米国大手ビデオ配信サービスNetflix今後の行方

日本には、まだ進出していないので、Netflixという名前を聞いたことがない人も多いかもしれない。日本では、TSUTAYAがビデオレンタルで有名だが、TSUTAYAのオンライン版、という感じのものだ。Netflixのもともとの始まりは、映画等のビデオレンタルを、通信レンタルで行うものだった。電話やインターネットで借りたいビデオを注文すると、そのDVDが郵送されてくる。それを数日後に返却する、というものだ。

その後、インターネットによるビデオ配信が広がり、NetflixもDVDを貸し出すサービスだけでなく、インターネット経由のビデオ・ストリーミングを開始し、むしろそちらのほうがビジネスが拡大して、DVDを郵送するビジネスは、減少している。コンテンツ面では、当初映画中心であったものから、テレビ番組も次々に加え、現在提供しているコンテンツは、10万を超えるとも言われている。

ユーザー数もどんどん伸び、2400万を超えている。Netflixがここまで成功するまで、インターネットによるビデオ配信がこれほど人気の高いものになると思っていた人は必ずしも多くなかった。それは、インターネットのビデオ配信が、主にパソコン向けであり、パソコンからテレビにつなげてビデオを見るには、操作が複雑で、ユーザーは、それを嫌っていたからだ。

ところが、ビデオ配信技術が進んで、ビデオがスムーズに見られるようになり、さらに最近、iPadを筆頭にタブレット市場が大きく躍進したことが、流れを大きく変えた。ある調査によると、タブレット・ユーザーの半数は、すでにインターネットでテレビ番組や映画などを視聴しているという。タブレットだと、画面の大きさもビデオを見るのに十分で、持ち運びはパソコンよりもはるかに身軽なので、ビデオ視聴用に持ち歩くのに便利だ。

また、テレビそのものがスマートTVとしてインターネットに繋がったり、ゲーム機のXboxやApple TVなどを経由してインターネットに繋がるConnected TVの普及で、テレビで簡単にインターネット配信されたビデオが見られるようになったのも、インターネット・ビデオ視聴拡大の大きな要因となっている。タブレットやConnected TVでビデオを見る場合、ウェブアドレスなどをタイプする必要のないアプリ(apps)の出現も、ユーザーへの使いやすさ向上に大きく貢献している。

Netflixのビジネスは、1997年のサービス開始からずっと順調だったが、昨年夏、ストリーミング・サービスをビジネスの中心に置くべく、これまでのDVD通信レンタルを別会社として分離し、価格も値上げすると発表したところ、ユーザーの不興を買ってしまった。10月にはユーザーが80万減少、株価は2011年7月につけた最高値$304.79から大きく下がり、一時はその1/5近い$62.37まで下がってしまい、Netflixは、ついに会社の分離を含め、その発表を取り下げた。その後、ユーザー数も回復してきたが、株価は一時$127.08まで回復したものの、2012年第1四半期の業績結果が出た直後からまた下がり、現在は$70前後で低迷している。

Netflixの株価がピーク時から急激に落ちたのは、上の理由が直接の原因ではあるが、Netflixの将来に不安を投げかけている別な要素も2つある。ひとつは、タブレットやConnected TVでインターネット・ビデオ配信が日常化し、Netflixの人気もどんどん上がってきたので、コンテンツの権利を持っているテレビ局などが、Netflixにコンテンツを提供するための契約金額を上げている点。

もうひとつは、Netflixのインターネット・ビデオ配信での成功を見て、通信販売大手のAmazon、通信サービス大手のVerizon、ケーブルテレビ大手のComcast、小売大手WalMartのVuduサービス、さらに、テレビ番組中心だったが最近映画コンテンツも増やしているHuluなどの大手企業が市場参入してきた点だ。競合企業は、まだサービスを開始したばかり、あるいは準備中のため、Netflixに比べ、コンテンツでやや見劣りするが、いずれ同じようなコンテンツをそろえてくるだろう。そうなってきたとき、Netflixは現在のビジネスを維持、拡大できるか、ビジネス環境がこれまでになく厳しくなってくることは、間違いない。

このような競合からの圧力に対し、Netflixも対抗手段を準備している。ひとつは海外市場への展開だ。すでにいくつかの国に市場参入しているが、そのビジネス規模はまだ小さく、日本市場などには、まだ参入していない。この海外展開のため、2012年第1四半期は大きな投資をしたため、わずかながら赤字が出ている。

もうひとつは、独自コンテンツへの投資だ。テレビ局が数年前に打ち切ったシリーズがNetflixで人気となり、テレビ局とNetflixで独自の新シリーズを始める企画も発表されている。ただ、独自コンテンツを開発し、販売を成功させるのは、容易なことではない。以前もハリウッドのディレクターがベンチャーキャピタルと組んで、インターネット配信専用のコンテンツを作った例はあるが、あまり大きな成功を収めていない。原因はいろいろあるが、その大きな理由のひとつには、コンテンツ制作と、その宣伝に十分お金をかけなかったことが上げられる。やはりいいコンテンツを制作するには、お金が必要だし、そのようなコンテンツがあることをコンシューマーに知らせるための広告も必要となる。そこまですると、結局既存コンテンツを契約するのと、少なくとも金銭面ではあまり変わらない可能性がある。もちろん、独自コンテンツなので、他の類似ビデオ配信サービスに対するコンテンツでの差別化とすることは可能だ。

Netflixにとって、先行者の優位性を生かし、他社と差別化するサービスを提供して、これまでのような順調なビジネスを続けていけるか、それとも大手他社の追随を許し、その大きな波に飲み込まれてしまうか、まさに正念場が来ている。ユーザーにとっては、Netflix一辺倒ではなく、複数のサービス提供者へと選択の余地が増え、価格も抑えられ、サービスもよくなる、市場がいい段階に入ってきたと言え、インターネット・ビデオ視聴市場が、さらに発展していくことだろう。

  黒田 豊

(2012年6月)

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