AppleはiPhoneを他社製品からの情報を含めたハブ(中心)とすることを狙っている。

したがって、今回はそのヘルスケア・エコシステムの姿を見せ、それに合わせたウェアラブル・デバイスを秋に出そうという作戦と見える。これまで、新たに出てくるウェアラブル・デバイスは、時計にIT機能を付けたスマートウォッチ、名称はiWatchとうわさされていたが、もしかすると、別な名前のものになるかもしれない。手首に付けるリストバンド・タイプのデバイスを出しているスポーツ用品メーカーのNikeは、Appleとパートナーシップを組み、今後ハードウェア市場から手を引くとのうわさだ。Appleは今回の発表で、ヘルスケアを重要な市場として参入を明確にしたが、すでにヘルスケア分野では、ウェアラブル・デバイスも、またそれに合わせたアプリなども市場に多く出回っており、10月にAppleが出すと予想されるウェアラブル・デバイス、それに伴うヘルスケア・サービスが、どれくらい他社のものに比べてすぐれたものになるか、注目される。

今回はまだ新製品は発表されず、うわさの域を出ないので、この話は、また正式発表を待つことにしたい。では今回の発表の目玉は何かというと、iOSに新たに約4000のAPI(Application Programming Interface)を加え、これまで制限の多かったiPhone/iPad向けのアプリケーションが、より自由に開発できることになったことだろう。この新しいAPIにより、あるアプリから、既存の別のサードパーティ・アプリケーションにつなげる拡張(Extension)ができるようになった。例えば、これまでTwitterとFacebookとしかつなげられなかったのが、Pinterestなど他のアプリケーションにつなげることが可能になったし、サードパーティのキーボードをつなげたり、指紋認証を使うTouch IDを、Appleが提供する用途以外にも使えるようにしたり、カメラ、写真、クラウド、新しいヘルスケアなどのアプリも拡張することが可能になった。HealthKitとともに、HomeKitというプラットフォームも発表され、まだ実体はあまりないものの、今後iPhoneをホームオートメーション領域のハブにもする意向を示している。

この拡張を、AppleのiOSがGoogleのOSであるAndroidに似てきた、という言い方をする人たちもいるが、そうではないように見える。AndroidはOSそのものもオープンにし、自由に変更できるようにしているので、スマートフォン各社がそれぞれ修正を行い、その結果、Androidとひとことで言っても、いろいろなバージョンがあり、ソフトウェア開発者は、それぞれのAndroidに合わせてソフトウェアを開発する必要があり、それが大きな問題となっている。これに対し、Appleは一つのiOSで、ソフトウェア開発者も、一つのソフトウェアを書けばそれでよい。また、このようにAndroidはオープンなため、ウィルス・ソフトウェアも、モバイルでは99%がAndroid向けと言われており、これがAndroidのもう一つの大きな問題となっている。

Appleは今回のAPIの追加で、ソフトウェア開発の自由度はかなり広げたが、iOSそのものを変更できるようにしたわけではなく、また、別なアプリケーションをつなげる場合も、セキュリティ上の問題に、そのソフトウェア構成上十分な配慮がなされているので、Appleの思惑どおり行けば、セキュリティを十分確保したまま、ソフトウェア開発の自由度を広げることができたと言える。

ただ、そうは言っても、外部のアプリケーションがつながった場合、Appleが次の新しいバージョンのiOSを出したとき、サードパーティ・アプリケーションが古いバージョンでしかつながらない、というようなことが、今後発生しないとも限らない。AppleがiOSを以前に比べオープンにした代償は、ゼロというわけには行かないだろう。プレゼンテーションの中で、Cook社長はAndroidの最新版を使っているユーザーはわずか9%だが、iOSでは89%だと自慢していたが、その数字が将来どこまで維持できるかが一つの課題だ。それでも、今後のアプリケーションの広がりを考慮すると、APIを大幅に増やし、アプリケーションの輪を広げたのは、方向として間違ってはいないだろう。

今回の発表で、これ以外で目にとまったのは、MacとiPad、iPhoneのつながりをより深めるいくつかの機能追加だ。ひとつは、デバイスからデバイスへの作業の継続(continuity)。もう一つは、iCloudをデバイス間の共有スペースとして使うiCloud Driveだ。後者は、Windowsもカバーするというから、私のように、Windowsパソコンと、iPhoneやiPadを使う人間には、便利な機能だ。最近急伸しているDropBoxなどの競合になるだろう。

今回のAppleの発表は、新しいカテゴリーの製品を期待していた人には肩透かしになったが、MacやiPhone、iPadユーザー、そして、それらのためのアプリを開発するソフトウェア開発者にとっては、それなりに有意義な発表だった。もうそろそろ待ちくたびれてきているが、秋の新しいカテゴリー製品の発表を、もう一度待つことにしよう。

  黒田 豊

(2014年6月)

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