競争が激しくなる米国ビデオ・ストリーミング市場

先月のコラムで、3月9日、サンフランシスコで行われたAppleの新製品発表イベントについて書いたが、そのときは、Apple Watchのことしか書かなかった。しかし、その発表には、もうひとつ重要な発表が含まれていた。これはAppleにとってというよりも、インターネット経由のビデオ・ストリーミング市場にとって、大きな発表だった。

以前からこの話題については書いているが、今回は米国で人気の高い有料テレビチャンネルであるHBOが、いよいよ本格的にこの市場に参戦してきたのだ。これまで、地上波でも受信できる大手テレビ局(ABC、CBS、FOX、NBC)がすでに7-8年前から、夜の番組を翌日にはインターネットで見られるようにしてきた。また、NetflixやHuluといった、いろいろなテレビ局の番組、そして映画などをストリーミングで提供する会社が中心だった。

しかし、どれも時間をずらした翌日(または、ある一定期間の後)からのストリーミングで、テレビ放送と同じ時間にその番組を配信する、というわけではなかった。インターネットで同時ストリーミング配信すること自体は、スポーツの世界で、大リーグ野球が実施したり、オリンピックなどの特別イベントでは行われているが、毎日のテレビ放送をそのまま同時にインターネットでストリーミングすることは、行われていなかった。それは、米国のテレビ局が、ケーブルテレビ等に放映権を与えることで、多額の収入を得ており、ストリーミング・サービスを提供すると、そのビジネスモデルが壊れることを恐れたからだ。

ところが、Netflixのサービスを利用する人が米国で4000万人を越え、HBOの視聴者数を大きく上回り、さらにケーブルテレビ等の有料テレビ放送契約者数が、2013年後半からついにマイナスに転じるなど、人々のテレビ番組の見方が大きく変わってきたことが明確になってきた。そこで、昨年10月にHBO、そして4大テレビ局の一つであるCBSが有料のストリーミング・サービスを実施することを発表し、CBSはすでにそのときからサービスを開始している。HBOは昨年発表しただけで、料金やどのようにストリーミング配信するかは、発表していなかったが、それをこの3月のAppleの新製品発表イベントで行ったのだ。HBOは、今回のインターネット同時配信は、あくまでも有料テレビ放送を契約していない、または契約を取りやめた人たち向けだと主張しているが、実際はどうなるか、始まってみないとわからない。高額な放送権を主張するスポーツに対する支払いが大きいため、ケーブルテレビ等の契約料がかさ上げされてしまっているということもあり、スポーツに興味のない人は、これを機会にケーブルテレビ等の契約を取りやめる可能性もある。

3月9日の時点では、Appleの独占という形でHBO Nowの発表は行われたが、その後、ケーブルテレビ第9位のCablevision、そして衛星放送のDISHも、HBO Nowを提供できる権利を勝ち取った。このHBO、そしてCBSの発表は、日ごろのテレビ番組を同時ストリーミング配信するということで、これまでNetflixやHulu、それにAmazonがPrime会員に提供している、ビデオ・オンデマンドとは、大きく異なる。テレビ番組も、別にテレビ放送と同時に見なくてもいい、もともとビデオにとって見る、というような人たちには、これまでのビデオ・オンデマンド・サービスで、十分テレビの代わりになるが、テレビ放送と同時に見たいという人は、これまでどおりケーブルテレビ、衛星放送、電話会社等の有料テレビ放送サービスと引き続き契約し、見る必要があった(アンテナを立てて、一部の地上波テレビ局のみを見ている人を除く)。

しかし、今度は、テレビ放送と同時のストリーミングなので、これがあれば、もうケーブルテレビ等の契約は、今後いらなくなる可能性がある。ただ、まだこのようなサービスを始めたのは、HBO、CBS他テレビ局数社なので、他のテレビ局を見たい人は、ケーブルテレビ等を解約して、今までどおりの番組を見られるところまでは、来ていない。

さらに、このような個別テレビ局によるテレビ放送との同時ストリーミングだけでなく、たくさんのテレビ局の番組を一度に契約できるものも、今年に入り、出てきた。仮想ケーブルテレビなどと呼ばれるこのようなサービスは、ケーブルを家まで敷いたり、衛星放送を受信するためのアンテナを使わず、インターネット経由でテレビ番組をストリーミングで見ようというものだ。

まず、1月のラスベガスでのConsumer Electronics Show(CES)で、衛星放送サービスを行っているDISHが、衛星ではなく、インターネット経由のテレビ放送と同時ストリーミング配信を行うSling TVを発表した。現在、ベースのサービスが20チャンネルで月額$20と、ケーブルテレビ等に比べると格安だ。ただしケーブルテレビのように何百チャンネル見られるわけではないので、限定的なサービスだ。それでも、ニュース番組のCNN、スポーツ番組のESPN、Disneyチャンネルなどが入っており、人によっては、これでも十分な人もいるかもしれない。さらに追加料金で、$15払えばHBO、また、$5追加すれば5-9チャンネルずつ見られる、スポーツや子供用のパッケージがいくつか用意されており、自分の見たいものだけを契約すればいい形になっている。

これまで、ケーブルテレビ等の有料放送サービスを見るには、かなりたくさんのチャンネルのバンドルされたものを購入する必要があり、見もしないチャンネルのために、たくさんの無駄なお金を払っている、という不満が多くのユーザーから上がっていた。これに対し、ケーブルテレビ等は、あまり積極的にとりあってこなかったが、ここにきてようやくDISHが、インターネットによるストリーミングという形でまず対応を始めた。これに続き、3月には有力紙Wall Street Journalが、Appleが同様のサービスを25チャンネル、月額$30前後で6月頃に発表予定、9月頃にサービス開始見込みと報道し、どのテレビ局が含まれるかまで書かれていたので、かなり信憑性があるものと思われる。

そして、以前から話のあったSonyが、3月18日に、PlayStation Vueというストリーミング・サービスをNew York、Chicago、Philadelphiaの3ヶ所で開始した。ただ、料金は$49.99 - $69.99と、それほど安くない。チャンネル数は50-85と、Slingなどに比べると多いが、このサービスを利用するには、PlayStation 3または4が必要なので、当面は、全米3500万のPlayStationユーザーがターゲットとなる。SlingTVにあるESPNやDisney、HBOなどは含まれていない。

さて、インターネットを使ったストリーミング・サービスも、いろいろなものが出てきて、一般ユーザーにも、少々わかりにくくなってきているので、少し整理してみよう。まず、7-8年前からある、テレビ局などが行っている、無料のストリーミング・サービスがある。これはそのテレビ局のウェブサイトで夜の番組を翌日(テレビ局によっては、約1週間後)から見られるようにしているものだ。テレビ局大手3社(ABC、FOX、NBC)が中心になって設立したHuluも、無料版が今でも存在する。これらは無料なので、見たいときに見ればよく、それで問題ないが、注目したいのは、月額料金を支払って見るサブスクリプション・ベースのものだ。これが、今年に入って新しいものが増えたのだが、大きく3つに分類することができる。

まず第一は、テレビ放送と同時には配信しない、ビデオ・オンデマンド形式のサービスだ。Netflix(月額$8.99)を筆頭に、Huluの有料版のHulu Plus(月額$7.99)、それにAmazonのPrimeユーザー向けサービスがある。Amazon Primeは年額$99だが、ストリーミング・サービス以外で、Amazonから製品を買った場合、2日で配達、送料無料などのサービスが含まれている。

第二は、HBO(月額約$15)やCBS(月額$5.99)が始めた個別テレビ局によるテレビとの同時ストリーミング配信だ。CBSの場合、同時ストリーミング配信だけでなく、過去の番組6500へのアクセスも可能となっている。

三番目はDISHのSling TV、SonyのPlayStation Vue、そしてAppleの予定されているストリーミング・サービスだ。これらはいずれもテレビと同時配信の、仮想ケーブルテレビという新しいタイプのものだ。ただし、見られるチャンネルは、まだ限られているので、注意を要する。

それぞれのサービスで、見ることができるチャンネルは異なるので、ユーザーとしては、自分の見たいチャンネルが入っているかどうか、十分確認する必要がある。おそらくどの会社も、これからチャンネル数を増やしていくことになるだろうから、常に最新の状況をチェックする必要がある。また、これから参入してくるプレーヤーもあり、すでにGoogleのYouTubeが参入するという話だ。既存ケーブルテレビや衛星放送、電話会社などは、これまでのたくさんのチャンネルをバンドルした契約だけでなく、ユーザーがより細かく選べる小さなパッケージにすることを発表したり、テレビと同時にモバイル端末等にストリーミング配信するTV Everywhere (TVE)も、チャンネル数を引き続き増やそうとしている。

米国でのテレビの見方は、地上波放送をアンテナで受信して見る時代から、ケーブルテレビの時代になり、ケーブルテレビとほぼ同じサービスを提供する衛星放送、それに電話会社によるテレビ放送が加わった。そこまでは、競争は増えたものの、大きな業界の変化があったわけではない。しかし、インターネットの出現、そして高速化によって、テレビ番組のストリーミングが可能となり、ビデオ・オンデマンドからはじまり、ついにはテレビとの同時ストリーミング配信が本格化してきた。有料テレビ放送の契約者数もここ1-2年減り始め、その一方、Netflixなどの契約者数は、増加の一途だ。米国では、そろそろ毎月支払っているケーブルテレビ等の有料テレビ放送契約をどうするか、考え始めてもいいタイミングになってきたようだ。

さて、日本では、Huluがしばらく前に日本市場に参入し、この秋には、いよいよNetflixが参入予定だ。進展の遅い日本のテレビ番組ストリーミング市場も、そろそろ大きく変化しはじめる時期にきているのではないだろうか。

  黒田 豊

(2015年5月)

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