テレビ番組配信方法をひっくり返すテレビ局の動き

10月15日と16日、2日続けて、テレビ番組配信方法をひっくり返す大きな発表が、米国の2つの大手テレビ局から発表された。まず15日に大手エンターテイメント・テレビ局のHBOが、2015年に米国で独自に番組をインターネット配信すると発表した。HBOはケーブルテレビ等有料放送でしか見られないテレビ局で、地上波放送は行っていない。HBOが見たいために有料放送契約をしている、という人も少なくない。

HBOもその人気を背景に、ケーブルテレビ会社等から多額の配信料をもらっており、そのおかげで業績も順調だ。しかし、ケーブルテレビ等を契約するには、HBOだけを契約するというわけにはいかず、多くのテレビ局がバンドルされたパッケージを購入しなければならない。視聴者にとって、かなりの金額負担となる。視聴者は、このバンドルで見たくないテレビ局の分までお金を払いたくない、と以前から言っているが、ケーブルテレビ会社等は、それには答えず、バンドルによるパッケージ販売を続けている。

HBOからすると、HBOは見たいけれども、バンドルされたパッケージでは高価すぎるので、見るのをあきらめている人たちがいるのではないか、と考えている。そこで、そのような人たち向けに、HBO独自にインターネット経由で有料配信しよう、というのが今回の発表だ。HBOは、すでにこのようなサービスを、一部ヨーロッパの国で実施しているが、米国では、そのようなサービスの予定はない、とこれまで言い続けていた。

それが、今回の発表となったので、米国のテレビ業界には衝撃が走っている。HBOは、2015年から開始するというこのサービスの料金をまだ発表していないが、金額次第では、これまでケーブルテレビ等を経由してHBOを見ていた人たちが、ケーブルテレビ契約を、HBOを含む高いパッケージから、HBOを含まない安価なパッケージにダウングレードする可能性を秘めている。すでにこのようなダウングレード(ケーブルのコードを細く削る、という意味でCord Shavingと言われている)は起こり始めており、HBOを含むCNN、ESPNなどの有料放送テレビ局の契約者数は、ここ4年で平均320万(約3%)減少しているという。

これにHBO視聴者が有料放送契約から離れていくと(あるいは、契約をダウングレードしていくと)、ケーブルテレビ会社等は、大きなダメージを受けることになる。そして、HBOだけでなく、次々とテレビ局がこのような独自のインターネット配信をはじめると、もはやケーブルテレビ等と契約せず、好きなテレビ局とだけ契約すればいい、と視聴者が思う可能性は十分ある。実際、HBOのライバル局であるShowtimeは、同様のサービスを検討しているという。米国におけるケーブルテレビ等有料放送をベースとしたテレビ番組配信のしくみが、いよいよ根底から崩れ始めることになる。

HBOがこの重大な発表を行った翌日の16日、今度は4大テレビ局のひとつCBSが、これまた独自にインターネット配信を月$5.99で行うと発表し、即日利用可能となった。CBSは、インターネット配信をパソコンやモバイル端末に対して行うにあたり、テレビ放送中の番組だけでなく、過去の6500を超える番組のビデオ・オンデマンドも用意している。ただし、テレビで放映するNFL(National Football League)の試合は、NFLとの放映権の関係から、現時点ではインターネット配信を行っていない。

HBOについては、ケーブルテレビ等の契約ダウングレードにつながる可能性があり、衝撃的な出来事で、その金額設定次第で、HBOにとってのビジネス拡大と、ケーブル会社等への大きな影響が考えられる。しかし、CBSの場合は、やっていることにやや疑問が残る。そもそもCBSは地上波テレビ局なので、アンテナを立てれば無料で視聴可能なテレビ局だ。ケーブルテレビを解約し、CBSだけを見るために、毎月$5.99支払うという人がどれくらいいるか、大きな疑問だ。

これまでも、何回かこのコラムでテレビ番組のインターネット配信について書いてきた。テレビ局各局が自社ウェブサイトで、夜の番組を翌日から無料でインターネットで見られるようにしたのは、すでに7-8年前のことだ。その後、NetflixやHuluと言った、複数のテレビ局の番組を集めて見せるところが現れ、人気が上昇し、Netflixなどは、世界で5300万を超えるユーザーを抱えるまでになっている。テレビ番組を「放送」ではなく、インターネット経由で見る、OTT(Over The Top)の広がりだ。HBOの契約者数は3000万程度に留まっているのに対し、Netflix契約者はどんどん増加し、米国でもHBOを抜いて3600万を越えている。世の中のOTTへの流れ、また、Netflixへの対抗措置として、HBOは今回の発表にいたったと言える。

OTTでは、パソコンの他、タブレット、スマートフォンでも番組が見られ、Apple TVやRokuなどのサードパーティ・ボックス、XboxやPlaystationなどのゲーム機、さらにスマートテレビを経由すれば、テレビ画面でも見ることができる。見られる番組も、以前のように翌日からではなく、テレビ放送と同時に見られるのが最近の動向だ。

これに対し、ケーブルテレビ会社等の有料放送会社も、独自のOTTと言えるTV Everywhere(TVE)を提供して、対抗している。これに対するテレビ局の対応は、NBCやFoxのようにケーブルテレビ会社等が提供するTVEに乗るところもあれば、有料放送会社との契約を前提としつつも、独自にTVEを提供するABCやCBSの陣営に分かれている。そして、今回は、TVEのようにケーブルテレビ等との契約を前提とせず、視聴者が直接テレビ局のOTTサービスと契約する方式が登場してきた。

ABCと同じDisney傘下のスポーツ専門テレビ局ESPNは、すでに独自に有料でESPNだけが見られるようなOTTサービスを一部提供している。また、テレビ局ではなく、コンテンツそのものを持っているNFLやMLB(Major League Baseball(大リーグ))なども、独自に試合の実況や録画ビデオを有料でインターネット配信し、テレビ局やケーブルテレビなどを通さず、直接視聴者から収入を得ている。彼らは、試合を圧縮して短時間で見られるもの、たとえばフットボールの試合は3時間近くかかるが、途中プレーが止まっている時間も長いので、そこをスキップし、プレーだけを見ることができるサービスも行っている。自分でビデオ取りしたものを早送りしながら見るようなことを、サービスとして提供してくれているので、視聴者の評判も高い。

インターネットが世の中に広まりだした20年ほど前、インターネットは中間者不要のネットワーク社会を作ると、私は1995年に書いた「インターネット・ワールド」(丸善ライブラリー)でも述べている。その中で、例として旅行代理店の業務のうち、単に飛行機の切符を取るような仕事は、ユーザーが直接するようになるだろうと書いた。私は出張で飛行機を使う場合が多いが、その予約はいつも自分で直接航空会社のウェブサイトで行っている。旅行代理店経由でチケットをお願いしたのは、もうはるか昔で、いつだったかの記憶もない。

このように中間者が不要になる場合もあれば、中間者が物理的な店からインターネット上の業者に代わる場合もある。書籍を買う場合、出版社から直接インターネットで買う、という人は、今でもほとんどいないだろう。多くの人は、インターネットで購入する場合でも、Amazonなどのインターネット上の書店で購入している。

テレビ番組配信でも、個別のテレビ局のウェブサイトやアプリに行ってみる場合もあるが、NetflixやHuluと言った、たくさんのテレビ局の番組を集めた、アグレゲーターと呼ばれるサイトに行って、見たいものを見つける、という場合が多い。こうすれば見たい番組が、どこのテレビ局のものだったか覚えていなくてもいいし、より幅広い候補の中から、見たいものを選べるからだ。

しかし、HBOやESPNの場合は、少々状況が異なる。これらの有料テレビ局の番組を見るためには、ケーブルテレビなどの契約でも、基本契約だけでなく、もっと高価なバンドル・パッケージを契約しなければならない。こうなると、HBOやESPNだけはインターネットで個別契約し、ケーブルテレビ会社との契約は、基本契約だけにして、合計支出を低くしよう、と考える人たちが出てきても不思議はない。NetflixやHuluの提供するサービスで十分と考えれば、ケーブルテレビ等の契約を完全にやめてしまうかもしれない。実際、家庭を築き始めた若者たちは、それをすでに実行している。一度もケーブルテレビ等と契約しない、コードネバー(Cord Never)の出現だ。

今回のHBOの発表は、この大きなテレビ番組視聴変革の中で、衝撃的なものであり、2015年のサービス開始時の価格が注目される。これに対し、CBSの発表は、視聴者が興味を持つかどうか、疑問が残るサービス発表だが、変革の過渡期のサービスとして、どのような運命をたどるか、注目に値する。テレビ視聴の大変革は、また一歩大きく前に進んだ。

  黒田 豊

(2014年11月)

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