ベンチャーが元気なシリコンバレー

シリコンバレーのベンチャー企業が元気だ。シリコンバレーは、ベンチャーのメッカとして有名な場所なので、そこでベンチャー企業が元気でなければ困るが、ここ数年、特に今年になってから、さらに元気だ。

ここ1-2年、大きく目を引くのは、Google、Facebook、Appleなど、インターネット大手企業によるベンチャー企業大型買収だ。その金額がとても大きく、話題になることが多い。このコラムでも、いくつかその話を書いた。

1月には、Googleが家庭用エネルギー管理システムのNest Labsを$3.2bil.(約3200億円)で買収。これはGoogleにとって、2012年に買収したMotorola Mobilityについで大きな買収だった。Nestは2010年に立ち上がったばかり、まだ数百人規模のベンチャー企業だ。2月には、Facebookがモバイル・メッセージング・サービスで急進するWhatsAppという売上高$20mil.(約20億円)程度の会社を$19bil.(約1兆9000億円)で買収し、シリコンバレーの歴史に残る買収として市場を驚かせた。そして5月には、Appleによる音楽機器と配信サービスのBeatsの$3bil.(3000億円)買収だ。

これらの買収金額については、大き過ぎる、いや妥当だと、いろいろな議論があるが、私の目からすると、いずれにしても、自社が買収しなければ、他のインターネット大手に買われてしまう、それを避けるためにも、多少高めの金額でも買収しよう、という意識がどこかで働いていたのではないかと思う。

これに呼応するかのように、ベンチャー企業への投資も、今年に入り、急激に増加している。2014年第1四半期には、シリコンバレーのベンチャー企業に対する投資が、バブル期の2000年以来となる約$4.9bil.(4900億円)となった。ところがそれもつかの間、第2四半期には、それをさらに45%上回る、$7.1bil.(約7100億円)の投資が行われた。これは、まさしくバブル期の2000年に記録した数字に匹敵するものだ。

ベンチャー企業への投資は、シリコンバレーだけでなく、全米でも広がっており、全米におけるベンチャー企業投資額は、2014年第2四半期で$13bil.(約1兆3000億円)と、前年から57.4%増加している。シリコンバレーは、そのうちの55%を得ている計算になる。投資を受けるベンチャー企業の業種を見ると、シリコンバレーでは、やはりソフトウェアが圧倒的で、57.5%を占めており、2位のバイオおよびヘルスケアを合わせた分野の12.8%に大きく差をつけている。

ベンチャー投資資金は、年金機構などの資金だけでなく、企業によるコーポレート・ベンチャーのお金も多く入っている模様だ。その数字は今年前半だけで全米で$5bil.(約5000億円)と言われている。リーマンショック以降、コストダウンや投資の抑制を図っていた企業が、いよいよ攻勢に転じてきたことをうかがわせる。また、企業が自社でのイノベーションだけでなく、ベンチャー企業への投資により、新しい分野等への投資リスクを分散してきているとも見て取れる。

ここに来てのベンチャー投資熱に対し、またバブルが膨らみ始めているのではないか、という議論は当然ある。ただ、その可能性は否定できないものの、今のところすぐに破裂しそうな様子はなく、前回のインターネット・ベンチャー・バブル(ドットコム・バブル)の反省を生かしつつ、様子を見ながら投資を続けよう、というのが現在の市場の空気だ。

さて、投資を受ける、あるいは買収されるベンチャー企業を見ると、WhatsAppのような最近出てきたメッセージ系の会社だったり、大きな話題となっているシェアード・エコノミー(Shared economy)を代表するUberやAirbnb、エネルギー管理のNest Labs、ヘルスケア関連、ビッグデータ関連、AI関連など多彩で、14年前のドットコム・バブルのときには、存在しなかったタイプのものも多い。

ところが、よく見ると、ドットコム・バブルのとき、まさしくバブルとして消えていったようなビジネスで再びチャレンジしている企業も見られる。たとえば、スーパーでの買い物配送代行サービス。サンフランシスコで立ち上がったInstacartは、この6月に$44mil.(約44億円)ものベンチャー投資を受け入れた。このようなサービスは、GoogleやAmazon、大手スーパーなども手がけており、市場としても立ち上がっているが、ドットコム・バブルのときは、そうではなかった。Webvanという会社が当時このビジネスを行い、私も注目していたのだが、残念ながら生き残ることができなかった。

ではなぜ今、このような以前失敗したサービスが広がりを見せているのか。その理由は、環境の変化だ。ビジネスのアイディアとしてよくても、それを実現する環境が整っていないと、ビジネスとして成功しない。しかし、その環境が整ってくると、ビジネスとして成功するようになる。

このようなことは、新しい技術ができたとき、よく起こることだ。これについて私がよく話すものとして、IP電話の例がある。インターネットが始まったころ、以前からあるアナログ電話のように、電話するたびに回線を占有しなくても、音声をIPパケットにして通信すれば、回線を複数の人たちで共有でき、少ない回線でより多くの人たちが電話で話をすることができる、ということが大きな話題となった。

技術的には、そのとおり。しかし、当時インターネットを使い始めた人たちの使っていた通信回線は、せいぜい9600bpsくらいの速さ、もし今100Mbpsの回線を使っているとすると、なんと1万分の1の速さだ。こんな遅いネットワークで、音声をIPパケットに分解して送信したらどうなるか。会話が途中でプツプツと途切れ、とても使い物にならない。つまり、技術的に可能だが、とても使い物にならない、というものだった。

では、IP電話という考え方そのものが悪かったのかといえば、もちろんそうではない。その証拠に、いまやIP電話はどこでも有効に活用されている。何が最初のころと違っているか。IP電話の場合、インターネットの通信速度が1万倍も速くなり、さらに音声を滑らかに通信する技術の進歩と相まって、IP電話の品質が使用に十分耐えうるようになったことだ。

さて、Webvanが失敗したスーパーの買い物配達代行サービスは、なぜ当時失敗し、今成功するようになったのか。それは、おそらくこのようなサービスを使うユーザーが、インターネットでこのようなサービスを使うことに慣れてきたことが一番の要因ではないかと思う。Webvanのサービスの実態がどんなものだったか、詳しくわからないが、ユーザーが満足するためのサービス提供には、かなりの投資が必要だったことも想像される。そして、そのような十分な投資がされなかったことも、ひとつの失敗要因かもしれない。

実際、現在成功しているAmazon.comにしても、最初しばらくは大きな赤字を出し続け、会社の存続が危ぶまれたことが何度もあった。Amazonの場合、幸いなんとかそれを乗り切れるだけの資金があったから、今日の成功までつなげることができたのだ。新しい技術が世の中に出てきたとき、すぐに飛びつく人もいるが、多くの人達は、しばらく様子を見ながら、少しずつその技術を使い始める場合も多い。そして、それが多くの人々に使われるまでには、ある程度時間がかかる。新しい技術を使ったサービスを提供する場合、このゆっくりした立ち上がり時間に耐える体力が必要なことを忘れてはならない。

ベンチャー企業の話に戻ると、今回の活況と、以前のドットコム・バブルでは、いくつかの異なった状況がみられる。以前は大きな赤字を出し続けていても、売上げさえ伸びていればどんどん投資金が集まり、株式上場もすることができた。しかし、その後消えていった会社も多い。今回は、その反省もあり、ビジネスがしっかりとできないうちに上場することは少ないようだ。また、ベンチャーキャピタルだけでなく、エンジェルと言われるお金持ちによる投資、ときには一般の人からクラウド・ファンディングでお金を集めることもあり、ドラスティックな動きをするベンチャーキャピタルの影響も、以前に比べると下がっている。さらに、上場前の投資額が大きくなり(Uberには第2四半期で$1.2bil.(約1200億円)もの投資が行われた)、上場を急がず、しっかり企業の足固めができるようになってきた。

状況は14年前と異なっているが、しかし、お金がお金を呼び、バブルとなっていく可能性は、やはり否定できない。ベンチャー企業に投資する場合は、バブルであろうがなかろうが、その会社が本当に世の中に価値のあるものを提供しているかどうかを見極める必要がある。

  黒田 豊

(2014年9月)

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