IP電話からIPビデオへ

インターネットが広まり始めた10年ほど前から、IP電話の話は出ていたが、ここにきて、ようやくその普及が加速度を増している。そして、さらに次のIPビデオ(インターネットを含むIPネットワークを利用したビデオ)へと世の中は進もうとしている。

そもそもIPネットワークがあれば、そこにデジタル化した音声信号を送ることによって、IPネットワークを使った電話が可能である。このIPネットワークがインターネットの普及で世界規模につながったため、距離に関係なく格安な電話が出来るということで、IP電話がインターネットの普及とともに注目された。しかし、初期の頃のインターネット利用は電話回線等の低速回線利用が多く、リアルタイム通信を必要とする電話のやりとりは、技術的に「出来る」けれども、品質が悪すぎて、「使えない」状況にあった。そのため、なかなか普及に時間がかかった。

ところがこれが最近のADSLやケーブルモデムの普及により、高速回線でインターネットを使うようになり、また、IPパケット化した音声信号を、出来るだけ人間が自然に聞きやすいように送信する技術も進歩してきたので、IP電話の品質は格段に向上し、IP電話の急激な広がりとなった。

末端のユーザーだけでなく、電話会社の基幹ネットワークそのものも、既存電話網向けを含めIPネットワーク化し、IPパケットによる音声通信を行い始めている。これは、パケット化した情報を送るほうが、従来のアナログ通信のように、1通話のために1回線を占有しなくてよいため、効率がはるかにいいからである。

ADSLやケーブルモデムを使っているうちは、IP電話は可能でも、電話より大幅に情報量の多いビデオをIP通信で行い、高い品質を得るのは容易なことではない。したがって、最近までIPネットワーク経由による簡単なビデオクリップはあっても、本格的なIPビデオはそれほど注目されていなかった。しかし、ここへ来て個人家庭への回線も、光ファイバーによるさらに高速な回線が急速に伸び始め、IPビデオがにわかに注目されてきた。

IP電話にしても、技術的に可能でありながら、「出来る」という段階から「使える」という段階までに、かなりの時間を要したが、ネットワーク・インフラのブロードバンド化とともに、ようやく現実となってきた。IPビデオも光ファイバーの急速な普及とともに、そろそろ「使える」段階に入ってきた。

一方、電話会社のほうも、IP電話の普及で、これまでの電話料金で収入を上げるビジネスモデルに大きな変化が出てきた。電話会社のビジネスモデル変換については、また来月のコラムで書きたいと思うが、IPビデオは電話会社の一つの新しい大きな収入源として注目されている。

IPによるデータ通信(通常のウェブ検索やEメールなど)、IP電話、それにIPビデオを加えて、最近では、トリプルプレーという言葉がよく使われる。インターネットの普及で、音声とデータの融合、さらにビデオの融合が以前から言われていたが、いよいよそのデジタル・コンバージェンス(デジタル融合)が現実のものとなり始めているわけである。

これは、さらに通信と放送の融合、端末レベルで言えば、デジタル化したテレビとパソコンの融合という大きな現象になってくる。先日NAB2005(NABはNational Association of Broadcastersの略)という放送業界のビジネスショーに出かける機会があったが、そこのインターネットとマルチメディアというセクションでは、Microsoft、Apple等のコンピューター関連メーカーが大きなブースを構え、さながら昔のCOMDEX(コンピューター関係の大きなビジネスショーで、昨年から中止になっている)のマルチメディア・セクションを大きくしたような感じであった。

通信と放送の融合でいえば、テレビまたはIPビデオは、いままでのような地上波デジタルテレビ放送で送られてくるのか、ケーブルテレビ経由か、サテライト経由か、はたまた電話会社の光ファイバー経由か、ということになる。ユーザーにとってはいろいろな選択肢が出来、その中で一番便利なものを使えばいいわけだが、これらのサービスを提供する側にとっては、生きるか死ぬかの大問題である。これら業界の生き残りのための熾烈な競争が、すでにはじまっている。

ユーザーの使う端末についても、テレビを見たりパソコンを利用するときに使うモニター画面が何になるかという問題もあるが、それよりも大きな問題は、外から家に入ってくる通信回線(ケーブル、サテライトを含む)と、モニターに画面を出すところの中間に位置するものが何になるか、そのソフトウェアはどこのメーカーのものになるか、である。この市場を押さえることにより、ユーザーへ提供するサービスをコントロールできるので、極めて大きな意義がある。そのため、ここでも、これからの将来の多くのサービス・ビジネスの主導権を握るべく、熾烈な戦いが始まっている。

私が最近いろいろな人と話をするなかで、「いままでインターネットが普及しはじめた頃に言われたことで、まだ本格的に実現していないものに注目すべきだ」、と言っている。これは、IP電話のように、10年前から言われていながら、これまで普及しなかったものが、周囲の環境(この場合、ネットワークインフラ、IP電話品質向上技術、等)が整備されてくるにしたがって現実となり、「出来るけれども使えない」状況から、いよいよ「使える」段階になってきたからだ。

IP電話が顕著な例だが、IPビデオもまもなくその領域に入ってくるし、まだまだいろいろなものが、これから実現段階を迎えることになる。インターネットのような、社会に大きな変革をもたらすものが出てくると、最初、世の中は大騒ぎして、すぐにも大変革が起こると唱える人も多いが、現実はそう簡単に大変革を起こさない。しかし、時間が経ち、環境が整ってくると、実際それが起こってくる。にもかかわらず、それを見逃し、手を打つのが遅れてしまう企業は多い。

10年前にインターネットで大きな変革が起こると思ったのに、それほどのことが起こらなかったと思っている人は、もうそのような変革は起こらない、などという勘違いをしてはならない。時間はかかっても、起こるべき変革は起こるのである。インターネットによる変革も、いよいよその段階に来た。IPビデオ実現によるデジタル融合は、まさしくそのひとつである。

  黒田 豊

(2005年4月)

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