今年のシリコンバレー大手IT企業開発者向けイベント

今年もシリコンバレー大手IT企業の開発者向けイベントが、5月後半から6月前半にかけて実施された。カリフォルニア州ではコロナ禍もかなりおさまってきて、6月15日には多くの規制が撤廃され、コロナ前の状態に戻りつつあるが、これら開発者向けイベントは、その前に行われたため、今回も基本的にリモートによるイベントとなった。詳細については、それぞれのウェブサイトに情報が載っているので、ここでは私の目にとまったものや、私の感想を中心にお話したい。

イベントの実施された順番とは異なるが、まずAppleからその中味を見てみよう。全体としては、あまり大きな発表はなく、細かい機能の進化と、プライバシーに力を入れている点を強調しているという印象だった。発表の最初はFaceTimeについてで、より自然に、心地よく、通常の生活の中で使えるように進化している。複数の人との会話では、音が画面上のその人のいる方向から聞こえたり、雑音を取り除くなどの配慮がされている。

SharePlayとしてFaceTimeに参加している人たちで一緒に何かを見たり聞いたり、画面を共有することも実現している。さらに開発者向けにAPI(Application Programming Interface)を提供して、外部の開発者が新たな機能を加えてくれることを期待している。コロナ禍でZoomなどのビデオ会議システムが急激に広がったこともあり、それらに対抗するような機能をFaceTimeにも、いくつか加えているのが伺える。

iPhoneなどのカメラに写された文字を読み取って、たとえば電話番号なら、そのまま電話がかけられる機能は、実際に使って精度を確かめないといけないが、うまく使えるようなら便利な機能だ。記憶されている写真を分析してストーリーを作り、音楽を加えてくれるなど、面白そうな機能もあり、天気やMap機能もより細かい情報を加え、使いやすくなっている。ただ、これらはみな、あったらいいかも(Nice to Have)程度のものにも感じられる。ワイヤレスイヤホンのAirPodsも、より会話がしやすいように、目の前の話し手からの声を聞こえやすくしたり、音がどの方向から聞こえているかをわかりやすくするなどの進化があるが、これもNice to Haveレベルに見える。

プライバシーに関しては、Fundamental Human Rightsという考え方のもと、さらに強化している。メールやブラウザーのSafariへのプライバシー強化や、使っているアプリのプライバシー・レポートなどがその例だ。プライバシー・レポートでは、それぞれのアプリがどのような情報を、どんな頻度でサードパーティに提供しているかについても、わかるようになる。

Appleはヘルスケアにも力を入れており、単にヘルスケア・データをApple Watchなどから取得するのではなく、医者を巻き込んだ本格的なヘルスケア・ビジネスを始めるのではないか、とのうわさも出ていた。しかし、今回の発表ではそのような話はなく、ヘルスケア情報の医者や家族への共有など、多少の進化があったのみだ。逆に市場では、Appleの本格的なヘルスケア市場への参入は、壁にぶつかっていて、しばらく日の目を見ないのではないか、という話が広がっている。以前からあった Appleがテレビを発売するとか、車を発売するといううわさは、結局うわさのまま消えてしまったり、実現を見ないまま、今日にいたっている。ヘルスケア市場への本格参入も、いまのところ同じ道をたどろうとしている。

次にGoogleだが、Pichai CEOの話は、「ユーザーに、より手助けとなるGoogle」をめざしているという話で、Map機能をより使いやすくしたり、Googleのもつ低価格パソコンChromebookが幼稚園から高校までの学校で、多く使われている点が強調されていた。また、コロナ禍で大きく変わった働き方への対応として、Google Workspaceで、リモートワークでのコラボレーションやドキュメントの共有、またGoogle Meetとの連携に力を入れている点が目に付いた。

そして、そのあとの多くの時間は、AIを活用したものについての話に使われていた。それぞれ開発のどの段階まで来ているのかは、わかりにくく、いつそれが現実にユーザーが使えるものになるのか不明だが、興味深いものもいくつかあった。まず、言語翻訳について、すでにGoogleではサービスを提供しているが、「ポケットに翻訳者」という目標を掲げて、進化を続けている。また、Google Lensは、カメラに写ったテキストを把握し、音声認識やText-to-Speechにも力を入れている。

また、自然言語対応に力を入れていて、ある質問に対して、機械的な回答ではなく、専門家が自然に答えてくれるような、会話のやりとりを目指している。LaMDA(Language Model for Dialog Applications)と呼ばれるシステムで、実際にデモでは冥王星と会話したり、紙飛行機と会話するものを見せていた。その場で誰かが台本にない質問をするという形ではなかったので、いまの段階でどこまで本当にできているのかわからないが、このようなものを目指している、ということ自体、面白いと感じた。

サーチにも同様の考え方をもとに、キーワード(単語)によるサーチだけでなく、専門家に自然な言葉で質問し、その答えを出してもらう、ということも準備している模様だ。MUM(Multitask Unified Model)in Searchというこの機能は、LaMDAのような自然言語処理を活用し、より自然な人との会話に近いサーチで、実現すれば、とても使いやすいものになるだろう。サーチはさらに、イメージ、ビデオ、音声など、マルチモーダルなシステムとして進化していくようだ。また、サーチ結果の信ぴょう性について確認するため、その出典を明確にしたり、異なる意見のものも表示するなどして、最近問題となっている、間違った情報の拡散などにも対処しようとしている。

AIはMap機能強化にも使われており、地図上に道路名、経路、横断歩道、Bike Lane(自転車専用レーン)などを表示する機能も加えようとしている。そして、空港などでは屋内の地図情報も表示するとのことで、これはユーザーにとって、とても便利な機能になりそうだ。Google Photosでは、Appleと似た機能で、写真上のパターンを認識して、それをもとにストーリーを作るなどの機能も考えられている。また、リモートで人と対話するとき、相手の3次元イメージを出し、より臨場感のあるものにするデモもあったが、残念ながら見ている画面が2次元なので、ちょっとその臨場感は伝わってこなかった。

これらAI機能を実現するための量子コンピュータやそのためのチップの開発、さらには、これらを実現するための必要エネルギーについて、カーボンフリーを目指していることを明言している。そして、プライバシーやセキュリティについても、重要視していることを述べることは忘れていないが、Appleに比べれば、力の入れようは、それほど大きくなかったように感じた。

さて、もう1社のFacebookも開発者向けカンファレンスF8を実施したが、冒頭でZuckerberg社長は、今回は純粋に「開発者向け」に回帰すると述べ、具体的な話はほとんどせずに数分で引っ込んでしまった。その後の話で多かったのは、ビジネスのためのFacebookという点だ。なかでもMessengerのビジネス向け活用の話が多く、これを実現するためのサードパーティ会社によるソフトウェア開発を促すためのAPI充実の話が多かった。

1時間半のうちの最後の15分程度だけ、AI Platformに関する話があり、AR(拡張現実)グラスなどのウェアラブル・デバイスの話も少しあったが、あとはAIシステム開発のためのツールの話が中心で、今回のイベントは本当に開発者向けに集中したものだったと強く感じられた。

全体としては、AppleはPrivacy、GoogleはAI、Facebookはビジネス利用、というのが、それぞれのメインテーマだったように思う。大きな話題となるような発表は比較的少なく、やや小粒なイベントだったと感じられた。

  黒田 豊

(2021年7月)

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