活発なヘルスケアへのIT利用

ヘルスケアへのIT利用は、もちろん今に始まった話ではない。しかし、ここ数年で、それが大幅に伸びてきていることも事実だ。発端はおそらく2009年に就任したオバマ大統領が、米国のヘルスケア改革を大きなテーマにかかげたことだろう。国を二分する議論の末、米国民の皆保険をめざす法案を通し、こちらのほうは、まだ憲法違反ではないかとの裁判が起こっているものがあるなど、まだ道半ばだが、もう一つの柱である、ヘルスケアのIT利用による効率向上については、どんどん前進している。

2009年のAmerican Recovery and Reinvestment Act (ARRA)の資金から出てきた$40 bil. (約4兆円)が、Health Information Technology for Economic and Clinical Health (HITECH)として提供されている。そのお金の使い方はいろいろだが、中心的なものは、患者情報の電子化されたEHR(Electronic Health Record)の整備だ。これによって、患者が医療機関を移動した場合、これまでのようにいろいろな診断のためのテストなどを繰り返さないで済むようにしようというものだ。この資金を得て、すでに90%の医療機関がEHRを導入している。ただ、全米統一のフォーマットがあるわけではないため、異なるEHR間のデータ互換性の問題が生じ、それを解決するためのHIE(Health Information Exchange)なども構築されている。

政府からの資金だけでなく、民間でも多くの資金がヘルスケア・ビジネスに投入されている。わかりやすいものとして、ヘルスケア、特にコンシューマー向けモバイルヘルス(mHealth)分野で、ベンチャー企業への投資が急増しているのが上げられる。2010年から毎年倍々ゲームを続けており、今年は$2 bil.(約2000億円)を越えると予想されている。また、大手医療機関のKaiser Permanenteでは、新たなIT技術センターを350名のスタッフでオープンし、2年後にはその倍の700人体制にしようと考えている。

ヘルスケアのIT利用で進んでいる分野はいろいろあるが、EHRによる医療情報電子化に加え、以下のようなものが特に注目される。

━ リモート・ヘルスケア
━ ウェアラブル・センサー/デバイスのヘルスケア利用
━ ビッグデータ分析のヘルスケア利用

リモート・ヘルスケアとは、その名のとおり、遠隔からのヘルスケアだ。この分野は、その内容によって、大きく以下の3つに分類される。

━ 遠隔医療(医療行為)
━ 慢性病対応、高齢者対応
(医療行為と健康ヘルスケアの中間)
━ 健康ヘルスケア(非医療行為)

いづれの分野も、発展が目覚しいが、特に2番目と3番目のコンシューマー向けのものがホットだ。そのため、ベンチャー投資も急増している。これらの市場には多くのプレーヤーが参入している。ヘルスケア機器メーカーや健康・医療情報の提供や分析、ヘルスケア関連SNS(Social Network Service)の提供企業、また、運動用品メーカー、服装メーカー、家具メーカー、民間健康保険会社、フィットネスクラブ、社員の健康を図り、保険費用を削減したい大手企業など、多彩だ。もちろん、データ収集のためのセンサー・メーカーや、データ分析のためのIT企業も重要なプレーヤーだ。

これらコンシューマー向けヘルスケア機器やサービスに共通するユーザーニーズとしては、使いやすさ、低コスト、セキュリティとプライバシーなどが上げられる。利用者は一般のコンシューマー、患者、高齢者、医療関係者などで、ITに必ずしも強い人ばかりではないので、使いやすさは、ビジネス成功の大きな鍵のひとつだ。また、特にコンシューマーが自分で購入するものについては、低価格が重要となる。うまく保険会社や勤務先企業が費用を出してくれるものであれば、多少問題は緩和される。また、ヘルスケアは、常にセキュリティとプライバシーが重要な分野なので、それに不安があると、なかなか市場で広がらないことになる。

センサーのデータ収集の正確さ、センターでの分析の内容や正確さもユーザーに受け入れられるかどうかの鍵となる。たとえば、データの分析でも、ユーザー一人ひとりの単体データ分析だけでなく、多くのユーザーのデータに対して自分がどうか、というような分析も重要となる。そして、リモート・ヘルスケアなので、もちろんどのような形でネットワークとつなげられるかも、重要な問題だ。

リモート・ヘルスケアを実現する上で重要になってくるのが、ウェアラブル(身につける)センサー/デバイスだ。すでに健康志向者向けのものは世の中に多くでてきており、万歩計なども、単なる単体での利用ではなく、ネットワークにつなげてデータ分析されるようになっているものが多い。健康ヘルスケア分野での活用も、これからどんどん広がっていくだろうが、さらに慢性病予防や遠隔医療にかかわるような分野でも、ウェアラブル・センサー/デバイスの広がりが期待されている。

身体に違和感なく付けられるパッチのようなセンサーからのデータを、無線でつなげるBody Sensor Network (BSN) を利用したものも、これからどんどん出てくる模様だ。これにより、その人の体温、血圧、脈拍数、心電図などが、遠隔地からモニターすることが可能になる。これらを使えば、遠隔地からでも患者およびその予備軍の人たちを24時間モニターでき、何か問題が起こったときに、即座に対応し、命を救ったり、医療の効率化が図れることが期待される。

そして、以前のコラム(2011年12月「IBMのワトソン、ヘルスケアで実用化へ」)でも書いたIBMのワトソンのようなビッグデータ分析を行うコンピューターを使えば、膨大な医療情報、さらに最新の医療情報をもとに、患者に接する医者に対して、的確な診断分析支援が可能となる。すでに具体的なヘルスケアでの利用としては、がんに対する最適治療法の助言、また、保険会社が、医療機関からの保険適用申請に対して、その治療方法の妥当性評価の支援に使われ始めている。ワトソンはまだまだ高価な大型コンピューターだが、すでにクラウド・サービスとしても使われはじめており、近い将来、コンシューマーが直接ワトソンにいろいろ聞くことも、実現するかもしれない。

ワトソンのよさは、人間の記憶をはるかに超えた情報量をもとに、それを高速分析するだけでなく、常に新しい知識情報をラーニングし、利用できることがある。また、助言方法も、一方的に「とるべき治療方法はこれ」、あるいは、このやり方は正しいかどうかを YES/NOで答えるのではなく、何%の確信をもって、答えはこれ、という言い方で、複数の答えを出すことにある。これによって、医者は自分に見落としがあればそれに気づき、また、最終的には、医者自身の判断によって、診断、治療することを容易にしていることだ。

すでに遺伝子解析も以前にくらべて大幅に安く、一人$1,000程度で、しかも時間をかけずにできるようになってきており、治療方法、あるいは、投薬についても、個人個人の遺伝子情報等をもとに、最適なものを使う、パーソナル・ヘルスケアに進んでいくことは間違いなく、それがいつ可能になるか、時間の問題となってきている。最近のIT技術であるウェアラブル・センサー/デバイスにしても、ワトソンにしても、ヘルスケアは最も重要なアプリケーション分野だ。今後、ヘルスケアへのIT活用から、目が離せない。

  黒田 豊

(2013年9月)

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