無線ネットワークVoIP

VoIP(Voice over IP)は、すでに多くの人に知られるようになったテクノロジーである。従来、音声通信はそれ専用のネットワークを経由して接続されていたわけだが、VoIPは音声をデジタル化し、公共のインターネット、あるいは企業内のプライベートなIPネットワークを経由して通話するものである。日本ではIP電話という言葉のほうがよく使われているかもしれない。

有線ネットワークの世界では、家庭用の通常の電話を使う代わりに、FTTHやADSL、ケーブルなどを使った高速回線でVoIPを使った電話がかなり広まってきている。インターネットがそうであるように、VoIPを使うと長距離電話代がかからず、電話の相手も同じプロバイダーのような場合は、通話料が無料ということもあり、どんどん広まってきている。企業でも、自社の社内IPネットワークを使って、VoIPによる電話利用に切り替え、電話コストを大幅に削減しようという動きが広まってきている。

インターネットが広がり始めた頃から、このようなVoIPによるコスト削減が可能と言われていたが、音声品質の悪さ等から、当初はあまり使われなかった。しかし、最近になって、音声の圧縮技術を含めたVoIP技術の発展と、インターネットへの接続の高速化により、VoIPによる電話を使っても、音声品質が十分使用に耐え得るようになってきて、VoIPがどんどん広がってきた。

VoIPは、このように有線ネットワークの世界で広がってきたが、無線ネットワークでも、同様にVoIP利用によるコスト削減が考えられ、まだ大きな流れにはなっていないが、少しづつ広がり始めている。

無線ネットワークと言っても、大きくは2つに分かれる。携帯電話のような広域ネットワーク(WAN:Wide Area Network)と、構内ネットワーク(LAN:Local Area Network)がある。VoIPということを離れて、無線ネットワークを考えると、一般に多く使われているのは、まず携帯電話での音声、そしてiモードに代表されるようなデータ通信、すなわちWANの世界である。しかし、近年は無線LANまたレストランやコーヒー店などで、そのようなWLANを提供するところ(通称ホットスポット)も広がってきている。

無線ネットワークにVoIPを使った音声通信をすることの始まりは、WLANのほうである。これまでの無線WANでは、データ通信のスピードが遅く、VoIPにはまだまだ使えなかったのに比べ、WLANはその速度が現在普及している802.11b仕様で最高11Mbps、さらに今後、より高速な802.11gなどへの移行が進みつつあり、VoIPに進みやすかったと言える。

ただ、WLANは一般の携帯電話ネットワークのように、どこでも使えるというほどに普及していないので、全体として無線ネットワークでのVoIPは、まだまだこれからという段階である。しかし、WLANが先行する米国では、実際に使われているケースもいろいろある。現状では、企業内でWLANを活用し、社内で移動して作業する人が多い場合に使われている。なかでも、データ入力等のためにPDAなどを使っている場合に有効である。

例えば、倉庫に行って在庫を調べたり、配送センターで入出庫処理をしたり、その他いろいろPDAを使うような場面があるとき、このPDAにVoIP機能を加えて、電話もこのPDAだけでやってしまうということがある。これをPDAはデータ専用とすると、別に携帯電話を使う必要があり、これを使うと、電話代もかかる。電話機能付きPDAと社内WLANを使えば、持ち歩く機器がひとつで済むだけでなく、電話コストの削減も可能となる。

このような業種毎のアプリケーション(垂直アプリケーション:Vertical Application)だけでなく、一般のオフィスでWLANを使っていた場合、通常のオフィスの電話の代わりになるということも、理論的には十分考えられるが、まだまだオフィスでのWLANの普及率は高くなく、また現時点でのWLANを使ったVoIPの問題点もいろいろとあることから、そこまで広がるには、まだ少し時間がかかりそうである。

WLANを使ったVoIPの問題点としては、802.11系のプロトコルが、もともと電話のようなリアルタイムのアプリケーションを前提としていないため、ネットワークが混雑してくると、電話がとぎれとぎれになってしまうような、音声品質の低下が起こるというのが大きい。それ以外にも、WLANのアクセスポイントと端末の互換性の問題、セキュリティの問題等、まだまだ解決しなければならない問題が残っている。

しかし、問題がわかれば、それを解決してよりよいものを作って世に出そうとメーカーも努力するし、標準化の動きも進む。例えば、電話のようなリアルタイム・アプリケーションのためのQoS (Quality of Service) の標準化を決める802.11eなどの動きも活発である。問題点が解決してくれば、ホットスポットでのVoIPを使った電話利用も広まるだろう。

このように、無線ネットワークでのVoIPは、今のところWLANを中心に動いているが、将来は携帯電話のような無線WANの世界でもVoIPが広がることが、十分考えられる。現在広く使われている第二世代携帯電話(2G)では、スピードの遅さが大きな問題で、VoIPなどという話は、あまり出て来ないが、ここへ来て、第三世代(3G)への移行が進みだし、さらに第四世代(4G)の話も始まっているので、これからVoIPという話も当然出てくる。最近始まり出した、データ通信料金の定額制も、これに拍車をかける。

ただし、有線ネットワークの世界でも、VoIPを利用することにより、ユーザーにコストメリットがある代わりに、NTT等の一般加入電話の使用が減り、これら既存ネットワーク業者にとっては、決してうれしい話ではない。今でこそNTTもVoIPサービスを提供しはじめているが、最初にこれを仕掛けたのは、既存の一般加入電話サービス事業を持っていない、ソフトバンクのような会社である。NTTがようやくVoIPサービスを提供しはじめたのも、このままでは自社の一般加入電話ユーザーをソフトバンク等の新興VoIPサービス会社に取られてしまわないよう、自分の一般加入電話ビジネスを食いつぶしてでも、VoIPに参入することにしたわけである。

無線ネットワークでも、無線WANのVoIPの場合、マイナスの影響を受けるのは、NTTドコモを始めとする、既存の無線ネットワーク・サービス会社である。彼らとしては、自らVoIPを仕掛けて、収入減に陥ることはしたくない。したがって、ここでも、おそらく既存無線ネットワーク・サービス会社以外からの市場参入によって、無線WANのVoIPは始まるであろう。これが始まったとき、現在大きな利益を出している無線ネットワーク・サービス会社は、そのビジネスモデルを大きく変換しなければならないことになる。ソフトバンクは第三世代携帯電話への参入を考えているという。この動きは注目される。

まだ、今日、明日にすぐ起こることではないかもしれないが、無線ネットワークの世界でも、VoIPによって大きな変革が起こる日は、刻々とせまっている。攻める側の企業は着々と準備しているに違いない。守る側の準備はどうだろうか。

  黒田 豊

(2004年5月)

ご感想をお待ちしています。送り先はここ

戻る