インターネット この10年

新年明けましておめでとうございます。 

早いもので、このコラムを書き始めてから、10回目の新年を迎えることになった。そもそもこのコラムを書き始めた動機は、1995年に「インターネット・ワールド」(丸善ライブラリー)を出版したことがきっかけであり、そのため、インターネットについてのことを多く書いてきた。

そのインターネットは、今やビジネスの中で、また、個人生活の中で、切っても切れないものとなっている。電話なしで、また、テレビやラジオなしで生活することがとても不便なように、インターネットがないと、生活に困るのではないかと思うほどである。パソコンや携帯電話でEメールをしない人を探すのは難しい世の中になってきた。また、どこかに出かけるときに、インターネットを使って、行き先のことを調べたり、宿や航空券を予約したり、何時の電車に乗れば、行き先に間に合うかを調べるのは、ごく当たり前のことになってきている。物を買うにしても、インターネットで買う場合がどんどん増えている。私の仕事や生活では、このようにインターネットはなくてはならない存在だ。このコラムを読んでいる皆さんも、おそらくインターネットがなくてはならない存在だろう。

私がインターネットに初めて触れたのは、もう10年以上前のことである。それは、私の勤務する米国シリコンバレーにあるSRIインターナショナルが、1969年に初めての接続実験を行った、インターネット発祥の地であるということもあり、比較的早いタイミングであった。その当時は、日本でインターネットを知る人は少なく、ブラウザーと言う、今ではインターネットを使う人なら知らない人のいない言葉も、日本では、どのような言葉になるかわからず、私の本では、ブラウザーという言葉のほかに、WWW検索用ソフトウェア・ツールなどと表現していた。

今でこそ、インターネットを取り巻く環境は、ある程度落ち着いていると言えるが、この10年間、いろいろなことがあった。イリノイ大学の学生、Mark Andreesenが中心となって作ったブラウザー、モザイクが広がり始め、それをNetscapeという会社にして広げ始めたものの、何事も無料だったインターネットの世界で、お金を取ることが難しく、どのようにしてお金を儲けるか悩んでいるうちに、パソコンソフト大手のMicrosoftがブラウザーに参入し、ブラウザー戦争を巻き起こした。今は、もうMicrosoftがInternet Explorer(IE)で圧倒している世界となってしまったのは、周知のとおりである。

インターネットで、世界中のウェブサイトがつながってくると、それを検索するための索引が必要なことは、誰でも考えるわけだが、これを先頭を切ってはじめ、大成功したのがYahooであり、今もYahooは、この地位を利用して、幅広くビジネス展開し、黒字を続けている。eBayはインターネット・オークションのさきがけとして大成功し(日本では、出遅れて、失敗したが)、創業以来、黒字を続けている。インターネットでのeコマースのさきがけ、Amazon.comは、長い間、大きな赤字を抱えて低迷していたが、ようやくインターネットが多数の人々に広がり、eコマースに対する抵抗も少なくなってきたので、最近では黒字が安定してきた。

しかし、これら現在も残っていて、成功している企業ばかりではない。数多くのインターネット・ベンチャー企業が立ち上がったが、その多くは、ベンチャー資金を使い果たし、あえなく市場から退場していった。その中には、赤字を出しながらも株式上場し、一時的に高い株価を誇った会社がいくつもあり、彼らは、会社の成功は見なかったものの、個人的には、ベンチャー企業特有の株式オプションなどで、大儲けした人も少なくない。もちろん、会社として存続しなかったわけだから、最後までその会社の株式を持っていた人たちは、ババをつかんだわけで、大損しているわけだ。

そして、私自身も、米国シリコンバレーで、インターネットの騒ぎの真っ只中にいて、いろいろな経験もした。インターネットのベンチャー企業で大儲けした人もいれば、株で大損したり、ベンチャーが失敗して、痛い目にあった人など、さまざまである。私個人も、会社がインターネット・ベンチャーとして、私の所属する部門をスピンアウトして、ベンチャー会社を作ったことから、インターネット・ベンチャーを経験することとなった。ベンチャーで一発当てて大儲け、とは残念ながらいかなかったが、個人的に貴重な経験が出来、いろいろな教訓が得られたことは、確かである。

このように、この10年、インターネットは、誰も知らない存在からはじまって、とてつもない大きな革命である、という評価を受け、その後、バブルがはじけると、今度は逆にインターネットも、ただの一時的な流行だったか、などと言われたこともあったが、その実態は、やはり社会に大きな変革をもたらすものであったことは間違いない。それが証拠に、冒頭で書いたように、ビジネスのやり方、仕事のやり方、そして、個人生活も、一変してしまったことが、何よりもそれを証明している。

ただ、インターネット・ベンチャーに飛び込んで失敗した多くの企業が経験したように、インターネットによって、今までその業界で培ってきたものが一瞬にして失われ、新しい企業がそれに取って代わる、ということはなかった。また、簡単なビジネスモデルで市場参入すると、だれでもすぐ真似が出来てしまうため、同じような会社がインターネット上で乱立し、共倒れになった場合も多い。私がよく例に出すものとして、ペット用品の店が米国だけでもインターネット上に200以上あったことがあり、これは、インターネット上では、物理的な距離がないことから、となり近所に200軒のペットショップが出来たのと同じであり、共倒れするのも当然である。結果は、以前からペットショップとして有名だったチェーン店等が、インターネット上でも、ブランド力で勝つ、ということになった。新たにインターネットで成功したのは、早く参入し、先行者としてブランド力をつけた、YahooやeBay、Amazon.comなどということになる。

このように発展してきたインターネットだが、そのアキレス腱は、やはりセキュリティだ。私が「インターネット・セキュリティ」(丸善ライブラリー)を書いたのは、1997年だったが、その頃は、まだまだインターネットを使い始めたばかりという人が多く、セキュリティまでは頭が回らなかった人が多かったように思う。今でこそ、アンチウィルス・ソフトウェアを入れたり、会社だとファイヤーウォールを導入するのは当たり前になっているが、その頃は、それすらもやっていない個人、会社が多かった。

セキュリティに対する対策も、次第に充実してきているが、いたずらにウィルスを世界中に広めたり、さらには、金銭目的でインターネット上で誰かに成りすまして、お金を奪うという悪どい手口も広まっており、今後も要注意である。いつの世にも泥棒はおり、人を騙してお金を取る人達がいるように、インターネット上でも、これがなくなることは恐らくないであろう。インターネット上でもちゃんとドアに鍵をかけ、あやしい誘いには乗らないことである。

さて、このように発展してきたインターネットであるが、このインターネットによる革命は、まだ終わったわけではない。まだまだこれからも続いていく。その進行のスピードは、一部の大騒ぎした人たちの言うほど速くないが、それでも進行はとまらない。このような革命の進行に時間がかかるには、いくつかの理由があるが、大きくは、以下の4つだと考える。
― ユーザーが広がるのに時間がかかる
― 技術が成熟するのに時間がかかる
― 人々が新しいことを受け入れるのに時間がかかる
― 権益をもつ人たちが新しいビジネスモデルに合意するのに時間がかかる

インターネットで何かをするにしても、そのユーザーが広がらないと、できない。このインターネット・ユーザーが広がるのに、時間がかかった。また、同じユーザーでも、ブロードバンド・ユーザーが広がれば、出来ることも変わってくる。そのためには、ブロードバンド・サービスの価格が下がる必要があった。インターネット・オークションも参加する人が少ないうちは魅力がないが、参加者が多くなると、どんどん魅力が増す。

技術にしても、理論的に出来る、ということと、実用に耐えうる、ということが違う場合がある。ダイアルアップの遅い通信回線を使い、初期の頃の技術を使って、インターネット電話を利用したら、音質が悪すぎて、とても使えない、という結論になる。しかし、ブロードバンドの速い通信回線を使い、最新の技術をもってすれば、インターネット電話は、通常の電話とほとんど変わらない品質で使える。

eコマースなどは、初期の頃と今とで、それほど大きな違いはない(もちろん使いやすさは向上している)が、人々がインターネットを信頼し、eコマースを利用して物を買うまでには、やはり時間がかかった。

iPod/iTunesの成功で、いよいよ本格化してきたインターネットによる音楽配信であるが、これは、インターネットがはじまった当初から、やろうと思えば、技術的にはそれほど難しいことではなかった。もちろん、回線速度が遅いと音楽をダウンロードするのに時間がかかり過ぎるという問題はあったかもしれないが、それは本質的な問題ではない。大事なのは、著作権の問題であり、いかに音楽配信したものから、従来のCD販売のような利益を上げるか、というビジネスモデルの確立と、音楽コンテンツを保有する会社をいかに納得させるか、であった。AppleのSteve Jobsは、それをうまくやったので、成功した。

一般企業でも、同じように、最初はインターネットに不安を感じて、あまり積極的に使わなかったところも、次第にその利用を拡大した。このように、これら4つの要素があって、インターネットによる社会の変革は、ある程度時間のかかるものとなっている。しかし、インターネット革命は、まだまだこの先、進行していく。

すでに多くのことが起こり、また起こり始めているので、これからの10年は、その延長線上にあるものも多いが、今後ブロードバンドと無線通信がさらに高速化して広がると、また多くの変革が起こってくる。これらの流れを早い時期に捉え、それに合わせて行動していくことは、これからの企業の競争力、また、個人の生活の広がりや起業の可能性に大きく影響してくる。そのとき、この10年の経験をどう生かすかは、極めて重要である。これからも、インターネットの進化を米国シリコンバレーで見つめ、このコラムでレポートしていきたいと考えている。

  黒田 豊

(2005年1月)

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