まだら模様のベンチャー投資

 

ベンチャー投資が米国で、そして世界的に2021年をピークに、大きく下落している。2023年は、2021年に比べ半分以下と大きく後退した。2024年第1四半期も、$66 bil.と前年同期から20%ダウンし、2018年以来2番目に悪い数字となっている。直前の2023年第4四半期に比べれば6%アップと、若干よくなっているが、それは2023年第4四半期が2018年以来、最も悪い数字だったからで、それより少しましというレベルで、これだけを見て、ベンチャー投資が回復基調と見るのは難しい。

 

ただ、この比較はあくまでも2021年という、コロナ禍で起こった金余り、そしてIT系企業のバブル的な発展により起こったピークに対するものなので、その前の状況と比べることも必要だ。それで見ると、2023年のベンチャー投資額は2019年とほぼ同じで、コロナ禍前の状態に戻った、というほうが正しい。したがって、この先、今年のベンチャー投資のレベルが落ち着けば、それほど悪い状況というわけではない。

 

ベンチャー投資金額が2019年レベルに戻ったと言っても、投資先企業を見ると、ここ数年で大きな変化がみられる。コロナ禍前、そしてコロナ禍中も、大きな話題となっていたのは、ブロックチェーン技術を使ったアプリケーションや、暗号資産に関連するもの、そしてメタバースと言われるものだった。いまはどうか。どちらの分野も、主役の座から遠ざかってしまった。暗号資産については、2022年11月のFTX破綻が大きく報じられるなど、マイナス面がたくさん出てきた。ブロックチェーン技術を使った各種アプリケーションも、導入の大変さや、それに比べたメリットがそれほど大きいと感じられなかったのか、その広がりは一部にとどまっている。暗号資産については、最近またBitcoinの市場価格が高騰するなど、主に投機的な人気ではあるが回復基調にあり、今後の動きに注意する必要はある。

 

メタバースについては、米国では、もうその言葉をほとんど聞かない状況だ。2021年12月のこのコラムにも書いたが、メタバースは、そのさらに10年以上前に騒がれたSecond Lifeを中心とした、当時Virtual Worldといわれたものの、焼き直し版のようなものだが、前回同様、今回も本格的な広がりがないまま、終息してしまった。メタバースに関連したVR(仮想現実)やAR(拡張現実)にかかわる製品・サービスを提供する会社は、メタバースという言葉を使うと、むしろネガティブな印象となるためspatial computing、three-dimensional user interface.、immersive digital environmentsなどと言っている。メタバースそのものは、火が消えた状況だが、VRやARなどの技術は、いろいろなところで今後とも使われると思われ、これらを混同して考えないように注意する必要はある。

 

では、これらに代わって主役にのし上がっている分野は何か。言わずもがなのAIだ。2023年には、AI分野に$50 bil.近くが投資されている。ちなみに、メタバース関連は$1.96 bil.で、AI関連はその25倍ほどになっている。特に2022年11月にOpenAI社がChatGPTを公開してから、一気に世界に注目され、ベンチャー投資でも、AI関連企業への投資額は、大幅に増加している。OpenAIはMicrosoftから$10 bil.という巨額の投資を受けたし、その競合と言われるAnthropicもGoogleやAmazonから多額の投資を受けている。今年に入ってからは、AIを活用した人型ロボット開発のFigureが、創業2年弱で$675 mil.という大きな額の出資を受け、評価額が$2 bil.を越え、大きな話題となっている。このため、スタートアップ企業が、ベンチャーキャピタル(VC)から出資を受けようとするとき、まず「わが社はAI企業です」と言う場合が多い。

 

このように投資先として注目されるAI関連企業だが、最近は少し状況が変わってきている。VC各社も、「わが社はAI企業です」と言われることに、辟易してきている。それだけでなく、OpenAIやAnthropicのような、生成AIをLLM(Large Language Model)から構築するところは、そのAIエンジンのトレーニングのため、多額の資金を必要とするが、それ以外のAIを活用して、ある特定分野へのソリューションを提供するような企業は、そこまで膨大な資金を必要としない。また、競合ひしめく分野なので、本当に利益を出して継続できる企業は、限られた数になる可能性があり、VCとしても個々のスタートアップ企業を選別するようになってきている。さらに、AI企業は評価額が高くなりがちで、投資回収率が低い可能性があるとも、考えられ始めている。とはいえ、生成AI分野については、まだよちよち歩きの2-3才児レベルの状況、というのが大方の見方で、まだこれから何が起こるかわからないということで、この分野への投資は、引き続き高いレベルが続きそうだ。

 

AIそのものでのビジネスではなく、AIを使うために必要となるインフラストラクチャ―としての半導体チップや、それを使ったデータセンターを提供するところも、今後大きく伸びる可能性を秘めている。これは、AIチップで大きな強みを発揮しているNvidiaの株価にも表れているし、クラウド・サービスを提供するMicrosoft、Amazon、Googleによる新規データセンター建設計画にも表れている。以前書いたこともあると思うが、1849年ころのカリフォルニアでのゴールドラッシュのとき、金を採掘しようとした人よりも、それをサポートするためにジーンズを販売したLevi’sが大きな売上と利益を得た、という構図と同じだ。この分野は、スタートアップ企業が活躍するのは、難しいところではあるが、それでも創業6年目で、データセンターで使われる機器を開発しているAstera Labsのように、今年3月に新規株式上場(IPO: Initial Public Offering)し、上場直後に株価が72%上昇、さらに4月末現在、2倍以上になっているところも出てきている。

 

AI以外では、ヘルスケアやバイオ分野に、活発な投資が行われている。また、情報セキュリティ分野については、ハッカーとのイタチごっこが続いていることもあり、引き続き安定した投資レベルが維持されている。

 

さて、ベンチャー投資を受けたスタートアップ企業は、ExitとしてIPOか、どこかに買収される、という道をたどるが、そのIPO市場の最近の状況は、どのようなものか。残念ながら、こちらもかなり低迷しているのが現状で、IPO数は米国で2023年に154と、2021年の1035という数字に比べ、これも大きく低下している。2021年は例外的なピークだが、2019年までの5年間の平均が263であることを考えると、やはりかなり低い数字だ。

 

その原因の一つには、コロナ禍中に肥大化したベンチャー投資、そしてそれに伴い起こった、非上場スタートアップ企業の高すぎる評価額の、後遺症が残っていることがある。いまIPOしようとすると、多くのスタートアップ企業は、最後に投資されたときの評価額より、低い評価額でのIPOを行わないと、投資家がついて来ず、上場しようとするスタートアップ企業にとっては、難しい判断となる。また、比較的最近、高い評価額の時点で出資したVCなども、投資した時の評価額より低い金額でIPOされたのでは、せっかく株式上場しても利益が得られず、逆に損失となってしまい、IPOしてほしくない、と考えてしまう可能性がある。また、AI、なかでも生成AIは、これからのもので、新しい会社も多く、IPOに進むのは、早くても2025年だろうとの予測が多く、これら企業のIPOへの貢献は、しばらく見られないだろう。

 

今年のベンチャー投資、そしてIPO状況は、2021年のピークからは大幅に下がり、コロナ禍前の2019年レベルに戻った状況だが、投資先分野には大きな変化がある。資金を求めるスタートアップ企業、そこに投資するVCや、企業によるCVC(Corporate Venture Capital)の人達は、この流れを見ながら、どのように対応する必要があるか、考えることが大事な1年になる。

 

黒田 豊

2024年5月

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