無線通信―日米事情

先月のレポートでは、ブロードバンド・インターネットの日米事情について書いたが、今回は、無線通信についての日米事情について書くことにしたい。ブロードバンド・インターネットでは、ネットワーク・インフラで日本が先行しているが、ビデオコンテンツ配信、テレビ界や関連する広告業界等の動きでは、むしろ米国のほうが進んでいることについて書いた。一般的に言われている、ブロードバンドは日本が先行しているというのは、ネットワーク・インフラの話だということを確認した。

では、無線通信ではどうか。携帯電話と書かず、あえて無線通信と書いたところに注目していただきたい。携帯電話では、日本が明らかに米国に先行した。何年も前に、日本で小型軽量の携帯端末が市場に広がり、多くの人たちが携帯電話を日常的に使い始めたときでも、米国でビジネスショーなどに行くと、公衆電話に長い列が出来ていたのは、まだ記憶に残っている。

今はもちろんそのようなことはなく、携帯電話は米国でも広く普及している。しかし、その後、日本では、携帯電話からのインターネット接続、携帯メールなどが早くから普及した。これらも米国では今は普及しているが、やはり日本からは数年遅れというところだろう。携帯メールなどは、米国の若者の間ですらなかなか普及しなかったので、もしかしたら、これは日米の文化の違いで米国では普及しないのだろうか、と思ったこともあったが、最近では、米国の若者も携帯メールをかなりやっているようである。日本のように電車に乗るようなことがあまりないので、日本ほどは目立たないが。

ただ、携帯メールについては、米国の場合、携帯電話ではなく、小型携帯端末(一般的にPDAなどと言われるもの)で、小さいながらもフルのキーボートを備えているBlackberryのようなEメール向け携帯端末は、ビジネスマンの間でも、早くから普及している。最近はこれに携帯電話機能をつけて、携帯電話としても使うという動きが出ている。米国では、携帯電話とEメール用携帯端末の融合が、携帯電話機からだけでなく、Eメール用携帯端末からも進んでいる、というところだ。

もう一つの最近の日本での携帯電話利用に、ICカード機能を加え、電子マネーとして、携帯電話をお財布のように使えるものがあるが、これは米国ではまだほとんど普及していない。そもそもそのようなことが出来る携帯電話端末は、まだほとんど市場に出てきていない。しかし、これは、そのような携帯電話端末がないから、というよりも、そもそも米国ではICカードによる電子マネーというものが普及していない、今後もあまり普及しそうにない、という背景がある。

米国でなぜICカードによる電子マネーが普及しないかは明確ではないが、私の想像するところでは、米国人は、お金はクレジットカードのようなものでの「後払い」か、最悪でも現金や銀行のDebitカードによる「その場払い」が当然で、電子マネーのように、ものを買ったり、サービスを受ける前にお金を支払う「前払い」が気に入らないのではないかと思う。実際はもちろん支払っているわけではなく、電子マネーとして持っている、とも言えるわけだが、米国人の感覚からすると、何も手に入らないうちに、お金だけとられている、という感覚かもしれない。

携帯電話でテレビを見るワンセグ・サービスも日本では話題だが、これに関しては、米国でもいろいろな動きがあるので、また別な機会に書いてみたい。このように、携帯電話という話になると、確かに今でも日本のほうが米国より進んでいる部分が多い。これは、単にネットワーク・インフラの話ではなく、携帯端末の機能、使い方を含めての話である。ちなみに携帯電話のネットワーク・インフラについて言えば、日本で第3世代(3G)がすでに普及し、そろそろ第3.5世代に入ろうとしているのに対し、米国では、ようやく第3世代が広がり、第3.5世代は、1-2年後の話ということで、話題に上り始めた程度である。

しかし、携帯電話だけでなく、もっと広く無線通信として市場を見ると、日米の状況は、かなり違ったものになってくる。まず無線LAN(WiFi)の世界を見ると、無線LANを提供するホットスポットは、米国ではかなり広まり、最近の数字では、45,000ヶ所を越えている。日本でも最近は広まってきたが、この分野では、米国が先行している。無線LAN技術も802.11bから、より高速な54Mbpsの802.11aや802.11gに発展し、現在はさらに高速な802.11nの議論がなされている。

また、無線LANよりも広域をカバーするものとして、WiMaxがあり、つい先月、米国の無線大手のSprint Nextelが今後2年で30億ドルWiMaxに投資してサービス展開していくと発表した。WiMaxは大手半導体メーカーのIntelが力を入れ、端末ではMotorolaが力を入れているが、その後無線LANの発展、携帯電話網の3Gの動き等から、その将来性を疑問視する向きもあったが、3Gよりも安価にネットワークが構築できると言われており、今回のSprint Nextelの発表によって、再び脚光を浴び始めた。

さらに、すべての無線端末を基地局につなげ、そこからさらに上位の局へつなげる効率の悪さを省くため、無線端末同士、あるいは基地局同士をPeer-to-Peerにつなげ、網の目上のメッシュでネットワークをつくる無線メッシュネットワークも広がりを見せている。これは、もともと米国の軍関連の研究で、知らない土地に上陸した際、基地局を建設しなくても通信ネットワークが構築できるようにしたネットワーク・アーキテクチャーを応用したものだ。

Peer-to-Peerでネットワークを構築しているので、どこかでなんらかの理由でネットワークが切断されても、別なルートで容易にネットワーク構成が出来るのも強みだ。インターネットはそもそもそのようなネットワーク構成で世界中をつなげているわけだが、それを無線ネットワークでもやっているわけだ。

このように見てくると、携帯電話では、確かに日本が米国をリードしているが、それ以外の無線通信については、米国のほうが先行しているものが多く、米国の動きから目を離すことができない。

では、携帯電話に関しては、米国から目を離してよいだろうか? 新しいものが何か出てくる、という意味では、何でも先を行こうとする米国なので、常に注意しておく必要はあるが、今のところ、こういう面では、それほど注目する必要はないかもしれない。 しかし、携帯電話については、全く別な意味で、米国に注目する必要がある。それは、新しいものが出てくるところ、というよりも、日本で出てきた新しい技術、使い方等を広げる大きな市場として、注目する必要がある。

携帯電話機については、日本メーカーは、米国市場で苦戦しているようだが、携帯電話機そのものでなくても、そこで使われている技術、ハードウェア、ソフトウェア等で、米国に進出できるものが多々あるに違いない。実際、米国の携帯電話通信会社なども、日本などの携帯電話先進国から、技術や新しい使い方を導入しようと考えているところも多い。携帯電話市場については、是非日本から米国を含め、世界へと市場を広めて行ってもらいたいものである。私の会社(Cardinal Consulting)でも、そのようなお手伝いを最近はじめている。

  黒田 豊

(2006年10月)

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