ネットワーク・コンピュータ

ちょうど一年前にネットワーク・コンピュータのことについて書いたので、そろそろもう一度、この一年を振り返ってみてみたい。一年前には実はネットワーク・コンピュータという言葉ではなく、500ドルインターネットパソコンという書き方をした。その当時も確かネットワーク・コンピュータという言い方もされていたと思うが、それほど定着しておらず、このような書き方になったと記憶している。

インターネットの世界で1年前などというのは、既に遠い昔のことであるが、その時の私の結論は、この500ドルインターネットパソコンはあまり売れないであろうというものであった。ただし、とりあえずここ1-2年は、という条件付きであったが。

さて、1年後の現状を見てみると、幸い私の予想は当たり、名前こそネットワーク・コンピュータとして統合され、言葉としてはその地位を確保したものの、売れ行きは今ひとつである。ネットワーク・コンピュータを前面に出して売り物にしているサン・マイクロシステムズやオラクルは、相変わらずネットワーク・コンピュータがパソコンにとってかわると声高に叫んでいるが、市場の反応は今ひとつである。

だが、ネットワーク・コンピュータの火が消えてしまったかというと、必ずしもそういうわけではない。特に、ネットワーク・コンピュータ派の人達のいう、“パソコンはそれ自体のコストはどんどん下がっているが、管理、保守のためのコストが非常に高い”といううたい文句がユーザーにも共感を呼んでいる。マイクロソフトとインテル(Wintel)側もこれを放置するわけにいかず、これに対抗するためにWintelをベースにし、管理、保守コストを大幅に下げたNetPCという独自の(広い意味での)ネットワーク・コンピュータを発表するにいたった。

ただし、これは広い意味ではネットワーク・コンピュータかもしれないが、実態はサン・マイクロシステムズやオラクルが提唱しているものとはかけはなれたものである。マイクロソフトとインテルが推すNetPCと呼ばれるこの新しい製品は、言ってみれば、管理、保守コストを下げた低価格パソコンという程度のものといってもいいであろう。したがって、JavaのAppletを利用し、新しいコンピュータの使い方をしようという発想とは全く異なっている。

このように、マイクロソフトとインテルが出して来たNetPCは技術的に見ればあまり面白いものとは言えない。しかし、世の中、技術が面白ければ製品が売れるというものではない。逆に、企業から見ると、極端な話、どんな技術を使っていようと関係ないわけである。いかに仕事が効率よくできるか、そしてそのために支払わなければならない対価はいくらかが問題なわけである。過去の資産をどれだけ利用できるか、将来もその技術のままで発展性はあるか、等も考慮に含まれる。

このように考えると、NetPCは、現状のパソコンと使い方がほとんど同じで、しかも今までそろえてきたWintelベースで動くソフトウェアもすべて動くわけである。そして、管理、保守コストが現在のパソコンよりかなり低く抑えられるということであれば、ユーザーにとってはかなり魅力的なものとなる。

これに引き替え、サン・マイクロシステムズやオラクルが推す新しいタイプのネットワーク・コンピュータを導入する場合は、今までのソフトウェアがそのままでは使えない。新しいソフトウェアを用意しなければならないことになる。したがって、当面を考えれば、ユーザーにとってNetPCのほうが移行しやすく、有利ということになる。そういう意味ではマイクロソフトとインテルが押すNetPCのほうに、ここ1-2年は軍配をあげたい。

ただし、サン・マイクロシステムズやオラクルが押すネットワーク・コンピュータにもニッチ市場は十分考えられる。これは昨年も書いたことであるが、何か特定アプリケーションに特化した使い方なら、もうそのソフトウェアも組み込んで使えるため、このネットワーク・コンピュータにも十分勝機がある。典型的なのが、IBMがすすめているメインフレーム・コンピュータ用のダム端末のリプレース用への利用である。これはメインフレーム・コンピュータの端末機能という特化したアプリケーションへの利用で、価格がもし安ければこれで十分なわけである。そもそもパソコンを置き換えようとすると、パソコンで出来てネットワーク・コンピュータでは出来ない(または遅すぎて使い物にならない等)ものが出てくる可能性が十分あるが、もともとメインフレーム・コンピュータの端末としての役割しかなかったものをリプレースするのであるから、そのような問題も発生しない。これは、ネットワーク・コンピュータの第一世代の使い方としては理想的なのではないだろうか。

いま目立ったネットワーク・コンピュータの使われ方としては、このことくらいしか思いつかないが、今後少しずつ、このような特定アプリケーション向けのネットワーク・コンピュータの使われ方がなされていくと思われる。

何年も前に、アップルがニュートンというポケットサイズ・コンピュータを出したとき、これを特定アプリケーション向けではなく、一般アプリケーション向けの水平市場に狙いをつけて販売を開始した。同じようなポケットサイズ・コンピュータがいくつも発売され、やはり水平市場を狙ったが、結局不発に終わった。失敗の原因は色々あるが、このような新しいものを水平市場に持ち出すのには時期尚早だったのである。ところが、このようなポケットサイズ・コンピュータも、特定アプリケーション向けに販売をし始めたとたん、それなりの成功を収めはじめたのである。このようなポケットサイズ・コンピュータが水平市場に本格的に広まる日もいずれ来るとは思うが、まだまだかなり先だろう。

同じことが、ネットワーク・コンピュータにも言えるのではないか。パソコンのリプレースという水平市場への広がりは、仮にそれがいずれ起こるとしても、かなり長い時間を要するだろう。むしろ当分の間は特定アプリケーション向けのネットワーク・コンピュータの利用が狙い目ではないだろうか。

先日、マイクロソフトのビル・ゲーツ会長のスピーチを聞く機会があったが、そのなかで、彼はNC(ネットワーク・コンピュータ)は成功しない。何故ならNCはNot Compatible(互換性がない)だからだと言っていた。何ともいじわるな言い方ではあるが、近い将来を考えると、この発言は正しいといわざるを得ない。しかし、彼はまた、世の中というものは何か新しいものが出ると、2年先の変化については大げさに騒ぎすぎ、現実はそこまでなかなか追いつかないが、同じその新しいことによる10年先の変化には控えめに考え過ぎるとも言っていた。これも私は正しいと思う。ネットワーク・コンピュータがここ1-2年で大きく世の中をかえるというのは騒ぎ過ぎだが、10年後には大きな変化を世の中にもたらしている可能性は十分ある。

  黒田 豊

(1997年6月)

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