危機管理

先日ようやく解決したペルーの日本大使公邸人質事件では、またしても日本の危機管理に対する準備不足が大きな話題となっていた。ここ数年で日本の危機管理体制の不備が指摘されたのは、主なものだけでも、これ以外に阪神大震災、ロシアタンカーの重油流出事故等があげられる。

ペルー事件では、ペルー政府のテロに対する危機管理体制のおかげで、数名の犠牲者は出したものの、人質のほとんどが無事解放されたのは、何よりであった。たまたま私はこの事件が解決したときに日本におり、その時の報道や、その後の座談会的なものをテレビで見る機会があった。

その中のある番組で、ある人が、今回の強行解決はやり過ぎで、日本は危機管理などを明確に持たず、あいまいにしているままのほうがよいと、盛んに強調していたのに私は驚いた。そして、この人はとんでもない間違った発言をしていると思った。強行突入という方法に反対する人がいる事は、理解できないわけではないが、明確な危機管理が日本には必要ないというのは、明らかに間違った意見であると思う。

この発言をした人は、もしかしたら、“強行解決を前提とした危機管理”は持つべきでないと言いたかったのかもしれないが、もしそうだとしても、公共の電波を使った発言としては、誤解を招く不用意な発言だといわざるを得ない。その後の番組の流れを見なかったので、その人がこの事に気がついて発言を訂正したかどうかは知らないが。

国として、あらゆる危機に対応すべく明確な危機管理体制を整えておくことは、必須のことがらである。2年前の阪神大震災のときも、近くにいた自衛隊が上部からの命令がなかったため救援に行くのが大幅に遅れたとか、村山首相(当時)が状況を十分把握するのに相当の時間がかかったという話を聞き、明確な危機管理体制さえ準備できていれば、5,000人以上もの犠牲者を出さずにすんだのではないかと今でも思っているし、そのように考えている人も多いのではないかと思う。

阪神大震災以来、日本にも本格的な危機管理体制が必要であるという議論が起こり、その構築に向けて、色々と活躍されている方々もおられるが、是非“のどもと過ぎれば熱さを忘れる”になってしまわないよう願いたいものである。

米国における危機管理体制は、国家レベルからはじまり、州、郡、そして市レベルまで整備されている。これは冷戦時代に軍事的な要請からはじまったという面もあるかもしれないが、現在は軍事的というよりも、大地震、山火事、洪水、ハリケーンなどの自然災害に対する危機対応が主な活動となっているようである。

例えば、国家レベルでは、FEMA(Federal Emergency Management Agency)という、危機管理のための組織があり、直接大統領に報告している。この組織は小さなものではなく、約2,600人もの正職員を要しており、さらに非常勤の4,000人近い災害協力スタンバイ・スタッフがいる。 また、危機管理に対しての分厚い手順書(Federal Response Plan)が準備されており、各政府機関の役割や協力体制について明確に記述されている。そして、FEMAの本部には、緊急時に関連部門からのスタッフを集めて指令塔の役割をはたす緊急オペレーション・センターがある。

このような危機管理体制は、単に国家レベルだけではなく、州レベル、郡レベル、そして市レベルでも、その規模は色々だが存在し、緊急オペレーション・センターのようなものも準備されている。これは、FEMAがいくら緊急対策の準備を整えていたとしても、実際に災害のあった直後の数時間は、市、郡、州レベルで対応することになるからである。

このような危機管理に対する組織や手順ばかりでなく、それに対応するための先端技術を利用したコンピュータやネットワーク・システムも色々と構築され、また、さらに将来のためにそのようなシステムの開発が進められている。 例えば、FEMAでは、専用のネットワークを持っていることは勿論だが、それ以外にも緊急時に被災地と通常の手段で通信ができなくなった場合にそなえ、移動式の大がかりな通信設備を全米各地に配備している。そして、地震のような予知できないものはともかく、ハリケーンのように来ることが事前にわかっている場合には、このような移動式通信設備を災害予想地域に事前配備したりして対応している。

危機管理のために使用する先端技術については、軍事技術からの応用もかなり多い。たとえば、C4I(Command Control Communication Computers and Intelligence)システムという指揮系統にかかわるものや、シミュレーションやモデリング技術などがその例である。SRI インターナショナルでも、このような研究が盛んである。具体的なシミュレーションの例としては、石油流出事故を想定したシミュレーション・システムがある。これは、たとえばサンフランシスコ湾における石油流出事故を想定し、時間帯による潮の流れを考慮して、どのように石油が広まっていくかをシミュレーションするものである。

そして、これに対してどんな位置にどのような防御策を講じれば、その石油の流れに歯止めをかけられるか等を、石油流出が起こらない状況、および不幸にしてそのような事故が起こってしまった場合を想定してシミュレーションするものである。 米国でもこのようなシステムの開発は、何年か前のアラスカ沖タンカー石油流出事故以降にその必要性が叫ばれ、システムの開発となったわけであるが、日本でもロシアタンカーの重油流出事故を踏まえ、同様な対策が必要なのではないだろうか。

また、別なシステムの例としては、地震などの広い範囲にわたる災害にあたって、その現場の見回り、人命救出などにあたるスタッフが使用する携帯端末の開発もあげられる。この携帯端末は、パソコン機能をもっているが、手で持つ必要がなく、身体にとりつけることができ、画面も頭のヘルメットのようなものを使って見れ、両手が自由に使えるようにしたものである。 パソコンへの入力も、マイクと音声認識システムにより、手を使わずに出来る。当然無線通信機能もあり、また、カーナビゲーションなどで使っているGPS(Global Positioning System)機能を利用して、自分の所在地を確認することができる。当然災害対策本部でも誰がどこにいるかもわかるわけである。

このように危機管理のための組織、指揮系統、そしてそれを支えるコンピュータやネットワーク・システムの開発が、日本でも待ったなしのところに来ているのではないか。ペルーの日本大使公邸人質事件の解決に強行策をとったことに反対していたテレビのコメンテーターも、このような危機管理システムの開発導入に反対することはないだろう。

  黒田 豊

(1997年5月)

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