仮想ビジネスショー(Virtual Trade Show)

皆さんの中にも、何かのビジネスショー(英語では、一般にTrade Showという)に行ったことのある人は多いだろう。米国のIT業界で言えば、昔は毎年11月にLas Vegasで行われていたCOMDEXが最も大きく、人も多く集めていた。ピーク時には2,000を越える出展企業に20万人以上が集まった。日本からも多くの企業が出展し、COMDEXを見に来る人も多かった。しかしそのCOMDEXも2003年を最後になくなってしまった(これについては、2004年7月のコラム「中止が決まった今年のCOMDEX」に書いた)。

最近は1月はじめにLas Vegasで行われるConsumer Electronics Show(CES)が、少し焦点は異なるものの、昔のCOMDEXに似た賑わいを呈している。それ以外では、たくさんの特定分野に特化したビジネスショーが、今でも各地で行われている。これらビジネスショーは、それなりに人を集めているが、出展企業にとっては、かなり費用のかかるものとなっている。また、それを見に行く人達も、米国の場合、遠くの都市には飛行機で飛んでいく必要があり、これまた時間とお金のかかる話である。もちろん、こういう比較的気楽な出張を期待している人がいないわけではないが。

このようなビジネスショーに、最近新たに仮想ビジネスショー(英語ではVirtual Trade Show)というものが出来始めた。どんなものかというと、大体想像できる通り、ビジネスショーを仮想でインターネット上で行おうというものだ。最近私が行ってみたものを紹介すると、今流行のグリーンIT(環境にやさしいIT)関連のもの、eコマース販売会社向けのもの、などがある。

実際にその中身について、紹介してみよう。まず会場に着くと、いくつかのビルがあり、プレゼンテーションを行うコンフェレンス・ホール、参加企業が出展しているエキジビション・ホール、メディア向けの情報を集めているメディアセンター、そして、来場者が休憩し、くつろぎながら談笑できるカフェから成り立っている。 普通のビジネスショーとほぼ同じ構成だ。

では、まずコンフェレンス・ホールに入ってみよう。この中では、時間を決めて、プレゼンテーションが実施されている。インターネット上でやっているので、ウェブ上のプレゼンテーション、いわゆるWebinar(Webとseminarの合成語)の形をとっている。Webinarに参加したことがある人ならわかると思うが、発表者が音声で説明し、プレゼンテーションの資料をウェブ上で見ながら聞くことができる。複数の人が参加するパネルディスカッションのようなものは、ビデオで誰が話しているかもわかるようになっている。質問に関しても、質問のメッセージを送れば、会場での質問と同じように、それに対して答えてくれる。Webinarは、最近かなり多いので、コンフェレンス・ホールでのプレゼンテーションがこの形をとっているのは、妥当なところだろう。実際のビジネスショーと違い、その時間にプレゼンテーションを見逃してしまった場合でも、ウェブ上であとで見られるので便利だ。

次にエキジビション・ホールに入ってみる。まず入ると、会場のざわめきが聞こえてくる。単純な演出だが、なんとなくビジネスショーの展示会場に来た、という雰囲気にはなる。さて、その中を見ると、各社の展示ブースが並んでいる。それぞれの企業の名前とちょっとしたことは書いてあるが、あとはそのブースの中に入ってみないと中身は見えない。で、中に入ってみると、ここは、製品の説明などのウェブサイトとほぼ同じ内容になっている。PDFでダウンロードできる製品パンフレットのようなものがあるのも、会社のウェブサイトと同じだ。違いは、展示企業のスタッフがおり、その人達の名前が出ている。そして、彼らとチャットで質問のやりとりなどもできることだ。

それなりに必要最低限のことは出来るとも言えるが、この仮想エキジビション・ホールには、残念ながら、少々不満だ。私はビジネスショーに行くと、どうするかというと、興味のある会社、面白そうな展示が目につくと、そこのスタッフに簡単な説明を求めたり、デモをしてもらったり、そして質問をしたりする。これが残念ながら、この仮想ビジネスショーでは難しい。チャットの機能はあるものの、文字によるチャットなので、双方ともやり取りを全部タイプして打ち込む必要があり、直接話すようには、なかなか行かない。また、実際にデモをしてもらったり、プレゼンテーションをしてもらったりできないのも不便だ。

しかし、これは私の行ったいくつかの現時点での仮想ビジネスショーでの話であり、これ以上、機能を向上できないというわけではない。例えば、Second Lifeのような仮想ワールド(Virtual World)機能を追加し、Avatar(擬人化したキャラクター)を使って、スタッフの誰かに話しかけ、1対1でデモやプレゼンテーションをしてもらう、質問には、プレゼンテーション画面をお互いに共有して、指差しながら音声でやりとりする、というようなことも、技術的には可能なはずだ。そこまでいけば、現実のビジネスショーに近い体験を、この仮想ビジネスショーでもできるようになるように思う。このあたり、仮想ビジネスショー向けのツールの改善、また、ブースで展示する企業の仮想ビジネスショーへの慣れと、もっとうまいブースの運営にも期待したい。

人々が集まって話のできるカフェは、なかなか面白い。まず、そこに入ると、どんな人が来ているかが、名前と会社名だけだが、わかる。そして、カフェ全体でのチャットに加わることも出来るし、特定の人に対して話しかけることも可能だ。これは、実際のビジネスショー会場では、たまたま隣に話をしたい人でも来ない限りは出来ないことで、仮想ビジネスショーのいい点と言える。有名な人はたくさんの人から話しかけられて、大変かもしれないが、話をしたいという人に対して、拒否もできるので、問題ないだろう。もっとも、これは数千人とか数万人が参加するような仮想ビジネスショーになった場合にうまく機能するか、という問題はある。また、このビジネスショーに参加していることが知られたくない場合は、そのようなことが可能な機能が、仮想ビジネスショーのツールとして必要になるだろう。

こうしてみると、エキジビション・ホールは、まだまだ改善の余地があるが、他のエリアでは、かなり満足のいく経験が出来る、というのが、私の感想だ。実際このような仮想ビジネスショーがどれくらい行われていて、どれくらいの人が集まっているのかわからないが、これから、このようなものが広がってくるだろうという気配は十分感じられる。

これまで、会社が自社製品の説明会のようなもののためにホテルの会場などを借り行っていたものの多くは、ウェブ上のWebinarにどんどん代わって来ている。これによって、会社も費用を大幅に節約でき、一度に全米に対して製品説明会等ができるようになった。ユーザーにとっても、会場までの往復時間が無駄にならず、効率的だ。

これと同じように、大きな場所を借り、費用をかけて行っていたビジネスショーも、次第に仮想ビジネスショーへの変身していくかもしれない。大勢の人を集め、実際の物を展示して見てもらいたいCESのようなビジネスショーは、これからも仮想ではなく、実際のショーとして続くだろう。しかし、それほど人数の集まらない、特定分野のビジネスショー、しかも実際のものを見なくてもいい、ソフトウェア関連のショーなどは、これからどんどん仮想化していく可能性がある。地理的に世界中から何の費用もかけず訪れることができるのも大きな魅力だ。仮想ビジネスショーはまだ始まったばかりで、何百、何千もの展示企業が集まるようなものはまだ出来ていないが、これから展示企業が集まり出せば、人もどんどん集まってくるだろう。何よりも、これは景気低迷で費用を削減したい出展者、来場者双方にもってこいのものなので、来年は、かなりホットなものになるかもしれない。皆さんが仮想ビジネスショーに行くようになる日も、近いだろう。

  黒田 豊

(2008年12月)

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