Apple新iPadを発表するも、Apple TVはまたも肩透かし

3月7日、Appleは新製品発表のため、メディア等、関係者を呼ぶイベントを開催した。事前に注目されていたのは、新しいiPad3と、しばらく前からうわさの高い、本格的なテレビだ。Steve Jobsが亡くなって初めての発表会ということもあり、そろそろ大きなものの発表があるのではないかと、期待は高まっていた。

壇上に上がったCookは、まず「パソコン後の変革」(Post PC Revolution)について語り始めた。すでにSteve JobsがiCloudを昨年7月に発表した頃から言い始めていることで、パソコンはこれまでのように中心的な役割から、いくつかあるデバイスの一つになった、という考え方だ。iPod、iPhone、iPadと立て続けにパソコン後の製品でヒットを出し、パソコン後の分野でトップを行っているAppleとしては、強調したい点であり、そこに主軸を置いていることは明らかだ。実際、昨年第4四半期のApple売り上げの76%は、これらパソコン後の製品で占められているとのことだ。

そして、その話の流れの中で、iTunesをiCloudで使う話になり、ハイデフィニション(HD 1080p)をサポートする、というところで、新しいApple TVの話が出てきた。しかし、その中には期待されていた、Appleからの新しいテレビはなく、これまでのサードパーティ・ボックスとしてのApple TVの機能拡張が多少あるだけだった。この時点で、早くもAppleの新しいテレビへの期待は裏切られてしました。

そして、今回の発表の中心であるiPadへと話は進んだ。どういう理由かは定かでないが、iPad3ではなく、ただの新しいiPadとして発表された。iPad3とすると、3に値するほどの新しいものが入っているかどうか、ということが議論になるので、それを避けたのではないか、というのが、一つの見方だ。新しいiPadは、特に革新的なものというわけではないが、画面の解像度がさらに高くなり、Appleのいう、retina display(網膜の見える限界まで達する解像度)となっている点、それをサポートするより高速なチップの採用、音声入力を文字に変換してくれるディクテーション機能(英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、それに日本語も)、最新の第4世代無線通信網LTEのサポート、ハイデフィニションのサポートなど、それなりに多くの魅力的な進化を遂げている。

入る機能として期待されていたもので、入っていなかったものとしては、iPhone4Sから登場したパーソナル・アシスタントのSiriが、iPadには今回、まだ入らなかったことが上げられる。ただ、iPhone4SでのSiriの日本語のサポートが今回発表されたので、日本語を使うわれわれには朗報だ。ただし、デモで聞いた短い文章の発音が、やや機械的な話し方になっていたように聞こえたのは、少々心配だ。

iPadの大成功以降、世の中には100以上のタブレットが発表されているという状況のため、各種追加機能や、より高速なチップの採用にもかかわらず、価格は前回のiPad2と同じに据え置かれている。逆に、iPad2は低価格版として市場を拡大するため、$100価格を引き下げている。

新しいiPadは、以前のものを持っている人は、買い換えるか考えるところだが、まだタブレットを持っていない人にとっては、そろそろ買い時が来た、という印象を与える製品だ。実際、製品が発売される3月16日の前に、事前予約販売の数量は売り切れとの発表があり、さらに販売直後の週末3日間で300万台売れたとの話がAppleからあり、好調な滑り出しを見せている。タブレットの世界では、Appleが大きな市場シェアを握っているが、今回の新製品の性能、また、使えるアプリケーション等を見ても、もうしばらく競合メーカーを引き離すには十分な内容と言える。

一方、期待していたAppleのテレビは、どうしたのだろうか。うわさが以前からあるのは、私が書いた「Apple TVは出たけれど」という記事が、2010年9月だったことを見てもわかる。その間、アジアでの生産のため、テレビの部品らしきものが大量購入されたとか、まことしやかな話が話題になったが、実物は今回も発表されなかった。Steve Jobsが生前、ようやくAppleのテレビとしてどのようなものを作るべきかがわかったかのような言い方をしたこともあり、また、今市場に出ているApple TVを「おもちゃ」という言い方までしているので、Appleが本格的なテレビを作ろうとしていることは、まず間違いないだろう。問題は、いつ、どのようなものが出てくるかだ。

発表が延び延びになっていることには、いろいろな理由が想像されるが、一番の問題は、やはりコンテンツ保有者との契約問題だろう。テレビ局をはじめとするコンテンツ保有者は、持っているコンテンツで利益最大化を図ろうとしており、そのため、テレビ放送だけでなく、自社のウェブサイト、アグレゲーターサイトのHulu、ビデオストリーミング・サービスのNetflixなど、多彩にコンテンツをパソコン、タブレット、Connected TV(インターネットに接続可能なテレビ)等に提供している。ケーブルテレビ会社等との契約者に対して、TV Everywhereという形で、コンテンツをインターネット経由で提供している場合もある。

その一方で、Google TVのように、勝手にコンテンツサイトに行き、コンテンツを見た人の情報はしっかり取ってしまうようなものに対しては、それをブロックするなど、厳しい対応もしている。Microsoftは、インターネット経由(おそらくXbox経由)でテレビ番組を提供する仮想ケーブルテレビ会社のようなサービスを始めようとしたが、コンテンツ契約が高価過ぎて、その計画を中断しているとも言われている。Appleに関しても、大手テレビ局のCBSが昨年11月、Appleへのコンテンツ提供をレベニューシェア(revenue share)では行わない、と言ったという情報が外部に漏れたこともある。

Google TVは、すでに発表してしまったものなので、徐々にコンテンツ契約を始めているが、まだまだ不十分な状況が続いており、Googleは業を煮やして自分たち独自でコンテンツも制作しようという動きも見せている。Appleとしては、自社でテレビを出す場合は、Googleのような、発表はしたけれどコンテンツが見られない、というようなことがないよう、慎重に事を進めており、そのため時間がかかっていると想像される。Appleが最初にiPodで音楽配信に大きな革命を起こしたときとは違い、コンテンツ保有者が、自分たちの権益が十分守られるように慎重になっているため、Appleがコンテンツ保有者との契約をとりまとめ、新しい世代のテレビを発表するまでには、まだ少し時間がかかるのかもしれない。

  黒田 豊

(2012年4月)

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