スマートフォンの次を狙うAI Pin

AppleのiPhoneが登場したのは2007年、それから16年が過ぎ、毎年発表されるスマートフォンの新製品は、目新しさがなくなってきている。そこで、メーカー各社はスマートフォンの次を狙うべく、いろいろな製品を世の中に出してきた。主にウェアラブルなものが主流だ。Appleで言えば、スマートウォッチのApple Watch、そして、今年発表され、来年3月に出荷されるVR/AR向けのApple Vision Proがある。Googleは2013年にスマートグラスのGoogle Glassを出し、2年後に中止。その後、企業向けのものを出したが、これも今年春に中止している。他にも、MetaとRay-Banが提携してスマートグラスを出すなど、各社が多くの製品を出しているが、どれもスマートフォンほど、本格的に大きな市場を作るまでには至っていない。

そして、この11月9日、AI Pinと呼ばれる製品が、スタートアップ企業Humaneから発表され、一部の人に対して、デモも行われた。どんな製品かというと、洋服の胸などに付けることができる、数センチ四方くらいの大きさの、ブローチのようなデバイスで、主に以下のような機能を持っている:


•    バーチャル・アシスタント(Apple Siri、Google Assistant、Amazon Alexa的なもの)
•    音声入力、タッチパッドによるコントロール
•    音声出力、レーザー・プロジェクターで画像を手のひらに投影
•    手のひらを動かすことによる、投影された画像のコントロール
•    テキスト・メッセージの送信
•    音楽を聴く
•    電話
•    スナップ写真、ビデオの撮影
•    カメラに見えるものの栄養価などの分析
•    リアルタイムの言語翻訳
•    ChatGPT的なAIによる質問への応答
•    ChatGPT的なAIとの継続した対話

この会社のウェブサイト(https://hu.ma.ne/aipin)にある製品紹介のビデオを見ると、多くのことが、このAI Pinと手だけで出来ることがわかる。大きな特徴は、AI、特に生成AIの機能を前面に出していることだ。価格もすでに発表されており、ベーシックモデルが$699で、これに携帯電話網との接続等に毎月$24必要となる。会社の計画では2024年の早い時期に出荷開始予定で(詳細は不明)、すでにオーダーを受け付けている。初年度は10万台の販売を予定している(Apple iPodは2001年販売開始時に381,000台販売)。開発には長い年月がかかったが、特にレーザー光を発する部分を、いかに小さくするかに丸3年かかったという。

Humaneという会社、どんな会社かというと、2019年に元AppleのExecutiveだったImran ChaudhriとBethany Bongiorno夫妻が始めた会社で、すでに$240 mil.(約360億円)の出資を受け、その評価額は$850 mil.(約1275億円)、25のパテントを保有している。そして、OpenAI、Microsoft、Salesforceとも、パートナーシップを結んでいる。出資者の中には、OpenAI CEOのSam Altmanも含まれている。Altmanは、この会社以外に、もう一社AIデバイスの会社Rewind AIに出資しており、さらに元AppleのチーフデザイナーJony Iveと、別な新しいAIデバイスの開発を検討中と言われる。Altmanといえば、11月17日に突然OpenAIのCEOを解任され、その後、投資家や社員の強い要望で、OpenAIのCEOに戻ったという大きな出来事があったばかりだが、その原因に、Altmanがこのような新たなAIデバイス開発の検討をしており、それを取締役会に適切に伝えていなかったことがあると言われている。

さて、Humane社のミッションは、スマートフォンへの依存症の脱却だとしている。そしてAIをフルに活用した、初めてのAIデバイスと述べている。そのため、既存のスマートフォンの有用な機能の多くを持ちつつ、スマートフォンに依存しないデバイスの開発を試みたという。そして、将来的には、このデバイスが中核となり、多くのサードパーティ会社がいろいろな機能を加え、AIにおけるAppleStoreのようなものを目指しているとのことだ。

このようにAI Pinは野心的な製品だが、はたしてどれほど市場で受け入れられるだろうか。この点については、ほとんどの人がその実物を見ていないので、懐疑的な見方がいまのところ多い。個人的に見ても、確かに言われていることが、このデバイスで実現できるのであれば面白いと思うが、実際使ってみて、その使い勝手具合を見ないと、使えそうなものかどうかは、判断できそうにない。

発表されている機能すべてが、最初から実現できなくても、使い勝手がいいものが出てくれば、その使える機能については、わざわざスマートフォンを取り出して使わなくて済むということで、便利なものになる可能性はある。いずれにしても、いまのスマートフォンは、2007年に登場して以来、多くの進化を遂げ、もはやスマートフォンなしで生活することは難しくなってきている状況なので、スマートフォンの完全な代わりになる、ということは、当面あり得ないだろう。実際、このデバイスを使ってみた人も、スマートフォンなしで済むとは言っておらず、スマートフォンの使い方が変わった、という言い方をしている。このデバイスの出荷が、2024年のいつになるかまだわからないが、実際に市場に出てきたときには、どんなものか、注目するに値するものであることは、間違いなさそうだ。

 

黒田 豊

2023年12月

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