Appleを追うMicrosoft、Googleの方針転換

6月後半、MicrosoftとGoogleがあいついで注目される発表を行った。ひとことで言えば、ソフトウェア中心のビジネスから、ハードウェア、そしてコンテンツ提供を含むユーザー・エクスペリエンスを提供するビジネスへの転換だ。これは、まさにAppleがこれまで行ってきたビジネスモデルの追随だ。

Microsoftは、まず、遅れているタブレット分野で、Surfaceという自社開発ハードウェアを使ったものを6月18日に発表した。タブレット市場では、AppleがiPadで60%以上の市場を握っている。追随するGoogleのAndroid OSを使ったもの、そして、発売当初、その低価格で市場に広まったAmazon.comのKindle Fireが残りの市場を確保し、Microsoftのものは見当たらない。

この状況を打開するために出してきたのが、今回のSurfaceだ。機能的には、先行するAppleやGoogle Android OSを使った機種とそれほど大きく変わらない、というのが一般的な受け止め方だ。ただ、発表された2機種のうち、ハイエンドのものは、秋にも登場する予定のパソコンで使う新しいOS Windows 8を使い、パソコンとの互換性という意味では、他社にないものを持っている。タブレットがパソコンの代わりとして使われ始めつつあるビジネス市場は、Microsoftとしては、死守する必要のある市場で、そのためには、これまでのパソコン市場での圧倒的な強みを生かそうという戦略だ。しかし、市場からみた最も大きな衝撃は、なんと言ってもMicrosoftがこれまでのビジネスモデルをくつがえし、自社ハードウェアで市場に参入したことだ。ただ、出荷時期や価格を発表せず、市場に遅れたあせりの出た発表のようにも見える。

Microsoftは、さらにその2日後、スマートフォン向けの新しいOS、Windows Phone 8も発表した。タブレットの発表とともに、MicrosoftがAppleやGoogleに大きく遅れをとったスマートフォンでの巻き返しを狙ったものだが、市場の評価はあまり高くない。2010年秋には、市場での挽回を図るべくWindows Phone 7を発表し、大手携帯電話メーカーのNokiaをMicrosoft陣営に取り込むことに成功したが、今年第一四半期のスマートフォン市場シェアは2%以下と低迷している。さらに、このWindows Phone 7を使ったスマートフォンは、Windows Phone 8にアップグレード出来ないというから、これはWindows Phone 7を発売しているNokiaにとって、あまりいい話ではない。

一方、GoogleはMicrosoftの発表1週間あまり後の6月27日、毎年開催しているGoogle I/Oコンフェレンスで、いくつかの発表を行い、その中で特に注目されたのは、やはり自社ハードウェアを使ったNexus 7によるタブレット市場参入だ。Googleは、以前、Nexus Oneという自社ハードウェアのスマートフォンを出したが、ほとんど売れていない。しかし、このときは、ハードウェア製品を出すノウハウが社内になかったこともあり、開発製造をHTC社にまかせて、ブランドだけをGoogleブランドにしたきらいがあった。この失敗を教訓に、Googleは大手携帯電話メーカーであるMotorola Mobilityを買収し、本格的に自社ハードウェアを使った製品構築をめざしている。そのひとつがこのNexus 7だ。

Googleは、今回の発表で、Nexus 7の価格を$199と、Apple iPadの半額以下、AmazonのKindleと同価格に押さえ、Apple対抗だけでなく、Kindleキラーとしても位置づけている。そのため、そのビジネスモデルも、ハードウェアでは利益を出さず、場合によっては赤字を出しても、コンテンツ販売で儲けようという戦略だ。AppleのiTunesにあたるGoogle Playも充実させ、Google Play Magazineという雑誌販売サイトも登場させている。

Googleのメインの発表は、このタブレットだが、それ以外にも、家庭向けストリーミング・メディア用Nexus Q、リアルタイム・アラートを提供するGoogle Now、Amazonと同じうようなIaaS (Infrastructure as a Service)クラウドサービスのGoogle Compute Engineなどを発表した。また、Project Glassという、Augmented Reality技術を使った特殊メガネのデモを見せ、サンフランシスコ上空からスカイダイビングする人にそれを付けてもらい、そこからの映像を紹介したが、これは、Street Viewがプライバシー侵害と騒がれたのと同様、問題が発生する可能性を指摘する人達もすでに出てきている。

このMicrosoft、Googleの自社ハードウェアを使った製品への方向転換は、今後のIT市場に大きな影響を及ぼす。ひとつには、MicrosoftやGoogleのソフトウェアに依存し、ハードウェアでビジネスを行って成功しているSamsung、LGなどの韓国企業、Dell、HPなどの米国企業、そして日本企業各社の今後だ。MicrosoftやGoogleがこれらハードウェア・メーカーに、今後ソフトウェアを供給しなくなる、というようなことは、まず考えられないが、しかし、MicrosoftやGoogleのハードウェアと対等に競争できるかどうかは、大きな問題だ。これは、GoogleがMotorola Mobilityを買収を発表したときから懸念されていたことだが、いよいよ現実になってきた。さらに、GoogleのMotorola Mobility買収発表のときは、これでハードウェア・メーカーは、Googleから少し距離を置き、Microsoftに接近するのではないか、という見方もあり、私もそのようにこのコラムで書いたが、今回のMicrosoftの方針展開で、それも難しくなってしまった。

もうひとつの大きな流れの変化としては、オープンシステムから特定企業のEco Systemへの流れだ。Googleは、Appleはクローズだが、自分たちはオープンで、Androidはどの会社にも公平に無料提供し、ハードウェア・メーカーは、それに自由に変更を加え、独自の特徴を持たせることを許していた。そのため、ハードウェア・メーカーも、GoogleのAndroid OSを使いながら、いくらかは独自性を出すことが出来ていた。ただ、これは多数の異なるAndroid OSを生む結果となり、ソフトウェア開発者たちは、それぞれのAndroid用にソフトウェアに変更を加える必要が生じたため、Android対応をやめ、Apple のiOS対応だけにしようという動きすら出ている。今回の発表で、これにGoogleが終止符を打てれば、ソフトウェア開発者にとっては好都合だが、ハードウェア会社へのAndroid供給を続ける限り、その可能性は高くない。となると、オープンなシステムの問題点を残しながら、そのよさをなくしてしまうことにもなりかねない。

Microsoftの場合は、ハードウェア・メーカーが勝手にOSを変更できるわけではないし、Androidのように、無料で利用できるわけではなく、本当の意味でのオープンなシステムではないが、契約すればどのハードウェア・メーカーも、そのソフトウェアが使えたという意味で、ある種オープンなシステムだ。そのよさは今後も残るが、Microsoftというハードウェアの競合メーカーができたことは、ハードウェア・メーカーにとって大きな痛手だ。

MicrosoftとGoogleの、ハードウェアを含むEco Systemを作り、ユーザー・エクスペリエンスを自社ですべて作り上げていくという戦略が成功するかどうかは、これから出てくる製品次第だ。Microsoftは、過去の自社ハードウェアでのビジネスで、ゲーム機のXboxでは成功したが、携帯音楽プレーヤーのZuneは失敗し、撤退している。Googleも、最初の自社ハードウェア・スマートフォンNexus Oneでは失敗している。MicrosoftやGoogleが自社ハードウェアで成功すれば、コンシューマーにとっては、使い勝手のいい製品が複数メーカーから登場し、価格低下要因にもなって、いい話だが、その一方、ハードウェア・メーカーにとっては、これからのビジネスをどのように展開していくべきか、戦略の再検討を迫られることになる。

  黒田 豊

(2012年7月)

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