久々の大型株式上場Snap

米国の若者の間で大人気のメッセージング・ソフトウェアSnapchatを持つSnap Inc.が3月2日、久々の大型株式上場を果たした。日本の方々には、あまり知られていないと思うので、簡単にどんなものか説明すると、日本で人気のあるLINEや、FacebookのMessengerのようなメッセージング・ソフトウェアだが、送ったメッセージや写真、ビデオ等が、一定時間を過ぎると消えてしまう、というものだ。

SNS離れ、SNS疲れという話を時々聞くが、これはSNSにアップしたものに、どれくらい「いいね」が来たかをコンテストのように競ったり、また友人のアップしたものに義理で「いいね」しなければならない、というようなことが増えたのが一つの原因と言われている。Snapchatの場合は、そのような負担がない、ということも、大きな人気の一つだ。また、送ったものが消えて残らないということは、通常の人と人との会話が、その場で消えていくのと同じように、うっかり言ってしまったようなことが残ってしまう心配がなく、気楽に使える、という点もあるようだ。このような手軽さから、ちょっと時間をつぶしたいときに、Snapchatを使っている人が多く、特に18-34才の若者に大人気となっている。毎月の利用者数は1億5800万人とのことだ。

このSnapの上場規模は、上場価格$17で計算しておよそ240億ドル(約2兆7千億円)、2014年のアリババ(中国)以来の規模となった。しかも最初から人気が出て、初日の終わり値は$24.48と、上場値を44%も超えるものとなった。時価総額では340億ドル(約3兆8千億円)と評価されたのだ。

Snap成功のためには、もちろんユーザーがたくさんいる、ということが当然必要だが、もう一つ、広告を出してくれる企業にも魅力的である必要がある。それは、Snapが他のSNSと同じく、無料で使えるアプリで、広告が大きな収入源だからだ。その広告主も、実はSnapを評価し、広告を増やしている。Snapのメッセージやビデオは短いものだが、1分半から2分のストーリーと言われるユーザーが作った写真やビデオに対し、10秒の広告が出せ、利用しやすくなっている。また、ユーザーは、その広告を見たくなければ見なくてもいい、ということで、それほど広告が邪魔にならない。広告主は、広告を出すだけで、一定の金額を支払う必要があるが、ユーザーが広告を全部見ない場合には、広告料の一部しか支払う必要がないように配慮されている。

また、最近の若者は、テレビを見なくなっていると言われるが、実際、テレビ視聴率の調査で有名なNielsenによると、米国の18才から24才までの若者のテレビを見る時間は、ここ6年で37%も下がっているという。そのため、若者をターゲットとした商品をもつ企業は、どこに広告を出すべきか悩んでおり、そこに若者に人気のあるSnapが登場したので、それに飛びついたのだ。

Snapchatのことを、最初にメッセージング・ソフトウェアと書いたが、Snap自身は、上場のための書類に、自社を「カメラの会社」と書いている。誰もが不思議に思ったが、Snapchatのもともとの考え方は、スマートフォンで撮った写真やビデオを簡単にアップし、友達に送る、ということのようだ。また、その写真をアニメ化するようなことが簡単にできるようになっている。たとえば、遊びで顔写真にウサギの耳を付けたり、というようなものだ。そして、それにコメントを足したり、また、単にメッセージだけを送ることも出来るもの、という位置づけだ。したがって、SNS大手のFacebookなどと正面から競合するものではない。実際、メッセージング・ソフトウェアだけでなく、昨年サングラスで簡単に10秒間のビデオを撮り、それを友人に送ることができるSpectaclesも発売している。今後はドローンに搭載するカメラも検討中という。

また、ある人は、Snapは若者にとって、テレビに代わるものではないか、と言っている。実際、Snapで見られるビデオは、1日100億回と言われている。ビデオは一般ユーザーが作成したものだけでなく、スポンサー企業や芸能人が宣伝のためのビデオをたくさん提供している。長さはわずか10秒だが、これを見ることで、若者がテレビを見る代わりにしてしまっているのではないか、というのだ。

実際、テレビを見る代わりにインターネット上のビデオを見る、という動きは、いたるところで起こっており、テレビ局や新聞社なども、自社の番組やコンテンツをインターネットで流しているし、NetflixやAmazonのようなところが、積極的にテレビ番組や映画、独自制作の番組等をインターネットで有料や無料で流している。また、Yahooのようなポータルサイト、さらにはYouTube、Facebook、Twitterなどもビデオ・コンテンツを配信し、ビデオ視聴者獲得を大きな目標にしている。テレビ向け広告市場は、米国で710億ドルと言われているが、この市場の争奪戦が、いよいよ本格化してきている。インターネット系企業に追われるテレビ局などは、これからが正念場になってくるだろう。

さて、久々の大型株式上場を果たし、順調に見えるSnapの将来はどうだろうか? これを見るには、SNSのFacebookとTwitterの上場後の動きを見ると、プラスとマイナス、2つの方向が見えてくる。Facebookは、上場5年弱で、株価は245%上昇した。一方Twitterは上場後3年数ヶ月で、株価は上場値から約40%ほど下がってしまっている。これには、いろいろな理由があるだろうが、一つ注目される指標に、ユーザー数の増加率がある。Facebookのユーザー数は、上場後も順調に伸び、現在はおよそ月のアクティブ・ユーザー数が18億6000万(上場当時は1億4400万)と言われている。一方Twitterは、ユーザー数の伸びがここ2年ほど止まり、ほぼ現状維持状態になっている。そのころから株価は低迷し始めている。

では、Snapのユーザー数はどうだろうか? これまで11%ほどの伸びを示していたのが、直近の2016年第4四半期には、5%の伸びと、大きく減少している。米国市場が飽和してきたときには、グローバル市場での拡大が考えられ、Snapもそれを狙っており、イギリスなどでは成功し始めているようだが、他の国では、すでに先行して人気となっているメッセージング・サービスがあり、Snapが成功するかどうかは疑問だ。また、Snapのユーザー数の伸びが落ちたのが、Facebook傘下のInstagramが、Snapに似た機能を持つInstagram Storiesを開始した昨年8月から、というのも、気になるところだ。もともとFacebookは、Snapchatの人気に注目し、2013年に30億ドルでの買収を試みたが、Snapに拒否され、その後、自社傘下のInstagramに、同様の機能を加えることに方向を変更している。

また、Snapの売上は2016年で4億ドル強で、これは前年から500%も伸びているが、増加するユーザーへの対応や、新規機能開発のための投資で、赤字は5億ドルを超えている。今後ユーザー数の伸びが減少した場合、広告収入をどれくらい伸ばせるか、不安がある。さらに、今回の上場で購入できるようになった株式は、すべて議決権のないものという、これまでにない形をとっており、創業者2人が議決権の約90%を握ったまま、というのも、投資家に不安を与えている。このため、いまのSnapの株価は行き過ぎた、という声も聞かれる。株式上場初日は44%上昇した株価も、1ヶ月後の3月31日現在、$22.53となっており、上場初日の終値より下がっている。ただし、もともとの上場値である$17からは、まだ高い数字だ。

いろいろ将来に不安のあるSnapが、どうしてここまでの人気になったのか。それは一つには、昨年は新規株式上場の不作で、久々の大型上場だったから、という点が挙げられている。最近はシェアリング・エコノミーで有名なUberやAirbnbを含め、ベンチャー企業で上場を先送りし、未上場のままでいる企業が増えている。実際、未上場のままでも、大型の出資を受けられ、市場価値が10億ドルを超える、いわゆるユニコーンといわれるベンチャー企業が、いまや154にもなると言われている。株式上場すると、創業者や出資者は大金を手にするが、その一方で、多くの情報を公開しなければならないなど、制約も出てくる。それよりも未上場のままで、十分な資金が得られるのであれば、上場は先延ばししよう、という考え方が広がっている。

このような状況で、Snapは、あえて上場の道を選んだわけだが、もしかすると、その将来に不安があり、いまが一番いいタイミング、と読んだのかもしれない。いずれにしても、Snapは多くの若者に支持されており、今後の成長も見込まれる企業だ。これからFacebookのような道を歩むのか、あるいはTwitterのような道を歩むのか、今後が注目される。

  黒田 豊

(2017年4月)

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