広がり始めたオープンソース・ソフトウェア

オープンソース・ソフトウェア(OSS)が本格的に広がり始めた。OSSとは、ソフトウェアのソースコードを公開し、ユーザーが自由に変更できるものである(ただし、このようなOSSにもライセンス契約はあり、いくつかの制約はある)。OSSのすべてが無料というわけではないが、無料で使えるものがほとんどである。

一番有名なOSSは、サーバーなどによく使われるOS(Operating System)のLinuxである。すでに500億ドルといわれるサーバー市場の14%近くを占め、米国大手企業の40%近くはLinuxを利用している。Linuxに関しては、4年前の1999年9月に「Linuxは本物か?」、さらに2000年4月に「Linuxその後」というタイトルでコラム記事を書いた。

既にこのコラムを書いてまる8年になるが、これまで書いてきたことのほとんどは、私の予想した通り、またはそれ以上に大きなものとなってきたが、このLinuxに関しては、私の書いたことと少し違った動きになってきた。2000年4月のコラムで、私はLinuxはウェブサーバーなど、一部の特殊なものを除いては、あまり伸びないだろうと予想した。それがここに来て、もっと幅広い分野でのサーバーのOSとして注目されるようになってきた。

理由は明確である。そのときのコラム記事の最後に、「もしIBMやDellなどが、今後ともLinuxを積極的に勧めていくようなら、まだ失地回復の望みはある」と書いたが、まさしくそれが起こったのである。特にIBMのLinuxへの力の入れようは、相当なものである。IBMの技術戦略担当副社長のIrving Wladawsky氏の言葉を借りると、IBMはインターネットが広がった時に、すべてのものをウェブ化すると言って実行したが、今度は「すべてのものをLinux化する」と述べ、それを実践している。IBMのOSS戦略について話すと長くなるので、これはまた次回に回したい。

さて、IBMの話はさておき、市場の状況を見ると、数年前までは簡単なウェブサーバーなどにしか使われていなかったLinuxが、本番業務で使うアプリケーションのサーバーにも使われはじめた。IBMのDB2やOracleといった、本格的なデータベース・ソフトウェアもLinux上で稼動するようになり、アプリケーションの可能性が大幅に広がった。ちなみにOracleもLinuxを積極的に推進している。

ただし、これは、あくまでもサーバーレベルでの話であり、デスクトップのパソコンにWindowsの代わりにLinuxがどんどん使われているという話ではない。これについては、一部特殊なアプリケーション、例えば小売店のPOS(Point of Sales)端末やアニメーション作成用のパソコンなどに見られるが、一般のオフィス・パソコンでのLinux利用はほとんど見られない。今後のデスクトップ・パソコンへのLinuxの広がりついては、意見の分かれるところであるが、現在のWindows上で動くMicrosoft Officeによほど互換性の高いソフトウェアが現れない限り、簡単にはユーザーはLinuxに移行しないだろうというのが私の意見である。

不況の長引く中、いま一番ユーザーが求めているのは、コスト削減である。Linuxは自分でダウンロードすれば無料、サポートサービスを受けるためにベンダーのパッケージを買ったとしても、他の商用ソフトウェアに比べ、かなり安い。また、Intelのチップを使ったサーバーは、プロプラエタリ-なUnixサーバーに比べ、かなり安い。Unixサーバーのハードウェア、ソフトウェアを買うのに比べ、IntelサーバーとLinuxの組み合わせでは、そのコストが1/4から1/5になると言われている。もし同じことが出来るのであれば、ユーザーがIntelサーバーとLinuxの組み合わせに飛びつかないわけがない。OSの売上の高いMicrosoftや、Unixサーバーで売上の高いSunなどのビジネスへの影響は少なくない。

具体的な数字で見ても、例えば、大手証券会社のMerrill Lynchは2002年のLinuxプロジェクトでデリバティブの分析アプリケーション等にLinuxサーバーを利用し、プロジェクト全体のコストを44%削減したと述べている。また、大手旅行会社のORBITSは、Linuxへの移行で、ハードウェア・コストを600万ドル削減したと述べている。

Linuxを使うことにユーザーが不安を持っていないわけではないが、いろいろな懸念も、次第になくなってきている。一番心配な、何か問題があったときのサポートも、Linuxをパッケージングして販売する会社(一般にLinuxディストリビューション・ベンダーと呼ぶ)だけでなく、IBMのような会社も行っているので、ユーザーとしては心強い。Linux上で動くアプリケーションについては、3年前に書いたとおり、どんどんLinuxをサポートするアプリケーション・ソフトウェアが出てこないとLinuxも広がらないが、そのアプリケーション・ソフトウェアも、Linuxの広がりとともに、まだ十分とはいえないが、増えてきている。アプリケーション・ソフトウェア会社としても、Linuxが広がらないうちからLinux用のソフトウェアを用意するのは、ビジネス上好ましくないが、Linuxが広がってくれば、逆にビジネス上のメリットが大いに出来る。そして、アプリケーション・ソフトウェアが増えれば、またLinuxを使うユーザーが増える。この好循環が始まると、Linuxの広がりにも加速度がつく。

OSSの話をしながら、Linuxの話ばかりをしてきたが、OSSはLinuxだけではない。ウェブサーバーとしてOSSのApacheも幅広く使われている。実際、Apacheは世界のウェブサーバーの65%以上のシェアを持っている。また、データベースでMySQLやPostgreSQL、ウェブ・アプリケーション・サーバーでJbossなど、いろいろなOSSが世の中に存在する。ただし、LinuxとApacheの2つがOSSでは大きく広がっており、それ以外は、まだ本格業務への適用は少ないのが現実である。これはOSSディストリビューション・ベンダーも広範囲なOSSを本格的にサポートする体力がなく、また、IBMなどもすべてのOSS推進に積極的な訳ではないことにも起因している。

OSSに問題がないわけではない。OSSのライセンスの関係で、例えばGPL(General Public License)という一般的なライセンス方式の場合、OSSに変更を加えたときには、そのソースコードも公開する必要があるが、その範囲が問題となる。OSSを使って、それに何かを加えて新しいソフトウェアを構築した場合、どこまで公開しなければならないものか、意見の分かれるところであり、最後は裁判に持ち込まないと判断がつかないという問題がある。また最近、Unixの権利を持つSCO社が、IBMがLinuxの一部に自社のUnixコードを使ったと言って訴訟を起し、Linuxユーザーに対しても、費用を請求しようとしている。現時点では、SCOの訴えは十分な根拠がなく、Linuxを使用するに当っての障害にはならないだろうとの意見が大多数であるが、裁判がどのように進むかは、やってみないとわからない面もある。

OSSを使うことは、コスト削減や特定メーカーへの依存度を下げると同時に、ユーザーに対し、メーカーに何でもおんぶにだっこというおまかせ型のやり方の変更を迫るものでもある。米国のように、ユーザーが自分達でITについての深い知識と技術力をもっていればよいが、そうでない日本のユーザーは、このあたりを自分達で整備するのか、それともOSSをサポートしてくれるシステム・インテグレーター等に依存する道をとるのか、十分考えた上でOSS導入を進める必要がある。

  黒田 豊

(2003年8月)

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