Yahooの新しいCEO

7月16日、米国のYahooは、新しいCEOを発表した。ここ5年でCEO代行2人を含め、6人目だ。今回はCEO代行から正式なCEOを決定する、ということだったので、新しいCEOの発表そのものに驚いた人はいないが、その新しいCEOになったのが、これまでGoogleを引っ張ってきた中心人物の一人で、シリコンバレーでも有名なMarissa Mayerだったことには、人の異動の多いシリコンバレーでも、驚きが走った。MayerはGoogleの20番目の社員で、これまでGoogleの中心事業であるサーチとユーザー・エクスペリエンス部門担当Vice Presidentだったこともある人で、コンフェレンス等でもよく話をしていたので、Googleの顔の一人だったからだ。

シリコンバレーでは、人が一つの会社から他の会社に移ることは、確かにそれほどめずらしいことではなく、それは経営トップやそれに近い人でも同様だ。実際、Googleからは、現在最大の競合会社とみなされているFacebookに、Sheryl Sandbergが2008年に移り、ナンバー2であるCOOとなっている。SandbergはGoogle時代、グローバル・オンラインのVice Presidentであった。ただ、その頃のFacebookは、ユーザー数は1億人に達していたものの、黒字化していないベンチャー企業だった。それに比べ、YahooはGoogleより早くインターネットの世界で中心的な会社として立ち上がったところで、サーチ広告やディスプレイ広告で競合している会社なので、そのCEOにMayerがGoogleから移ったことに多くの人は驚いた。

Mayerは、Googleが最初に採用した女性エンジニアで、Stanford大学の修士号をもっている。就職のときにも多くの会社から受け入れられたが、そのときはまだ20人目の社員となるGoogleを選ぶという、ある意味大きなリスクのある選択をし、それが見事うまく行った。その結果、Googleの株などで、持っている資産価値は$300 mil.(約234億円)とも言われている。Googleでは、かなりのハードワーカーで、最近も週に90時間働き、睡眠は4時間という話も伝わっている。製品に関しては、かなり細かいところまでかかわり、自分の考えにこだわるようだ。そんなAppleの故Steve Jobsにも似たようなところのあるMayerに、Yahooはかけてみようと思ったのかもしれない。

MayerがGoogleを去る決心をしたのには、Google社内でのMayerのポジションが、最近あまり重要でなくなってきている、という点もあるようだ。Googleは昨年春、創業者のLarry PageがCEOにつき、その後、何人かのエグゼクティブを昇進させ、ビジネスユニットを担当させたが、その中にMayerは入っていなかった。

MayerのYahoo CEO就任には、もうひとつ驚くことがある。それは、彼女が妊娠6ヶ月であることだ。Yahoo再建のためには、多くのことをやる必要があり、市場や投資家は気が短いので、それを短期間にやらないといけない。それをこれから出産を控え、本当に出来るのだろうか、という疑問がある。出産のときには、しばらく休みを取る必要があるし、その後も子供の世話を、ある程度他人にまかせるとしても、子供が病気などになった場合、全く無視することも出来ないだろう。そういうときに頼りになるのはご主人だが、彼女のご主人はベンチャー・キャピタルの共同オーナーで、家庭の手伝いにどれくらい時間を割くことができるかは疑問だ。

そんな中で再建する必要のあるYahooの状況はどんなものか。ここ5年でCEOが6人、トップの交代が必要となるような、あまりいい状況にないことは確かだ。ここ何年もインターネットの主役の座をGoogleやFacebookに奪われ、すでにYahooの影が薄くなってしまっている。インターネットが広まり始めた1995年頃は、インターネットでまず最初に行くウェブサイトはYahooだった場合が多い。実際、その頃はブラウザーの最初のサイトをYahooにしていた人も多かったと思う。私もその一人だ。これはインターネット上で情報を探すには、まずYahooのようなポータルサイトに行くのが、一番便利だったからだ。

ところがその後、ポータルサイトで分類された情報の中からほしい情報を探すよりも、キーワードによるサーチが便利になり、Googleにその主役を奪われてしまった。また、インターネット広告が、Yahooのようなサイトに出すディスプレイ広告から、サーチをもとに、それに関連した広告を出すサーチ広告に主流が移ったことも、Yahooには痛かった。いまでもYahooサイトのアクセス数は、かなり高く、そこに出すディスプレイ広告はGoogleをしのいでいたが、こちらもFacebookの広がりで、首位の座を譲ってしまった。

そんな状況で、Yahooは何度か人員削減を行い、新しい戦略構築のため、CEOを何回か交代させたが、まだ新しい道が見えてきていないのが現状だ。そうは言っても、会社が大きな赤字を出して倒産寸前などという状況ではなく、人員削減効果もあって、利益はしっかり出している。ただ、社員のモラルは下がっており、このままではジリ貧になり、インターネットの世界で忘れ去られてしまう可能性もある。それを防ぎ、再度Yahooがインターネットの表舞台で活躍するためには、新しい戦略が必要だし、それをリードする新しいCEOが必要というわけだ。

Mayerがいい仕事をするためには、まわりに優秀なスタッフも必要になるが、これまでCEO代行をやっていて、広告などのセールスに力を発揮していたRoss Levinsohnは、残念ながら7月末で退職した。彼は代行ではなく、正式なCEOになることを希望し、その筆頭候補でもあったので、Mayerの登場で居場所がなくなった、ということで退職を決めたようだ。Mayerとしては、優秀なスタッフ獲得と社員のモラル向上が、まず最初に必要なことで、社内食堂を無料にするなど、Google流を取り入れた、社内のカルチャー変更から手を付け始めている。

このようにシリコンバレーでも有名人のMayerを獲得するために、Yahooはどれくらいの犠牲を払ったのか。正式な発表があるわけではないが、その報酬は、株等を加えると、5年で$60 mil.(約47億円)とも$71 mil.(約55億円)とも言われている。米国企業がCEOに出す金額の高さには、いつも驚かされるが、果たしてMayer採用がそれだけの価値のあるものになるかどうか、これからのYahooに注目したい。

  黒田 豊

(2012年8月)

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