注目を集めるAppleの動き

Appleが最近再び注目されている。と言っても、Macの人気が急に上昇してMicrosoft系のパソコン市場を脅かしているという話ではない。インターネットによる音楽配信サービスのiTunesと、そのダウンロードした音楽を持ち歩けるiPodミュージック・プレーヤーの人気による。

IPodの販売台数はここに来て大きく伸びている。今年3月末に終わった四半期で、その売上台数は80万台を超え、1年前の約8万台の10倍以上となっている。金額的にも2億6千万ドルと、前年同期の8倍以上である。

音楽配信サービスのiTunesは、米国で昨年始まって以来、最初の1週間で100万曲、最初の7ヶ月で3,000万曲が購入され、ダウンロードされた。アメリカに続き、イギリス、フランス、ドイツでも今月中旬からサービスを開始したが、ヨーロッパ3国で、サービス開始1週間で、早くも80万曲が購入され、ダウンロードされたとAppleは発表している。

インターネットによる音楽配信は、Napsterによる無料の音楽ファイル交換が最初に広まったため、大手音楽CD各社はアレルギー症状とも言えるほど、インターネットによる音楽配信に対する不信感を抱いていた。これをAppleのCEO, Steve Jobsがうまく説得し、有料によるインターネット音楽配信に参加させることが出来たことが、最大の成功要因である。

このおかげで、Appleは2001年度に赤字を出した後は黒字を続けており、売上も2001年度の53.6億ドルから、2003年度には、62億ドルへと上昇している。株価も長い間10ドル台で低迷していたのが、現在は30ドル台まで上昇している。利益は2000年度の7.8億ドルに比べると、2003年度でも、一桁小さい6,900万ドルにとどまっているが、2004年度は、上半期で1億ドルを超える利益を出しているので、業績が回復基調にあることは間違いない。

Appleはさらに、iTunesで、コンピューター・メーカーのHPとパートナーシップを結び、iTunes用ソフトウェアがすべてのHPパソコンに導入されることになった。HPのパソコン販売台数は米国だけでも年間1,000万台を超える(全世界で約2,500万台)から、大きな数字である。またインターネット・サービス・プロバイダー大手のAOLは、iTunesを音楽ダウンロードサイトとして2,600万の会員に提供することになった。

AppleのiTunesでの大きな成功を見て、他社も同様のサイトを次々に立ち上げている。音楽CD各社としても、ひとたびインターネットによる有料ダウンロードをはじめた以上、iTunesだけに制限する必要はない。これは音楽CDを買うのに、どこの店に行っても買えるのと同じで、当たり前のことである。したがって、Appleとしても、iTunesがその初期段階で成功したからと言って、のんびりしてはいられない。Appleは、iTunesで競合他社が追いつく前に、HPやAOLとのパートナーシップを通して、出来るだけリードを広げようというわけである。

インターネットの新しい分野では、最初に市場参入した会社が先行者利益を得ることが多いことは、以前に何度も書いた。インターネット・ポータルサイトのYahoo、インターネット・オークションサイトのeBay(日本ではeBayは出遅れたため、Yahooオークションがトップになっている)、書籍から始まってあらゆるものを売るインターネットのデパート化したAmazon.com等は、そのいい例である。そのため、Appleはインターネットによるデジタルコンテンツ配信で、どんどん先行しようとしている。

このようにAppleは、iPodとiTunesで、いままでとは異なる、新しい分野のビジネスで事業展開をはじめており、初期段階では、大いに成功しているといえる。しかし、Appleの考えているのは、音楽配信だけではない。当然これからくるブロードバンド時代には、映画等のビデオ配信も現実のものとなってくる。デジタル化できるものは、インターネットで直接配信したほうが、物理的な店を構え、商品の在庫を持ち、店員を雇ってビジネスを行うより、はるかに効率のよいビジネスとなる。

そのためのネックは、ネットワークの回線スピードであり、配信されたものを受け止めるパソコンのスピードであり、送られてきたコンテンツを記憶するディスク等の記憶容量の大きさである。しかし、そのいずれもが、音楽配信ではまったく問題がなく、ビデオ配信についても、近々問題がなくなってくる。送られてきたコンテンツを見るのも、パソコンのディスプレイでなく、大型LCDテレビ等が普及してくれば、そこに写して見ることも簡単に出来る世界になる。

デジタルコンテンツ配信のための著作権問題も、ちょっと乱暴な言い方をすれば、今回のiTunesである程度のめどがたてば、問題はそれほど大きくなくなってくる。この問題は、100%の解決は難しく、どのような形で行っても多少の問題は残るかもしれないが、購入したCDやビデオをコピーしてしまう人もいるわけだから、これはインターネット配信だけの問題ではない。価格が適正で、使いやすいシステムならば、一般の多くの人たちは、ちゃんと料金を支払ってダウンロードするに違いなく、コンテンツに権利を持っている人たちにも、それほど大きな被害が出ないのではないかと予想される。

Appleは特に音楽コンテンツを持っていたわけではないが、映画については、Pixar Animation Studiosを持っており、Hollywood関係者とも近い関係がある。今後、音楽配信だけでなく、映画等のビデオ配信についても、当然積極的に動いてくると予想される。パソコンと、テレビのようなホーム・エンターテイメントがいよいよ融合していく中、Appleの今後の動きは大いに注目される。

それにしても、個人向けのコンシューマー・エレクトロニクス製品に強く、音楽、映画等のコンテンツも持ち、これからネットワークでこれらをつなげるようなビジネスを展開するとさかんに言っていた、日本のあの会社はどうしてしまったのだろうか。iPodやiTunesにしても、この会社がAppleより先に市場参入できるチャンスは十分あったと思うのだが、なぜ出来なかったのだろうか。大きな疑問と、この会社の将来が心配である。

  黒田 豊

(2004年6月)

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