Cook社長が変革し、時価総額2兆ドルを達成したApple

8月20日、米国の新聞やテレビでは、Appleが米国企業で初めて時価総額2兆ドルを達成したというニュースが大きく報道された。日本の新聞などでも結構大きく取り上げられていたようだ。このコラムでも、ちょうど2年前、「株式時価総額1兆ドルを超えたApple」と題した記事を書いている。この2年でAppleは時価総額を2倍にした。それも1兆ドルから2兆ドルという大きな額でだ。8/31市場終了時点では、2.21兆ドルにまで上がっている。コロナ問題で市場が大きく下落した3/23の最低値から2倍以上になっている。

COVID-19パンデミックで株式市場全体が急落した3月頃には、想像も出来なかったことだが、その後の株式市場の急回復、さらにその中でのIT系企業の強さを考えると、大きな意外感はない。それでも、コロナ禍で大きな追い風を受けているEコマースのAmazonや、テレビ会議システムのZoomならともかく、Appleがこれだけ株価を上げたことに、多少の驚きは否めない。

株式市場全体の動きから言うと、コロナ対策のため金利はゼロに近く、市場の資金が投資先として、株式市場に向かったということだ。本来ならば、パンデミックのため経済活動が縮小し、GDPも大幅にマイナスになっているから、株式市場も低迷するだろうと思われたが、市場にある大量の資金は、他に行き場もなく、株式市場に戻ってきた、ということだろう。パンデミックによって、航空会社やホテルなどの旅行業、Disneyなどのエンターテイメント企業が大きな打撃を受け、株価を下げているのに対し、IT系企業はコロナ問題での売上減少も少ないところが多く、Amazonのように売上が大幅に上がっているところもあり、IT系企業の株式は軒並み上昇している。最近は特に多くの個人投資家、それにETFという売買可能な投資ファンドからの投資が、Apple株購入に多く向かったようだ。有名な投資家Warren Buffett氏の会社もApple株を2.45億株(株式分割前)保有し、1200億ドルを超える資産となっている。

AppleはiPhoneなど主力製品の売上が、今回のコロナ問題で大幅に低下するのではないかと、当初予想されていた。しかし、時が経つにつれ、必ずしもそうではなく、むしろコロナ問題で必要となったリモートワーク、リモート教育などのため、iPadなどが必要になり、ユーザーが増える、ということが現実となった。具体的に4-6月の四半期を見ると、Appleの売上は前年同期11%アップと、当初の減収予想に反し増収となった。

直近の売上増加には、コロナによる追い風の影響もあるが、Apple株上昇の原因は、それだけではない。実はAppleがこの10年で、昔のAppleとは大きく異なる企業になったことが、大きな要因となっている。そもそもAppleはSteve Jobsが一般ユーザーに使いやすいMacというパソコンを世の中に出したところから始まり、その後Microsoft Windowsをベースとしたパソコンに市場を大きく奪われ窮地に陥ったが、一時会社を追い出されていたJobsが再びAppleに戻り、iPod、iPhone、iPadと続けてヒット商品を出し、大きく変身した企業となった。

そのJobsが病気に倒れ、2011年8月に後を継いだのが今のCook社長だ。Jobs時代のAppleは、Jobsのカリスマ性が強く出ていて、毎年行われる新製品発表の折にも、Jobsがどんな趣向を凝らし、どんな新しい製品を出してくるかが大いに注目された。そんなJobsに対し、社長となったCookは実務型の人間で、Jobsのようなカリスマ性を持っている人でもない。そのため、数年はJobsの敷いた路線を続けることでうまくいくだろうが、Appleに将来はないだろうという人も少なからずいた。

Jobsのような強烈な人の後を継ぐのは、どんな人にも容易なことではない。失敗する場合が圧倒的に多いのが現実だ。前任者と同じようなことをやろうとしても、その人のレベルに達することは難しく、また逆にその人とあえて違うことをして、うまくいかせることも、なかなか難しい。Cookが取ったのは、自分らしいやり方でAppleを伸ばす、ということだ。どちらかというと後者に近いが、わざと前任者と違うことをやった、というわけではなく、ともかく自分の出来ること、自分の得意なことを中心にして、Appleを前進させた。

その結果、2011年の社長就任以来、売上、利益ともに2倍以上、時価総額は実に6倍となった。数字の上では大成功、Jobsのような巨大な存在からバトンを受け継いだ人間としては、すばらしい成果を上げている。その一方、Cookの経営の仕方がJobsとは大きく異なるため、Appleもまた、以前とはかなり異なる会社になっている。

そもそもCook社長は、Jobsのような「Product(製品)」にこだわる人ではない。そのため、取締役会でも、製品やマーケティングを中心に考える人達を排除し、ファイナンスを中心に考える人を増やしている。Jobs亡き後のAppleで、最もJobs的なイノベーションを考える人と言われたScott Forstallは、Apple Mapの失敗の責任を取らされ、2013年に退職している。

Jobsの時代には、Appleは数年おきに世の中をハッと言わせる新製品を発表してきた。これに対し、Cook社長になってからのAppleから、これまでのような大ヒット商品は生まれていない。目新しい商品としてApple Watchがあり、確かに世界中の時計メーカーの中で最大の売上となっているが、iPhoneなどのように、多くの人々が持ち歩くような大ヒット商品とはなっていない。Jobsが気に入って買収し、iPhoneなどに組み込んだ、当時先端を行くパーソナル・アシスタントだったSiriも、その後あまり進化せず、他社に抜かれてしまっている。

現在のApple TVのようなインターネットからテレビに接続するデバイスではない、Appleらしいテレビが発表されるという憶測が何年も続いていたが、いつの間にか消えてしまった。また、Appleが自動運転車に参入するために人を集め、秘密裡に開発を進めているといううわさもあったが、これもどうやら消えてしまったようだ。その結果、Appleは以前のような、何か世の中をびっくりさせるような商品を出す、斬新でイノベーティブな企業、というイメージは薄れてしまった。Jobs時代には、Jobsの判断で発表にこぎつけていた新製品が、Cook社長のもとでは、事前に市場分析などを以前に比べ入念に行い、市場に出した場合の損益なども十分検討するようになった。失敗をしないように慎重に、成功する確率の高いものについてのみ世の中に出して行く、という方針を取るようになったため、斬新な新製品が出て来なくなってしまった。

このような変化は、実は昔Sonyでも起こったことがある。Sonyも創業者の井深氏と盛田氏の時代には、自由奔放でともかく冒険心のある製品を次々と発表し、世界中にSonyファンをたくさん作った。ところがあるときから新製品発表には慎重になり、発表前から製品発売による損益などを十分検討するようになった。その結果、Sony らしい冒険心のある斬新な製品が出て来なくなってしまい、しばらくの間、Sonyは低迷を続けることとなった。今、ふたたび以前のように斬新なものを世の中に出そうという空気も戻ってきているようだが、どこまでそれが回復できるかは不明だ。

Appleの場合は、Sonyと違い、会社の経営方針が変わっても、会社の業績には悪影響は出ていない。むしろ結果は以前よりいいものとなっている。斬新な製品を次々に出す代わりに、Appleが注力しているのは、現在のiPhoneなどの既存市場をベースにした、サービスビジネスの展開だ。Apple Music、Apple Pay、そしてクレジットカードにまでビジネスを広げた。それなりにビジネスは拡大しており、Apple全体の売上の22%にまで達しているが、Appleが先んじて市場を作ったものではなく、他社の後追いになっている。いずれもAppleのブランド力、そして世界中のiPhoneをはじめとするAppleユーザーに、そのまま使いやすいサービスを提供しようというものだ。このサービス・ビジネスがどれくらい拡大するかが、ここ数年、そしてこれからのAppleの成長の大きな鍵を握る。このAppleの変革がうまく行けば、Jobs からCookへの政権移行は、とてもうまくいったということになる。

昔からのAppleファンで、Jobsの斬新な新製品発表、Next Big Thingを楽しみにし、発売初日にはApple Storeに並んだような人達にとっては、少々つまらないAppleになってしまった気もする。いまAppleはAR/VR(拡張現実、仮想現実)の分野で新しい製品を開発中との話も伝わるが、まだどうなるかわからない。斬新な新しい製品をあまり出さず、これまでのようにAppleが魅力的な会社で居続けられるかどうか、今後を見ないとわからない。しかし、少なくとも株主にとっては、以前にも増して頼もしいAppleになってきている、と言えそうだ。

  黒田 豊

(2020年9月)

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