日本のスタートアップ企業の考えるべき海外進出

先日、東京都主催のアクセラレーターNEXs Tokyoで、本件に関して話をしたので、今月はその内容の一部について紹介したい。タイトルはスタートアップ企業対象となっているが、既存企業にも当てはまる部分が十分あるので、スタートアップ企業以外の方々も、続きを読んでいただければと思う。

そもそも、日本のスタートアップ企業で、早い段階から海外進出を考える会社はとても少ないようだ。理由はいろいろだろうが、「日本の会社だから、まず目の前の日本市場から」、「日本市場で成功していないのに、海外市場なんて考えるのは早すぎ」、「海外市場の事情はよくわからないので、参入できない」、「英語や海外のことを知っている社員がいない(少ない)」などの声が聞こえてくる。

一見、確かに、と思えるような話だが、シリコンバレーにいて、いろいろな例を見ると、ちょっと違う感じがする。海外市場を見ないということは、日本よりはるかに大きな市場を、見ていないことになる。しかし、市場の大きさだけの話ではない。日本市場で苦戦しても、海外市場なら結構ビジネスになる、という場合もある。たとえば、日本酒の「獺祭」は、もともと山口県の地酒だが、東京など大都市に進出しようとしたが、なかなかうまくいかなかった。そこで思い切って海外に出たら、そこで高い評価を受け、世界中で、そして日本国内でも有名な日本酒となった。

また、日本では規制によってビジネス展開が難しかったり、法的規制でなくても、業界の習慣や勢力地図の関係で、スタートアップ企業に高い市場参入障壁が存在する場合もある。最近はかなり状況がよくなってきたが、まだスタートアップ企業というだけで、企業向けのB2Bビジネスでは、「実績がない」などの理由で、なかなか相手にされない場合もある。それに比べ、例えば米国シリコンバレーでは、スタートアップ企業が出してきた新しい製品・サービスでも、いいものであれば真剣に検討してくれる空気がある。言葉や文化の違いはあっても、市場としてそのスタートアップ企業が提供する製品・サービスを受け入れてくれる可能性が、日本市場より高い可能性も十分あるのだ。

さらに、将来世界市場制覇を考えるような製品・サービスの場合、「まず日本市場から」とやって、そこでの成功を見てから世界に進出しようとした場合、その数年間に海外で類似の製品・サービスが市場に出てきて、先に米国市場などを押さえられてしまうと、それがグローバル・スタンダードになってしまう。そして、今度はそれが日本市場にも押し寄せてきて、それまで成功していた日本市場すらも取られてしまう危険性がある。将来世界市場制覇を考えるような製品・サービスを提供しようという会社は、このことを心しておく必要がある。

また、日本では当たり前のものが、世界では珍しく、クールなジャパンとして受け入れられるものも少なくない。こう考えてくると、スタートアップ企業も、最初の段階から海外市場を検討する価値が、そして必要性が十分ある。

上のような状況を考え、海外進出をすると決めたとして、どのタイミングで海外進出するかを考える必要がある。パターンは4つ。
1.    日本でまずビジネスを開始し、日本市場でのビジネスが成功したら、海外進出する
a.    よく見かけるパターンだが、世界制覇を狙うような製品・サービスの場合、これでは、仮にこの会社の製品・サービスが他社にない先進的なものでも、日本市場だけでビジネスを行っている間に、世界は追いつき、どこかほかの会社がグローバル市場で優位に立ってしまう可能性が高い
2.    日本でまずビジネスを開始するが、ビジネスが立ち上がった段階で海外進出する
a.    日本市場での成功を見るまでの数年間が短縮できるので、世界をリードできる可能性はあるが、それでも海外進出を準備するための1年程度は損をしている
3.    日本と海外同時にビジネスを開始
a.    世界制覇をもくろむような製品・サービスの場合、これが世界制覇への早道となる
4.    海外からビジネスを開始する
a.    日本市場に参入障壁がある場合、あるいは海外に、より適切と思われる市場がある場合、この方法のほうが、日本市場でビジネスを開始するより、成功率が高くなる。ウミトロンという水産養殖xテクノロジーのスタートアップ企業は、日本人が経営しているが、シンガポールでビジネスを開始し、成功している。
b.    また、最初から世界制覇を考えるとき、日本市場にこだわらず、まず米国シリコンバレーで起業する、ということも十分考えられる。
どのタイミングで海外進出するかは、その会社の製品・サービス、長期的な狙い、そして、日本市場への参入しやすさなどを考慮して決める必要がある。

海外進出をすると決め、そのタイミングも決まったら、次に考えるのは、どの地域から進出するかだ。私はヨーロッパ市場については、あまり詳しくないので、アジア市場と米国市場について考えてみたい。

日本企業でしばしば見られるのは、比較的距離も近く、文化的にも近い感じのするアジア市場から参入する、というものだ。アジア市場は、確かに距離的に近いし、もしかしたら文化的にも欧米より日本に近いかもしれない。しかし、ビジネス文化的に言うと、中国などは、むしろ欧米的な感じを受ける。中国は、市場規模は大きいが、現在の世界情勢を考えると、カントリーリスクをある程度考慮する必要がある。インドやインドネシアは人口が多く、潜在市場としては大きいが、まだ開発途上で、自分の会社の製品・サービスを受け入れる素地が、現時点でどれくらいあるか、考える必要がある。それ以外のアジア諸国は、市場規模が限定的だ。また、もしアジア市場参入後、世界市場に広げていく場合、欧米主要市場に出ていくまでに時間のロスがあり、他社に後れを取る可能性もある。

では、米国市場はどうか。多くの場合、世界最大の市場であり、ここで成功すれば、一気にグローバル標準となる可能性も秘めている。世界制覇をめざすなら、米国から出ていく、ということがベストな可能性が高い。米国市場はまた、新興企業の製品・サービスの受け入れにも寛容で、いいものであれば受け入れてくれる素地がある。ただし、このような魅力的な市場なので、世界各地から米国市場参入をめざす企業は多く、競争は厳しい。しかし、この厳しい競争に勝ち、生き残れれば、その将来はとても明るい。

さて、海外進出するにあたり、注意する点はいろいろあるが、私から見た中から、そのいくつかを紹介したい。まず、「海外市場ニーズは、日本と異なる」という点だ。言われてみれば当たり前のように聞こえるが、ついそれを忘れて海外進出してしまう日本企業を多くみかける。日本のお客様は、企業にしろ、コンシューマーにしろ、とても厳しい目をもっている。また、機能的に多くを求める傾向がある。そこで、特に日本市場に先に参入した場合、この厳しい日本市場の目に合格したのだから、それが海外に通用しないはずはない、と考えてしまうことがある。

ところが、その製品・サービスをそのまま海外に持っていくと、通用しない場合も少なくない。それは、市場のニーズが異なっているからだ。米国や多くの国では、たくさんの機能をそなえた製品・サービスよりも、使いやすい、安価なものを求める傾向がある。分厚い説明書を読まないと使えない機能などはいらない、というわけだ。そもそも説明書を細かく読む人は、ほとんどいないのが海外市場の現状だ。スマートフォンが出てくる以前、日本の携帯電話は軽量で機能豊富、すばらしいものだったが、米国市場では、あまり売れなかった。このような海外市場と日本市場のニーズの違いは、十分理解して市場参入する必要がある。

もう一つ注意したいのが、「海外拠点からの情報は宝」だということ。海外進出する場合、あるいはその準備をする過程で、日本からスタッフをその国に派遣し、そこから情報を入手する、という場合は少なくない。海外に赴任したスタッフは、一生懸命その土地の人たちとネットワークを作るなどして、情報収集にあたる。そこで得られた情報は、宝と言ってもいい。ところが、それを受け取る日本の本社のキャッチャーが、日本の新聞や雑誌で読んだことをベースに、日本の目線で判断すると、せっかくの宝も、自分の知識と異なる場合、ないがしろにしてしまう場合をよく見かける。とてももったいない話だ。それは、日本に入って来る海外の情報が、それ自体うそではないにしても、現実の一部にすぎず、それだけを信じていたら、市場の全体像を誤解してしまうことがよくあるからだ。

最後に、これは当然のことだが、「海外進出先に詳しい人の必要性」があげられる。言葉はもちろんだが、文化的なことについても、ある程度詳しくないと、ビジネス成功にたどりつけない。理想的には、社内にそのような人がいればいいが、社内にいなくても、信頼できるよきパートナーを得られれば、十分その役に立つ。

そして、海外進出成功には、トップを含め、キーとなる社員がグローバルな人間である必要がある。グローバルな人間とは、どんな人か。私は大きく次の2つを持つ人だと考えている。一つはコミュニケーション力、もう一つは大きな、幅広いものの見方ができることだ。ここで必要なコミュニケーション力とは、自分の意見をしっかり持ち、発言できること。相手にしっかり伝わる伝え方ができること。相手の言っていることをしっかり理解できることだ。そのためには、相手と共通の言語も必要になってくる。

大きな、幅広いものの見方とは、多様性を理解すること、日本を知り、世界を知ること。そして、自分の専門だけでなく、幅広いものに興味を持つことだ。自分の専門についての話しかしない人は、なかなか相手の懐に入っての会話は難しい。

いろいろと書いてきたが、ともかく日本のスタートアップ企業には、まず最初の早い段階で、海外進出をすべきか否か、するとすればどのタイミングがいいか、そしてどの地域に進出すべきかを検討してもらいたいと願っている。もし私がその一助になれば、幸いだ。なお、この話の内容は、YouTubeでも見ることができるので(https://www.youtube.com/watch?v=UTHL5LFZcRM )、興味があれば、ご覧いただければ幸いだ。

  黒田 豊

(2022年10月)

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