ヒットするか、AppleのiPad

1月27日、ここのところずっとうわさになっていた、Appleのタブレット型PC、iPadがCEO Steve Jobsによって発表された。iPadについてまだよく知らない人のために簡単にどんなものか説明すると、iPod Touchを大きくしたような感じで、画面全体はフルカラー9.7インチ、キーボードはなく、必要なときに画面上に出てくる(外付けでキーボードを付けて使用することも可能)。厚さ0.5インチ(13.4mm)と薄く、重さも1.5パウンド(0.68kg)(基本モデル)と軽い。Wifi接続が標準で、3G携帯電話網と繋がるモデルもある。ストレージは16GBモデルから、最大は64GBモデルまであり、最小構成では、価格が$499と、発表前に市場が予想していたものよりかなり安い。画面を使って、ビデオ再生はもちろん、e-bookリーダーとしても使える。

Appleは、このiPadをノートパソコンとスマートフォンの間を埋めるもの、というポジショニングで発表した。このノートパソコンとスマートフォンの間には、すでにnetbookと言われるものが存在するが、Appleでは、現在のnetbookはあまり価値がなく、そのため、ここにiPadを発表したと述べている。また、e-bookリーダーともなることから、AmazonのKindleによって市場が大きくなりつつあるこの分野への参入も仕掛けたことになる。価格的にも、同じサイズのKindle DXとほぼ同じだ。Kindleが白黒で基本的にe-book専用であるのに対し、iPadはカラービデオ表示可能で、iPhoneで使える14万におよぶアプリケーションの多くが使用可能な幅広い用途で使えるものだ。

このiPadに対し、しかし、市場の評価は割れている。予想通りの面白い製品でnetbookやe-bookキラーになる、と言う評価がある一方、単にiPod Touchを大きくした程度のもので、ユーザーが新たに購入しようと思う需要はそれほど高くない、という評価もある。

私はまだ実物を見たことがなく、製品出荷は3月後半あたりになりそうなので、それまでは、Appleの発表内容の範囲でしか言えないが、以下のように考えている。そもそも、iPadはこれまでのメディア(新聞、雑誌、テレビ、等)の消費の仕方を大きく変えるもの、という発表前のうわさがあったが、残念ながら、現時点では、そこまでのものにはなっていない。ただし、今後そうなる可能性は十分あるものと言える。Appleはビデオ・コンテンツを持ったテレビ局等と提携して、テレビ番組をiPadに配信したり、新聞や雑誌社とも提携して、そのコンテンツをiPadに配信する、ということを考えていた節があるが、それが残念ながら実現していない。

今でも新聞や雑誌の記事をインターネットで検索し、パソコン上で見ることは出来るが、これは、これまでの新聞や雑誌を読むイメージとは異なっている。これに対し、iPadを家の中で持ち歩き、好きな時に好きな場所で、例えばリビングルームのソファーで読みたいと思えばできるのがiPadだ。画面の大きさも、3.5インチのiPodでは小さすぎて読むのが大変だが、9.7インチあれば、十分と言える。さらに、新聞や雑誌も、iPad向けにコンテンツを配信するとなれば、現在の紙媒体では出来ない、例えばビデオを入れるとか、リンクを使って、関連記事に飛ぶなどのことが容易にできるようになる。そして、その読み方は、いままでわれわれが慣れ親しんできたやり方を基本としているので、なじみ易い。iPadはこのようなものを目指していたように思うし、今でもそのように思うが、その実現までには、もうしばらく時間がかかりそうだ。

一方、それとは全く別な使い方で、netbook的にノートパソコン代わりに持ち歩いて使う、という使い方も考えられる。もしnetbookの使い方が、いつでもどこでもウェブ検索したい、EメールやFacebookなどもしたい、というレベルのものであれば、iPadは十分その役割を果たすだろう。しかし、私がノートパソコンの代わりにnetbookを出張等に持って行くとすれば、これだけでは不十分で、いつも使っているMicrosoft Word、Excel、PowerPoint等がある程度使えないと仕事にならない。

iPadでは、Mac用の同じようなソフトウェアである、Pages、Numbers、Keynoteを使うことができるので、Macユーザーだったら、iPadは出張のときに持って行くノートパソコンの代わりに十分なりそうだ。しかし、私は残念ながらオフィスでMacではなく、Microsoft WindowsとMicrosoft Officeを使っている。Microsoft Officeもある程度使えそうな話もあるようだが、過去にMac上でMicrosoft Officeを使って、Windowsユーザーと文書等をやりとりしたとき、互換性に問題があり、苦労した記憶を考えると、私の場合、iPadをこのように使うのは、残念ながら難しい。

では、もしKindleのようなe-bookに興味があり、Kindleを買おうとしてまだ買っていなかったとすればどうか。そのときはKindleの代わりにiPadを買う、というオプションは十分検討に値する。注意点は、e-bookの品揃えと、e-bookとして使用した場合の読みやすさ、目の疲れ具合だろう。Kindleは目が疲れないように、普通紙に近い画面になっているようだが、ビデオなどを鮮やかに表示しようとするiPadでは、それがどうか、使ってみないとわからない。

iPadは、また、何も使っていないときに、デジタルフォトフレーム(写真をスライドショーのように表示するもの)として、リビングルームに置いておくこともできる。さらに、夜は枕元に置いて、朝起きたらすぐにニュースや天気予報などをベッドの中で見ることもできる。当然、目覚まし代わりにも使えるだろう。

すでに14万以上あるiPhone用のアプリケーションが基本的に使えるということで、いろいろな使い方が考えられる。また、Appleはソフトウェア開発者のためのiPad用ツールキットを提供するので、これからどんどんiPad向けのアプリケーションが加わってきて、さらにいろいろ面白いことができるようになるだろう。

iPadが発表されるずっと前から、実はタブレット・コンピューターというものは存在し、Microsoftを含め、何度か市場での普及を狙ったが、いままでの製品はことごとく、失敗に終わっている。その中には、Apple自身が以前発売したNewtonも含まれている。しかし、そのような過去の状況と今の状況は大きく異なっている。CPUの速さも格段に早くなり、価格も大きく低下しているし、ネットワークも高速化している。それに、何よりも製品のポジショニングが、以前とは大きく異なっている。昔はノートパソコンの代わりにタブレット・コンピューター、というイメージが強かったが、今回はそうではない。このようなことを考えると、iPadには成功する可能性が十分あるように思う。

しかしながら、最初から大成功、とはいかないのではないだろうか。最初に買うとすれば、MacユーザーでMacのnetbook版のようなものがほしいと思っていた人、Kindleなどのe-bookリーダーを買おうと思っていた人、デジタルフォトフレームにネットワーク機能をつけたような製品を買おうと思っていた人、そして、何でも新しいもの(特にAppleの)に手を出すような人、というあたりだろうか。

今後iPad用の面白いアプリケーションが充実してきて、新聞や雑誌もiPadを使ってビデオなどを含めた新しい形のメディアに変身し始めたら、それがおそらくiPadの買い時だろう。ただし、それまでに競合他社も同じようなものを出してくるだろうから、iPadを買うか、別なものを買うかは、そのときになってみないとわからない話しだ。

  黒田 豊

(2010年3月)

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