シリコンバレー最近事情

シリコンバレーの活況が評判になってから、もはや何年も経ち、もうそろそろピークを過ぎて、落ち始めているのではないかと想像される向きもあるかもしれない。つい先日も、「最近、シリコンバレーから人がボストンやテキサスなどに移動しているという話を聞きますが、シリコンバレーも様子が変ってきたのでしょうか」というような質問を受けた。

人の多く流動するアメリカなので、当然シリコンバレーを出ていく人もいるだろうが、わたしの知る限り、それによってシリコンバレーの活況が沈静化したなどということは全くない。地元の新聞報道でも、シリコンバレーの人口は今後数年増え続け、その数に対して人の住む住宅の数の増加が追いつかないという話が出ていた。

実際、数年前から空地という空地には、次々にデベロッパーによって主にコンドミニアムなどの集合住宅が建てられた。中にはゴルフ場をやめてしまい、住宅地にしてしまったようなところもある。そして、これらの集合住宅をみると、いかにも土地ぎりぎりに建てており、建物と建物の間の空間の少なさが目立つ。一軒一軒の家の中の大きさは、おそらくある程度確保されていると思うが、それでも、この空間の少なさは、カリフォルニアというよりも、ほとんど日本を思わせるくらいである。おまけに建てている途中をみていると、建設を急いでいるせいか、何かちょっと安っぽい建築をしているように見える。

シリコンバレーが活況を呈しはじめた数年前はともかく、最近になって建設された集合住宅など、私などは、もしかしたら住宅事情が変って借り手が不足するのではないかと、よけいな心配などしていたが、全く無用の心配であった。

シリコンバレーの人口がどれくらい増えているかの統計は手元にないが、自分自身や会社の同僚の通勤事情を考えると、人の数がどんどん増えているのが、よくわかる。ある同僚は、サンフランシスコ湾にかかるいくつかの橋の一つを渡って通勤してきているが、以前は朝7時前に橋まで来れば大丈夫だったのが、今や6時前に渡らないと大変だと言っている。そのため、会社には朝6時前後にオフィスに着く人達も少なくない。帰りも当然ラッシュがひどいので、午後の3時か、おそくとも4時までには会社を出るようにしているようだ。

私自身の場合は、夕方のラッシュを避けるためと、日本とのやりとりのため、帰りは大体7時か7時半くらいにオフィスを出るのが通常である。今までなら、これでほとんどラッシュに遭わずに済んできた。ロサンゼルスは、常に渋滞がひどいようだが、シリコンバレーはまだまだ快適だなと思っていた。ところが、いつの間にか気がついたら、毎日ハイウェ-でのろのろ運転するようになり出した。そして、ついには、動いたり止まったりという、いわゆる渋滞する日が多くなってきた。最初は、「今日はどうしたのだろう、何か事故でもあったのだろうか」などと思ったりしていたが、何のことはない。シリコンバレーの人口が増え、そのため夕方のラッシュが7時を過ぎ、8時ちかくになっても続くようになったのである。

人口は増えつづけているのだが、これでシリコンバレーの労働需給バランスが改善されたというわけではない。まだまだ需要が大きく供給を上回っており、どこの企業も優秀な人材確保には苦労している。特にベンチャー企業が豊富な資金をもとによい条件で人材確保に走っており、従来型の企業は苦戦している。

以前からベンチャー企業はストック・オプションを人材確保の有力な武器としていたが、今まではベンチャー企業の成功する確率が低く、ベンチャー企業に飛び込むことには大きなリスクが伴った。ベンチャー企業は失敗すると職を失うという結果になり、人材の流動化が進んでいる米国でも、次の仕事を探すのはなかなか容易ではないからである。また、以前のベンチャー企業は資金に乏しく、そのため社員の給与は既存企業より低いのが通常であった。

ところが最近は、このあたりの状況が一変している。ここ数年のインターネット関連ベンチャーの大きな成功(高株価の実現)により、ベンチャー企業に資金を投入するベンチャー・キャピタルが豊富な資金を持っており、どこにそのお金を投資するべきか、投資先を探しているというのが現状である。そのため、投資してもらうベンチャー企業も資金が豊富な場合が多い。その結果、ベンチャー企業は、単にストック・オプション等による魅力的なオファーのみならず、給与の面でも、従来企業に引けをとらない給与水準で人材確保に走っている。

また、現在シリコンバレーの景気は引き続き良く、仮に自分が参画したベンチャーがうまくいかなくても、すぐに次の仕事が見つかるという状況がある。そのため、個人も失業することをほとんど心配していない。実際、先日シリコンバレーで行われた人材を探している企業を集めたジョブ・フェアでは、次々に就職が決まっていくという状況であったと聞く。何やら日本のバブルの頃の新入社員採用にも似たような状況といえる。

したがって、今やベンチャーに参画することは、ストック・オプションなどの、もしうまくいけば大きな報酬が得られる上に、給与水準も下がらず、また、失業して次の仕事が見つからないという危険も少ないなど、マイナス面がほとんどないので、優秀な人材がどんどんベンチャー企業に流れているというのが、現実である。そのため、シリコンバレーの従来企業は人材の確保が極めて難しい状況にあるといえる。もちろんこのような需要が大きく供給を上回っているのは、インターネット関連や、ソフトウェア関連、また、会社をサポートする財務、経理、人事などの人材が中心であり、あらゆる業種のあらゆる職種というわけではないが。

  黒田 豊

(2000年3月)

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