これからのイノベーションが楽しみな日本

新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

このシリコンバレー通信を書き始めたのが1995年9月。22回目の新年を迎えたことになる。ここ数年、イノベーションという言葉が、日本でも世界でもよく使われる。そんな中、日本ではなかなかイノベーションが起こらない、ということが大きな問題として、言われてきた。

そのため、シリコンバレーに長年住み、日本企業の多くの方々とお仕事させていただいている立場から見た日本の問題点と、シリコンバレーにおけるイノベーションについて、2014年12月に「シリコンバレーのコンサルタントから学ぶ、成功するイノベーション」(幻冬舎)、2016年1月に「なぜ日本企業のビジネスは、もったいないのか」(日本経済新聞出版社)を書かせていただいた。

その中で、日本の問題点として書いたのは、日本人にクリエイティビティがないなどということではなく、日本人の意識の問題、そしてその意識を作っている制度や組織の問題だ。多くの問題点は、日本の既存企業に存在するもので、ベンチャー企業を創業し、ゼロから制度や組織を構築すれば、解決できる問題も少なくないが、今度はベンチャー企業を取り巻く日本社会の問題が壁となっていた。

日本企業によるイノベーションを阻むものは、大きく以下の3つだ。
 (1) 技術イノベーションには力を入れるものの、ビジネス・イノベーションへの注力が少なすぎる点
 (2) ビジネス・イノベーションを日本で起こしても、グローバル展開が遅い、また、イノベーションを起こすために、グローバルな力を十分に結集していない点
 (3) 日本人のリスク回避などの意識の問題、そしてそれを作り上げてしまっている企業や社会の制度や組織の問題、また、ベンチャーについては、ベンチャーを取り巻く日本の環境問題

それぞれの問題についての詳細は、拙著をご覧いただければと思うが、これらの問題が、少しずつながら解決の方向に向かっているように見えるのは、うれしい限りだ。最近は技術以外の分野でも、新たなビジネスの試みが多く見受けられる。先日NHKのテレビ番組に、「未利用魚」の販売開拓に尽力している人の話が出ていたが、このような、これまでのシステムから見落とされていたようなビジネス・チャンスを見出す動きは、とても大切だ。未利用魚とは、漁獲されたもので、しかも食べるとおいしいにもかかわらず、漁獲量が不安定などの理由から、スーパーなどへの販売ルートが構築できず、廃棄されてしまっている魚のことで、その量は、なんと漁獲量の2-4割にもなるという。ここに目を付け、料理店などに直接販売ルートを構築しようという試みだ。

イノベーションというと、技術革新ととらえ、それに注力する企業も少なくないが、このようなユーザーにとって価値のある新たな試みは、れっきとしたイノベーションだ。このしくみのユーザーは、魚を獲る漁師であり、お客に料理を出す料理店であり、そしてそれを美味しく食すお客だ。そして、これらすべてのユーザーにメリットのあるイノベーションだ。

この会社を創業した人は、最近いろいろなところで行われているビジネス・コンテストの一つで優勝し、それをそのままビジネスにしたものという。ビジネス・コンテストで優勝しただけでは、単に紙の上でのビジネスだが、それを実ビジネスにしたところが大きい。ビジネス・コンテストも、参加するだけでは、単なる「お勉強」、もっと厳しい言葉で言えば「お遊び」で終わってしまう。これを実ビジネスにすると、紙の上では考えてもいなかった、いろいろな障害にぶつかることになるが、それを乗り越えて、実際のビジネスにして、初めて意味がある。ぜひ、ビジネス・コンテストに参加し、さらに賞をもらったような人たちには、それを実ビジネスにしてもらいたい。

別な番組では、「ベンチャー型引継ぎ」というものを紹介していた。家業を引き継ぐ人がいないことが多い中、家業をそのまま引き継ぐのではなく、その持っている技術や資産を使って、新たなビジネスにしていこうという試みだ。考えてみると、ゼロからスタートするベンチャーより、よほどやりやすく、その成功の可能性も高いように思う。そして、これはある自治体が支援していたもので、とてもすばらしい試みだと感じた。

いま、日本では、このようないろいろな試みが、政府や自治体の支援も受けながら行われている。ベンチャー立ち上げに、あまり政府などがかかわらないほうがいい、というのは、シリコンバレーで見て、経験していることではあるが、政府や自治体が、あまり拘束力をもたず、あくまで「支援」という立場をとれば、それは決して悪いことではない。むしろ日本のように、「お上の言うことは聞く」という傾向があるところでは、政府や地方自治体が、うまく支援することにより、「ベンチャー企業というものは、やっていいもの、やるべきもの、世の中にプラスになるもの」という空気が生まれることがとても大きい。ベンチャーに、政府や自治体がいつもかかわるべきだとは思わないが、規制緩和に加え、このような方法も、一つの日本式ベンチャー創成のモデルとして、成功し始めているように感じる。

既存企業も、多くの問題をまだ抱えているものの、少しずつベンチャー企業への出資、協業、アクセレレーター・プログラムの設立などを始めているところが増えている。これまでのように、ベンチャー企業を無視したり、さげすんだりしなくなり、協力して、ベンチャーの力を借りようという空気になっているのは大きい。

このように、日本はイノベーションに向けて、大きくプラス方向に流れ始めているように感じるが、不安がないわけではない。一つには、ビジネス・コンテストなどが多く行われているものの、それを本当の意味で審査できるような人材が、どれほど育っているかに不安がある。また、既存企業でベンチャーへの出資を増やしているところも多いが、ベンチャー企業に対する「目利き」が不十分で、投資が失敗する場合も多いという話もよく聞く。

また、ビジネスプランそのものはよくても、それを「実行(execute)」できる人、および彼らを支援する人材や仕組みが、まだまだ不十分なことだ。最近は世界のイノベーション、そしてベンチャーのメッカと言われる米国シリコンバレーに来て、起業する日本の若者も増えており、それ自体は大変喜ばしいことなのだが、まだまだ本気で成功しようとしている人よりも、格好いいから、とりあえずシリコンバレーで起業してみる、という人も少なくないとの話もきく。

いまは投資のための資金も潤沢で、金利も大変低いため、格好の投資先としてベンチャーに流れる資金が、日本でもかなり増えているようにみえる。しかし、これらの投資が失敗に終わる場合が増えてくると、今度は歯車が急に逆回転しはじめ、やはりベンチャー企業は危ない、という空気になりかねない。そうならないためにも、ぜひ、投資に当たっては、十分な「目利き」をする必要があるし、ベンチャー投資のリスクも十分理解しておく必要がある。

いずれにしても、いまの日本はイノベーションを起こすためのいい環境が整いつつある。この流れをさらに加速させ、多少ネガティブな部分が出てきても、この流れを逆転させず、前に進めることができれば、これからの日本は、とても楽しみになる。そのような日本になることを願い、私も微力ながらお手伝いできれば幸いである。

  黒田 豊

(2017年1月)

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