好調を続けるDell

IT不況の続く中、米国ITメーカーのDellが好調を続けている。ITメーカーのDellと聞いて、パソコンメーカーのDellというほうが正しいのではないか、と思った人もいるかもしれない。実は1年前なら、ITメーカーのDellではなく、パソコンメーカーのDellと書いたところである。しかし、今は違う。ITメーカーのDellなのである。

1984年に米国テキサス州の大学生Michael Dellが、わずか1,000ドルほどのお金をもとにパソコンを作りはじめ、世界一のパソコンメーカーに育て上げた話は、あまりにも有名であり、そのことについて書いた本も出ている。したがって、このDell物語をここで改めて話すつもりはない。しかしながら、最近のDellの動きを見ると、パソコンだけでなく、さらに幅広いIT製品分野に参入しており、また別な意味で注目する必要がある。

Dellは今やパソコンとその延長線上にあるサーバーだけではなく、プリンターやネットワーク機器分野にも、自社ブランド製品で参入している。これから無線通信が広がる中、ハンドヘルド・コンピューター(Handheld Computer)分野へも参入しようとしている。

Dellのビジネスモデルは明確である。既に一般化された部品を使い、他社より効率よく、安いコストで製品を製造する。また、販売面では直販を中心とし、販売コストを低く押さえるとともに、顧客の声を直接聞き、製品やサービスに反映させるというものである。インターネットをいち早く有効活用し、インターネット経由による販売の効率化、オーダーメード製品(どのような機能オプションを付けたパソコンにするか)をインターネットを使って製造現場に直結させ、それによって在庫を最小限にするなど、あらゆる効率化をはかり、ユーザーに対して、顧客満足度調査で高い評価を受けつつ、極めて低価格で製品を提供している。

この、いわゆるDellモデルを、今度はプリンターやネットワーク機器、さらにハンドヘルド・コンピューターにも広げようと言うわけである。Dellによると、これら市場に参入する理由は、いくつかある。

まずパソコン市場全体が、そろそろ飽和してきて、これ以上大きく伸びない可能性があること。そのため、別な分野に市場を求めたということがある。Dellは昨年312億ドルほどの売上を上げているが、それを2006年には倍にすると宣言しており、そのためには、より広い市場において事業展開する必要があるわけである。

またDellは、製品を直接販売するという特徴を生かし、顧客の声をよく聞く努力をしているが、その中で、顧客からパソコンやサーバーだけではなく、プリンターやネットワーク機器も取り扱ってくれないか、という要望を多く耳にしたということがある。

さらにDellは、Dellのビジネスモデルがパソコンやサーバーだけではなく、他のIT製品にも十分当てはめられると考えた。特に技術が成長期から成熟期に進んで、必要となる部品等が標準化され、安価に手に入るようになったものに対し、Dellのビジネスモデルが当てはめられると考えている。そして、プリンターや比較的単純なローエンド(low end)のネットワーク機器について、それがいえると判断したのである。

プリンター分野への参入について言えば、Dellの最も強いパソコンとサーバー分野でさらに優位に立つため、その分野での最大のライバルであるHPに対しての攻撃戦略という面もある。HPはパソコンやサーバーで、Compaqとの合併により、高いシェアを握っている。しかしながら、その利益率は必ずしもよくなく、むしろプリンター事業での利益をパソコンやサーバー事業に回している面がある。これに対し、Dellは、低価格プリンターを市場に投入することにより、HPのプリンター事業からの利益を減らし、パソコンやサーバー事業にお金が回らないようにしようという狙いである。

その成果がすでに出たというわけでもないだろうが、Dellは今、第3四半期に、世界のパソコン市場シェアで16%をとり、Compaqを併合したHPの15.5%をしのいで、ふたたびトップに立ったという話である。Compaqと合併する前の2001年第2四半期では、HPとCompaqを合わせた市場シェアが18.3%だったのに対し、Dellは13.1%であったのが、2002年第2四半期では、合併後のHPが15.5%に対して、Dellは14.9%と迫り、この第3四半期では、それが早くも逆転した格好である。もちろんDellがHPとCompaqの合併で動揺していた顧客を奪うために、企業ユーザーに攻勢をかけたことは言うまでもない。

このようなDellの好調さ、また、より広いIT製品分野への進出に対し、競合メーカーも防戦に必死である。最もDellを脅威と感じているのは、やはりHPであろう。パソコンとサーバー市場では、トップシェアを争っているが、利益率では、大きな差が開いている。そこに来て、HPの利益の稼ぎ頭であるプリンター分野にDellが攻勢をかけ、HPもプリンターの価格競争に追い込まれるということになると、大変である。Compaqとの合併による社内組織の調整、顧客への信頼の維持など課題も多く、ここしばらくは正念場と言える。

ネットワーク機器についても、まだDellの市場シェアはせいぜい1%程度と言われているが、それでもネットワーク機器メーカーは大きな脅威と感じている。大手の3Comは、Dellと価格競争になった場合、特別な価格割引をしてでも、ビジネスを取られないようにしようとしている。ネットワーク機器最大手のCiscoにしても、最近の米国証券取引委員会(SEC)への月次報告書の中で、Dellを競合メーカーと記述している。

いまや年間売上312億ドル、利益が12億ドルのDell(2002年2月1日現在)。ほとんどのIT関連株が低迷している中、Dellの株価はここ1年の最高値に近い数字で推移している。プリンターやネットワーク機器など、新しい分野でこれからDellがパソコンやサーバーで収めた成功を勝ち取ることができるか、それはこれからを見ないと勿論わからない。しかし、売上高に対する営業経費が10%と競合他社よりかなり低く(HPは22.5%)、直接販売によって顧客の声をよく聞き、それに答え続けることができれば、新しい分野を含め、この好調を続けることも十分可能であろう。

  黒田 豊

(2002年11月)

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