インターネット株の急落
昨年11月頃から急上昇し、今年3月9日には5,000ドルを越え、3月10日には最高値5132.52ドルをつけた米国NASDAQ市場に急変が起きた。4月17日には安値で一時3,227.04ドルまで下がった。なんとピーク時から37%以上の下落である。NASDAQはご存知の方も多いと思うが、インターネット関連企業を中心としたハイテク企業が上場している証券市場である。
日本では以前から米国景気、米国株式に対するバブル論をとなえる人達がいたが、そのような人達からみると、「いよいよ米国のバブルもはじけたか」、と映ったかもしれない。しかし、その後の株式市場の動きを見ると、少なくとも米国景気、あるいは米国株式全体のバブルがはじけたという感触はない。
昨年秋から今年初めにかけての米国株価は、NASDAQだけではなく、多くの長い歴史を持つ既存企業が上場しているニューヨーク証券取引所のダウ平均も大きく上昇していたが、その後の動きはNASDAQの独歩高で、ダウ平均はNASDAQとは反対に今年はじめから3月はじめにかけて20%近く値を下げていた。
ところがNASDAQが急落しはじめた3月中旬からは、ダウ平均は逆に上昇に転じた。つまり資金が今年はじめからニューヨーク証券取引所からNASDAQに移動し、それがまたニューヨーク証券取引所に戻ったという構図である。そして、NASDAQもここ2週間ほどは、3月のピークまでは戻らないにしても、ある程度回復してきている。したがって、米国景気や米国株式市場全般に大変なことが起こっているという感触はほとんどない。
しかし、インターネット株に異変が起こっているということは間違いない。異変というよりも、むしろ健全な株価調整が起こっていると言うほうが妥当であろう。それは、一部のインターネット株にバブル的な要素があり、株価が上がり過ぎていたからである。ただし、私が言っているのは、単純にすべてのインターネット株が非常識な水準にあったというわけではない。
以前から何度も書いているとおり、インターネットによるe-革命は、いまだかつて見たこともないような大きな出来事であり、まだこの革命は始まったばかりである。従って、株価がいくらなら妥当かというのは極めて難しいが、この新しいe-エコノミーで重要な地位を占めると思われる企業については、P/E比(Price/Earning Ratio:
利益に対する株価比率)が既存企業に比べてはるかに高くても、また、まだ赤字を出していても、高い株価がバブルではないと言える株式が沢山ある。
しかし、問題はこのような本当の意味で期待できる企業だけではなく、単にインターネット関連企業(ドットコム企業)であるというだけで、一般投資家がお金を多くつぎ込んでしまったことにある。これに対し、冷静に期待できる企業と、期待できない企業を見極める機関投資家など、株式投資のプロが、あまり期待できない企業の株式を早めに売ったのではないかと思われる。また、個人投資家も、4月はじめには税金申告をして、前年に出した株式売買利益に対する税金を支払う必要から、持ち株を売った可能性がある。さらに、これら新興インターネット企業のストックオプションをもつ社員が、十分高くなった自社株を売却に出たという要素もある。
この株価急落以前の株価急上昇を見て、一般投資家による株の信用買い(証券会社から借金して株を購入する)がかなり増加した。しかし、株価急落にともなって信用買いの限度(買った値段よりある一定率下がると、現金で支払うか、その株を売却しなければならない)を越え、そのための株価売却が起こって、さらに株価の下落を誘った模様である。
株価の下落状況を見ると、有力と思われるインターネット企業も、そうでない企業も、一様に株価が大きく下落した。これは、企業の良し悪しが十分わからない一般投資家が、優良インターネット株に対しても、狼狽売りをかけたからであろう。しかし、そこからの回復は、優良企業とそうでない企業によって大きく分かれてくるであろう。
証券アナリストでもないのに、株価の話が長くなってしまったが、このインターネット企業の株式市場における選別は、今後のインターネット企業に大きな影響を及ぼすことになる。というのも、インターネット関連企業は株価に依存している部分が多いからである。
インターネット関連企業のような新興企業は、そのビジネス・アイディアの良し悪しも勿論重要であるが、企業が本当の意味で成功するためには、人材が命である。インターネット関連企業の成功は、ストックオプションによって、多くの優秀な人材が集まるところから始まる。そして、その集まった人達が高いモラルを維持し、日本企業顔負け、いや、それ以上に一生懸命に長時間働くのも、ストックオプションによるところが大きい。
ところが、ひとたび自社株が急降下し、ストックオプションによって得られるものが少ない、あるいは全くないとわかると、優秀な人材は簡単に次の会社に移っていってしまう。これが起こり始め、優秀な人材を失った企業が失地回復するのは極めて難しい。これから数ヶ月の間に株価がある程度回復しないような企業は、その将来が極めて厳しいものとなるであろう。
そういう意味で、この株価調整局面で選別され、取り除かれてしまう企業はここ1-2年かなり出るかもしれない。ただ、逆に生き残った企業は競争企業も減り、より強固な地盤を持つことになる。
今回のインターネット株急落で、高く上がり過ぎていた、あまり力のないインターネット関連企業の株価バブルは、はじけたと言っていいだろう。しかし、インターネットそのもの、そして、それがもたらす新しいe-エコノミーはバブルなどではなく、はじけて消えてしまうようなものでは全くない。この点を勘違いしないよう、くれぐれも注意したい。
黒田 豊
(2000年5月)
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