注目されるデジタルツイン(Digital Twin)

 

デジタルツインという言葉を聞いたことがある人も、少なくないだろう。どういうものかというと、基本的にはその言葉のとおり、何か実体があるものと同じものを、デジタルの世界で構築したものだ。たとえば、製造ラインや設備のデジタルコピーを作成し、リアルタイムで状態を監視・最適化したり、スマートシティなどの都市計画で、交通流量の最適化、災害シミュレーション、ビルのエネルギー管理などに活用されている。

 

他にも、ヘルスケアでは、患者の生体データからデジタルツインを作成し、治療効果をシミュレーションしたり、手術のリハーサルや薬の投与量最適化などにも使われる。これ以外にも、あらゆる分野で、将来の予測シミュレーションや、現在起こっていることをリアルタイムで分析し、最適化することに使われている。

 

デジタルツインという言葉が使われ始めたのは、2002年に米国ミシガン大学と言われている。その後、2010年にNASA(アメリカ航空宇宙局)が航空宇宙システムに適用し、2010年代に本格的に広まっていった。ここ数年は、生成AIが登場し、生成AIを活用したデジタルツインが広がり始めている。

 

そして、最近話題となっているのは、航空宇宙や都市などの大きなシステムではなく、個人のデジタルツインを構築し、自分の分身として仕事をしてもらう、という動きだ。すでに企業の経営層の人達の一部は、自分のデジタルツインを構築し、自分の仕事の一部を代替してもらうことを始めている。

 

デジタルツインを作ろうとする人は、まず生成AIに、自分の過去に書いたもの、話したこと、インタビュー内容、メールの内容など、すべてを記憶してもらう。知識や考え方だけでなく、話し方なども覚えてもらう。そして、これらのデータを元につくられた自分のデジタルツインに、部下からの質問に答えたり、インタビューに答えたり、ときには、オンラインで本人の代わりにスピーチを行ったり、プレゼンテーションを行ったりさせている。

 

ビジネス向けSNSのLinkedInの共同創設者で、ベンチャーキャピタルGreylock PartnersのパートナーでもあるReid Hoffman氏は、2024年に自分のデジタルツインReid AIを構築し、すでに75を超えるスピーチやプレゼンテーションを行ったという。このようなデジタルツインを使うことのメリットは、単に自分のワークロードを減らすことだけにとどまらない。彼のプレゼンテーションは、フランス語や中国語など、そのときの聴衆に合わせた言語で行われている。Reid AIは、74ヵ国語を話すという。本人はもちろん、そんなにたくさんの言語を知らない。また、遠方でのプレゼンテーションのため、そこに行く時間がない場合も、プレゼンテーションを引き受けることができる。

 

このようなデジタルツインによるプレゼンテーションを、主催者側が最初から受け入れていたわけではないが、本人が時間的、地理的な問題で出席できない場合、Reid AIでもいいから、お願いしよう、ということになったようだ。その後の実施回数を見ると、少なくとも受け入れ可能なレベルのもの、ということだろう。Reid AIによって、50%くらい自分の時間がセーブできていると、彼は語っている。そして、いまはまだこのようなデジタルツインを使っている経営者は少ないが、10年後には、50人以上の会社では、経営層だけでなく、顧客対応など幅広い分野で、社員のデジタルツインが使われるだろうと予測している。

 

経営者が自分一人のデジタルツインを構築し、使っている場合はまだいいが、これが一般レベルの管理職や非管理職まで広がってくるには、多くの障害が存在する。まず自分に関する情報を、すべて自分のデジタルツインに記憶させると言っても、会社内の場合、その情報は会社のものになってしまう可能性が高い。そして、自分のデジタルツインを会社が持つということは、自分の代わりをそのデジタルツインが行い、自分は不要になってしまうのではないか、という不安も生じる。

 

また、何等かの理由で退社することになった場合、自分のデジタルツインは会社に残って仕事を続けてしまうのか、それとも自分で自分のデジタルツインは持ち出し、会社からは消去可能か、という疑問も湧いてくる。そして、生成AIの基本的な課題として、間違うことがあるので、自分なら言わないことをデジタルツインが言ってしまったり、自分の思うことと異なる答え方をしてしまう、ということも十分起こり得る。

 

さらに、自分のことを知ってもらうと言っても、自分のこれまでの人生経験や考え方すべてを、デジタルツインに組み込むことは不可能だ。そして、デジタルツインは、自分の知らないことに対しては、おそらく推定して答えてしまう。その言い方が断定的だったりすると、デジタルツインの言ったこと、答えたことが、自分の考えだったかのように、他の人に誤解され、それが一人歩きする可能性も十分ある。

 

こう考えると、デジタルツインは便利だが、元の本人の管理下にないと、何が起こるかわからない。したがって、自分自身のデジタルツインは、自分が管理可能な環境下でのみ利用するのが、少なくとも現時点では現実的に思える。そして、会社の管理下におかれてしまう自分のデジタルツインというものは、問題点のほうが多く、それらに対する解決策が明確になるまでは、使用を控えたほうがいいと、私は感じてしまう。皆さんはどうだろうか。

 

黒田 豊


2026年6月

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