米国でTV Japanが見られなくなる?

米国に住む私を含め、多くの日本人家族が1991年以来見ている日本のテレビ番組を放送しているTV Japanが、この3月31日で終了する、という衝撃的なことが起こった。では、日本語の番組が4月以降、見られなくなったのかというと、実は必ずしもそういうわけではない。すでに3月20日から始まった、インターネット経由のストリーミング・サービスJmeで、日本語放送が見られるという。

TV Japanが、この変更を行ったことに対する説明は、次のようなものだ。ケーブルテレビや衛星放送を解約する人が北米で急増する一方、日本語番組をインターネット経由で手軽に見たいという意見が数多く寄せられるようになったためとのことだ。Jmeは、もともとあったdlibrary Japanという過去の映画やテレビ番組をオンデマンド・サービスとして提供するものに加え、これまでTV Japanで行っていたような、ライブ配信も行うとのことだ。一見、これで問題なしと思えそうだが、実はテレビ放送からインターネット・ストリーミングに変更になったことにより、大きな問題も生じている。これについては、あとでお話するとして、まずは、テレビ番組放送のインターネット・ストリーミングへの移行の流れについて、みてみたい。

私が長年書いている、このシリコンバレー通信でも、ストリーミング・サービスについてはたくさん書いている。拾い出してみると、以下が見つかった。
•    2022年7月:ビデオ・ストリーミングに本格移行するテレビ視聴
•    2020年12月:ディズニーのストリーミング・サービス急拡大は、コロナ禍による変革加速の象徴
•    2020年6月:新型コロナウィルスによる外出制限で、拡大が加速するビデオ・ストリーミング
•    2019年12月:Disney+ストリーミング・サービス、いよいよ登場
•    2019年5月:乱立するビデオ配信サービスは、ユーザーに利益をもたらすか
•    2018年5月:テレビ番組は、アプリで見る時代
•    2017年5月:新たな段階に入ったビデオ・ストリーミング・サービス
•    2016年2月:世界展開するNetflix
•    2015年10月:新しいApple TVでテレビは変わるか?
•    2015年5月:競争が激しくなる米国ビデオ・ストリーミング市場
•    2014年11月:テレビ番組配信方法をひっくり返すテレビ局の動き
•    2014年4月:本流になり始めたテレビ番組のインターネット視聴
•    2013年8月:Googleふたたびテレビにチャレンジ
•    2013年6月:いよいよテレビがいつでも、どこでも見られる時代に
•    2012年6月:米国大手ビデオ配信サービスNetflix今後の行方
•    2012年2月:タブレット、スマートTVで日常化するインターネット・ビデオ視聴
•    2011年2月:CES2011-Connected TVとタブレット
•    2010年10月:新しいApple TVは出たけれど
•    2010年8月:有料サービスを開始したHulu
•    2010年5月:今度はGoogle TV!?
•    2010年2月:CES2010――進化するテレビ
•    2009年9月:TV Everywhereトライアル開始
•    2009年5月:テレビでインターネット上のビデオを見る
•    2009年4月:さらに進む、インターネットでテレビ番組を見る時代
•    2008年8月:インターネットで楽しむ北京オリンピック
•    2008年4月:インターネットによるビデオ配信の功罪
•    2006年8月:今度は本物か、パソコンとテレビの融合
•    2006年7月:YouTubeはビジネスモデルを確立できるか
•    2005年11月:放送とインターネットの融合で変革する放送業界、広告業界
•    2005年4月:IP電話からIPビデオへ
•    2004年9月:インターネットで楽しむスポーツの秋

最初に書いたのが2004年なので、ほぼ20年かかって今日までたどり着いたことになる。最初はスポーツ・イベントを、コンテンツをもっている大リーグ(MLB)などが、インターネット経由で配信を始め、ほぼ同時期に過去の映画やテレビ番組などを、オンデマンドで配信するNetflixが2007年にサービスを開始した。一般の人たちが自作の動画を配信するYouTubeが始まったのは2005年だ。

このようなストリーミング配信の活発化により、これまで米国のほとんどの家庭が契約していたケーブルテレビ、衛星放送、光ファイバーを使った放送などの契約者数が、徐々に減ってきた。いわゆるCord Cuttingだ。ある調査によると、2023年にケーブルなどの従来型の放送(MVPD; Multichannel Video Programming Distributorなどと呼ぶ)を解約した家庭は約693万世帯。その結果、現在もMVPDを契約している家庭は、全世帯の約64%となった。10年前には88%を超えていたので、この10年でCord Cuttingがかなり進んだことがうかがえる。これに対し、何等かの有料ストリーミング・サービスを契約している世帯は、83%とのことだ。

Cord Cuttingは、もっと早く進むかと思ったが、ここまで来るのに約20年かかっている。物事が大きく変わるには、人々がそれに合わせるための時間が必要、ということの現れともいえるが、それだけではない。ストリーミング・サービスは、過去の映画やテレビ番組だけでなく、ライブのスポーツ放送なども実施していたが、それは、ばらばらのサイトでサービスが行われており、いままでケーブルテレビなどを契約していれば、そのすべてが含まれていたものを、ストリーミング・サービスでは、個別にいくつも契約していかないと、見られない状況になっていた。

それでも、スポーツなど、限られた番組しか見ない人にとっては、それまでのケーブルテレビ契約などで、たくさんの、ほとんど見ないチャンネルをバンドルされたものにお金を支払うより、はるかに安く、そのような人達はCord Cuttingを進めた。しかし、ニュースなどを含め、多くのライブ配信番組を見ていた人たちにとっては、たくさんの異なるストリーミング・サービスと契約し、さらに、実際に視聴するときにも、どのサービスを見るかを知っておく必要があり、面倒な場合が多かった。そのため、Cord Cuttingは、思ったほどのスピードで進まなかった。

しかし、それもいまは解決している。それはストリーミング配信で、たくさんのチャンネルを提供する、通称vMVPD(Virtual Multichannel Video Programming Distributor)の登場がある。具体的に言うと、YouTube TV、Hulu Plus Live TV, Sling TV, Fuboだ。最初の2つは2017年に開始、100を超えるチャンネルをかかえている。後の2つは2015年スタートだが、抱えるチャンネル数は少な目で、Fuboはスポーツをメインにしている。現時点でこれら4つの契約者数の合計は、1600万を超えている。

そして、ストリーミングでも番組が録画できるように、ネットワーク上のクラウドDVRが用意されている。これで、もはや旧来のケーブルテレビなどと契約しなくても、ストリーミング・サービスとの契約でことが足り、テレビ受像機だけでなく、パソコンやタブレット、スマートフォンなどでもテレビ番組が視聴できる、便利な世界となった。ただし、人々がCord Cuttingしたがった大きな理由の一つだった、支払いコスト削減は、必ずしも実現したとは言えない。NetflixやDisney Plusなどのオンデマンド・サービスだけを利用している場合は、月10数ドル程度で済んでいたが、YouTube TVは$72.99/月、Hulu Plus Live TVは$75.99/月と、以前のケーブルテレビなどとの契約と、それほど変わらない価格になっている。

さて、最後にTV Japanの問題に戻ろう。これまではケーブルテレビなどの有料放送を契約し、その上でTV Japanの追加料金$25/月を支払っていた。今度はそれが、Jmeとの契約だけで、他の米国のテレビを見ないとすれば、$25/月のみで済む。そしてテレビだけでなく、パソコンやタブレット、スマートフォンなどでも視聴が可能になる。ここまでは、いい話ばかりだ。

しかし、問題はJmeにクラウドDVR機能がなく、番組の録画ができないことだ。家庭用のビデオレコーダーが普及した1970年代より前、つまり50年前に戻ったようなものだ。いまどきテレビ番組を、その放送時間に見る人は、ほとんどいないのではないかと思う。それを考えると、録画機能なしのJmeのライブ配信は、見たい番組を見るのが、かなり難しくなる。また、いままでTV Japanで見ることができていた、いくつかの民放の番組なども、なくなってしまっているようだ。早くこれらの問題を解決し、以前TV Japanで楽しんでいた日本語放送が、再びみられるようにしてもらいたいものだ。それが実現できないようであれば、ユーザーも別な方法を考える必要が出てくる。

黒田 豊

2024年4月

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