気迫で韓国に負ける日本
6月はサッカーのワールドカップで明け暮れた一ヶ月のようだった。米国ではあまり騒がれないワールドカップであったが、私も日本と韓国の共同開催ということもあり、米国では夜遅くや朝早くに行われる日本チームの試合を見ていた。そして、一時予選が終わり、ベスト16の試合が始まるときに日本に出張したので、日本での雰囲気を感じ、日本チームの試合を日本のテレビで見ることが出来た。
私の見たのは残念ながら日本の負けたトルコ戦であったが、そのトルコは結局3位になり、まあそのようなチームに負けたのだからやむを得ないとも言える。しかし、同じ週にあった韓国とイタリアの試合を見て、韓国に比べてちょっと日本は気迫に欠けていたのではないかという感じを持ってしまった。韓国選手の気迫が、終了間際の同点につながり、最後は逆転につながったような気がする。あとでいろいろな人と話をしても、同じように感じた人は多かったようだ。応援するサポーターも日本の場合は天気が雨だったせいもあるだろうが、韓国サポーターの最後まで応援し続ける姿にくらべると、試合の後半は「ああ、だめか」という感じにあきらめムードがただよっていたようにも感じた。
これはサッカーの話なので、特に大きな問題ではなく、なにも頑張った日本の選手を非難するつもりもなく、よくやったと述べるにとどめたいが、そうはいかないもので、日本が韓国に気迫で負けているものがある。こちらは、はるかに重要な問題であり、何とかしなければならない。それは国の構造改革である。
韓国は1997―1998年にかつてない経済危機に陥った。IMFの介入を必要とし、瀕死の状態であったと言っても過言ではないだろう。しかし、4年たった今、その経済は成長軌道に乗っている。韓国は日本よりも多かった銀行の不良債権も大幅に削減、世界経済が停滞していた昨年でもGDPが3%成長し、今年の1―3月期には、GDPが年率5.7%成長したとのことである。失業率も3.1%と、日本よりもはるかに低い。米国でもこの韓国の急激な回復には、目を見張っている。
これに比べ、日本の状況は小泉内閣発足当初に、構造改革に対する大きな期待が持たれ、小泉内閣の支持率も80%を超える脅威的なものであったが、その後の構造改革の進み具合の遅さ、経済の回復の遅さにいやけがさされている。銀行の不良債権も、判断基準を厳しくしたことや、経済が低迷を続けるため、減少するどころか、むしろ増える傾向にあり、ほとんど解決の糸口が見えていない感じがする。
韓国はどのようにしてこんなに急激な回復が出来たのか。先日、米国の雑誌インタビューに金大中大統領が答えている中に、その内容がいくつか読めてとれる。ひと言でいうと、「規制緩和と痛みを伴う大きな構造改革」である。まさしく小泉首相が、首相になったときに何度も繰り返し、国民に訴えていたことと同じである。2人の大きな違いは、それを気迫を持って迅速に行ったか、それがいまだに出来ないでいるか、の違いである。
例えば、金大統領は、このグローバリゼーションの世の中では、競争力のある企業しか生き残れないと考え、弱い韓国企業を守るのではなく、逆に海外からの投資をしやすくするように大幅に規制緩和した。その結果、海外からの投資はこの4年で530億ドルに上ったが、その前の35年間では246億ドルだったというから、ものすごい伸びである。また、政府や銀行と財閥とのしがらみを断ち切ったことも大きい。
もちろん、この改革が痛みを伴うものであったことは言うまでもない。具体的に言うと、韓国では、この4年で、主要都市銀行の数が24から半減し、また、30の主だった財閥(Chaebol)のうち、半分以上は解体したか、大幅に縮小してしまった。その結果、職を失った人の数もかなりに上ったことは想像に難くない。しかし、4年後の今、失業率は日本よりはるかに低い3.1%に急回復したのである。
多くの財閥が力を失った結果、財閥に回っていた多額の資金が中小企業に、そして、消費者へと回った。その結果、大手企業から退職を余儀なくされた人達を含め、多くの人達が新たに会社を起こし、成功し始めた。今や韓国の若者は、大きな財閥系の企業に勤めるよりも、このような新しいベンチャー系企業に勤めたいと思いはじめているようだ。また、苦しい状況の一方で、消費者主導の経済回復を目指し、大幅な減税を行い、その結果、消費が活発になった点も見逃せない。
これに引きかえ、日本では、いまだに既得権者がのさばり、規制緩和の阻止、ひよわで国際競争力のない企業をもまだまだ守ろうとして、構造改革が一向に進まないように見える。経済回復についても、減税優先というよりも、国の財政赤字回復のため、むしろ増税的な税制改革の内容にも見える。もちろん小泉内閣以前に比べると、構造改革は進んでいるという議論もあるだろうが、韓国のそれと比較してみると、日本の構造改革はほとんど進んでいないように見えるのも事実である。
何故韓国に出来て、日本に出来ないのか。いろいろと理由はあるだろうが、私なりに感じるものが二つある。まず、韓国は1997―8年に、本当にどうしようもない経済危機に陥り、何もしないで先へ進むことが不可能だったことがあげられる。これに対し、日本はずるずると今のままの状態を続けても、まだしばらくはやっていける、という状況にあることが大きい。
よく言われる例え話で、蛙を熱湯の中に投げ込むと、びっくりして頑張って飛び出すが、ぬるま湯に蛙を入れ、少しづつ温度を上げて行くと、蛙はそのまま外に飛び出さずに死んでしまうというのがある。それでいくと、明らかに韓国蛙は熱湯に放り込まれ、その結果うまく飛び出して生き返ったが、日本蛙はぬるま湯に浸かっているので、その温度はどんどん上がってきているにもかかわらず、まだ外に飛び出さずにいる、というところである。結果からみると、どうしようもない危機に陥った韓国のほうが、そこまで悪い状態ではなく、危機感の薄い日本より幸運だったとすら言える。
もう一つ私が思うのは、金大統領は、野党出身で、政府と財閥のしがらみなどを無視して改革を行うことが出来たのに対し、小泉首相は自民党に残ったまま構造改革を進めようとしているので、小泉改革の一番の敵は身内の自民党ということになっている点だ。小泉内閣成立後の国政選挙でも、小泉改革には賛成だが、自民党に投票していいものかどうか、困った人も多かったのではないか。
韓国でも金大統領が就任したときの高い支持率は、その後かなり下がったと聞く。現在は息子達の不正疑惑問題等があるので、改革とは別な理由で支持率が下がっているが、改革中もあきらかに支持率は下がっていたようである。これは大きな痛みを伴う改革である以上、やむを得ないことであろう。小泉首相も、就任当初から痛みを伴う構造改革を前面に出し、そのため、当初80%を越える支持率も、近い将来下がってくるだろうと述べていた。現在の小泉内閣の支持率は30%台と大きく下がっている。しかし、その支持率の下がっている理由が、構造改革による痛みのためのものであれば、やむを得ないが、私はそうではないと思う。むしろ構造改革が遅々として進まず、経済の低迷も続いてることに苛立った結果ではないかと思う。
もっと不安なのは、苛立ちではなく、小泉内閣でもだめかという、半ばあきらめのための支持率低下ではないかということだ。サッカー選手が最後までサポーターの強い応援を受けて逆転し、試合に勝利するように、国民も小泉内閣の構造改革を最後まで諦めずに支援することが大事なのではないだろうか。私には、小泉首相ではない、別な人が日本の構造改革を行えるとは、とても思えないからである。小泉首相には、そのために、これからも改革の火を消さず、前進して行ってもらいたいが、もはや自民党にとどまっていたのではだめなのではないだろうか。自民党を飛び出し、野党グループと新党を作ってでも、構造改革を断行してもらいたいと思っている。
私が今回のレポートのタイトルにした「気迫で韓国に負ける日本」というのは、何も日本が韓国に勝つか、負けるかという話をしている訳ではない。自分の国を改革しようという気迫において、日本は韓国に負けているという意味である。小泉首相も自民党を飛び出すくらいの気迫を持って、構造改革を進めてほしいし、サポーターである日本国民も、気迫の応援を日本の構造改革のために続けてほしいと思う。日本蛙を入れたお釜のお湯は、どんどん熱くなってきている。もう時間の猶予はなくなってきているのではないだろうか。
黒田 豊
(2002年7月)
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