消えゆくネットワーク・コンピューター?

昨年、一昨年とネットワーク・コンピューターについて6月には書いているので、今回もネットワーク・コンピューターのことについて書いてみることにする。レポートのタイトルを見ると、1996年には“500ドル・インターネット・パソコン ーWinTel時代の終わり?ー”と、マイクロソフト、インテル陣営への脅威の可能性を示唆するようなもの、1997年には単に“ネットワーク・コンピューター”と中立的なもの、そして、今回は“消えゆくネットワーク・コンピューター?”と、ネットワーク・コンピューターへの期待がかなり薄れてきたことを表わしている。まさに世の中もこのようにこの2年間推移してきたように思う。

1996年には、タイトルはマイクロソフト、インテル陣営への脅威の可能性を示唆するようなものであったものの、レポートをお読みいただくとわかる通り、私個人の予想としては、ネットワーク・コンピューターはマイクロソフト、インテル陣営のパソコン市場に脅威を与えるほどのものにはならないだろうと、すでに2年前に書いている。また、昨年のレポートでも私が1996年に書いたような方向で世の中が進んでいると書いた。今年はそれがいよいよ決定的になってきたといえる。

具体的に昨年のネットワーク・コンピューターの出荷状況を見ると、Dataquest社によるとその出荷実績は約144,000台である。しかも、同時にIBMが出している出荷実績の約100,000台を考えると、2/3以上がIBMによる販売といえる。そして、これらIBMが販売したものは、ネットワーク・コンピューターとは言っても、従来から使用されているメーンフレーム・コンピューターやミッドレンジ・コンピューターに接続されたダム端末(その端末自体では処理機能をもたないもの)のリプレースという使われ方で、ネットワーク・コンピューターがめざすJava Applet(Java言語を使用して書かれたプログラム)をネットワーク経由でダウンロードし、パソコンに代わるような使い方をするのとは、大きく異なる。また、残りの数万台も同様の使われ方が中心であると予想され、本来のネットワーク・コンピューターの使われ方をしているものは皆無に等しいというのが、現状であろう。

実際、ネットワーク・コンピューターの大量導入を予定していた大手クーリエ会社のFederal Expressを含め、何社もがネットワーク・コンピューターの導入をとりやめ、パソコンやWindows端末(後述)を導入することに計画を変更している。4月の日本経済新聞には、“日本語対応ネットワーク・コンピューター”、“ウィンドウズ対抗始動”、“パソコン置き換え狙う”などのタイトルが見られたが、実際にはもうそのような可能性はかなり薄くなったといえる。

ネットワーク・コンピューターが広まらなかったことには、私が2年前に述べたような理由もあるが、それ以外にも、いくつもの新しいことがここ2年で起こり、それに加えてネットワーク・コンピューター・ハードウェアを提供する中心となるはずだったSun MicrosystemsによるJavaStationの出荷の大幅遅れが原因としてあげられる。

そもそもネットワーク・コンピューターがユーザーにとって魅力的に見えたのは、ネットワーク・コンピューター陣営が主張するパソコン保有の総費用(Total cost of ownership)の高さと、それに対するネットワーク・コンピューターの総費用の低さである。これには製品の価格だけでなく、ソフトウェアの更新など、システムの管理、保守にかかわる費用も含まれる。これは確かにユーザーが頭を痛めていたことであるので、いくつかの大手企業もネットワーク・コンピューターの可能性に期待をかけた。

しかし、その後の状況を見ると、パソコン保有の総費用を下げるには、ネットワーク・コンピューターの導入以外にも色々な手段があることが判明した。これはネットワーク・コンピューターに対する危機感から、パソコン陣営が対抗措置として出してきたものも多いので、そういう意味では、ネットワーク・コンピューターのパソコン市場に対して果たした役割は大きいと言えるが。そのひとつはパソコンの機能を限定し、これによってパソコンの保守費用を軽減しようとしているマイクロソフト、インテル陣営からの直接的な対抗製品であるNetPCがある。ただし、これは機能、特に拡張性に制限が大きく、多少は売れているものの、これも大きなヒットとはなっていない。

むしろ最も大きな要因はパソコン価格のここ2年間の大幅下落である。たとえば、ここ1年だけでも、購入されるパソコンの価格は40%も下落し、$1,100強になったと言われている。これは、技術の進歩による価格性能比の飛躍的な向上によるものであり、ユーザーはこのような価格の低下で、1年前と同様またはそれ以上の機能のパソコンを40%安い価格で購入できるようになっている。これに対し、発表当初ネットワーク・コンピューターが目指していたのは$500であったが、Sun Microsystems の JavaStation は、定価が$699(モニターなし)である。したがって、数ギガバイトの磁気ディスクを備えたフル装備のパソコンと、ネットワーク・コンピューターの価格差が大幅に縮まっている。

導入後の管理、保守についても、インテルからのシステム管理ソフトウェアをはじめ、別な形で経費節減が実現されてきている。また、本当に簡単な機能だけで、安い端末的な使い方をしたいユーザー向けには、Citrix社が開発したソフトウェアを利用して、サーバー上にあるWindowsソフトウェアがそのまま利用できるWindows端末も登場している。マイクロソフトもこれに目を付け、Citrix社の技術をライセンスして同様のWindows端末用ソフトウェアを今月出荷予定である。Zona Research社によると、1997年のWindows端末出荷台数は348,000に達していると予想されており、すでにネットワーク・コンピューターの出荷台数を大きく越えている。

では、ネットワーク・コンピューターは消滅してしまうのか。いわゆる狭い意味でのパソコンを置き換えるような使われ方のネットワーク・コンピューターの広まりは、今後とも何か大きな出来事でもない限り、ほとんどその可能性はなくなったと言ってもいいといえる。動きの激しいこの世界であるから、何か大きな出来事が起こらないとも限らないが、今のところその種としては、マイクロソフトと連邦政府との裁判の行方くらいであろうか。

ネットワーク・コンピューターをもう少し広くとらえて、IBMが目指し、成功しているダム端末リプレース市場では、今後とも有効な製品であるといえる。これはすでに2年前から私が述べていた、特定アプリケーション向けのニッチ市場のことであり、それが実際に起こっているというわけである。

では、(狭義の)ネットワーク・コンピューターは今後とも望み薄だとすると、これと一蓮托生のような感のあるJavaもだめであろうか。これには大きな違いがる。Javaにはプログラミング言語という面と、オペレーティング・システムという面の2つがあるが、まず、プログラミング言語としてのJavaを考えると、これには大きな期待が持てる。インターネット上で簡単にダウンロードして利用できるJava Appletには大きな魅力があり、また、今後C++に代わる言語(特にC++ほどの複雑さを必要としないもの)として色々なアプリケーションでの利用が予想される。ここ数年、大学でコンピューターを勉強してきたエンジニアは皆Javaでプログラミングできるし、IBMを含め、多くの企業でもどんどんJavaプログラマーが育ってきているので、次第にJavaが広がっていくことは間違いないであろう。問題としては、どのメーカーにも共通なJavaとなるか、各メーカーにより機能の異なるJavaとなるかである。

もう一つのオペレーティング・システムとしてのJavaにも期待がもてる。特に情報家電など、今までのコンピューターという範疇ではなく、独自なシステム開発がされていた組込システム的なものに有望であろう。実際、この3月には、ソニーが情報家電にJavaの採用意向を発表している。ただし、ここにもマイクロソフトの影があり、マイクロソフトは同じ市場向けにWindowsCEを投入している。Javaのこの世界での成功の可否は、WindowsCEとの勝負に勝てるかどうかである。

  黒田 豊

(1998年6月)

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