60周年を迎えたマウスとインターネット発祥の地 SRI International
今回のレポートは、私の関連している会社でもある、今年60周年、日本的に言えば還暦を迎えたSRI Internationalについて話してみたい。
そもそもタイトルのマウス(皆さんが毎日使っているコンピューターのマウス)とインターネット発祥の地と聞いて、SRI Internationalという会社の名前を思い浮かべた人は何人いるだろうか。残念ながらあまり多くないような気がする。特にマウスについては、Xeroxで開発したものと思っている人が多い。XeroxはシリコンバレーにXerox PARC(Palo Alto Research
Center)を持ち、Ethernetなどの開発で知られており、またXeroxがマウスを初めて商品化した会社ということで、勘違いされる場合が多いが、実際はSRIが開発し、パテントを持っていたものである。パテントを持っていた、と過去形で書いたのは、現在はすでにパテントの有効期間が切れているからである。実際、このパテントはかなり前、マウスが世の中に広まる前の1987年に切れており、SRIは残念ながらこのパテントであまり利益を得なかったようである。
インターネットの発祥は、当時ARPANETと言われ、米国防総省下のDARPA(Defense Advanced Research Project Agency)からの委託ではじめられた研究で、最初の接続実験は、SRIとUCLA(California大学Los
Angeles校)の間で行ったものが、その始まりである。このことは私が昔書いた「インターネットワールド」(丸善ライブラリー)にも書いたし、SRIは1992年までの長い間、インターネットのドメイン名の管理(.com、.gov、.org)なども行っていたので、早い時期からインターネットに触れていた人たちを中心に、知っている人もある程度いると思う。
このマウスとインターネット発祥の地SRIが今年60周年を迎えた。そのなかのいくつかのイベントの一つに、コンピューターマウスの開発責任者である、Douglas
Engelbartが来ており、彼と直接話をする機会があった。もうかなり高齢だが、まだまだパーソナル・コンピューティングやヒューマンマシン・インターフェースに対する発想はとどまることを知らず、彼によると、彼が考えている「人とコンピューター通信の係わりあい」の理想に比べ、実現しているのはまだこれくらい、と言って、実現しているのが、まだ理想の10分の1程度であることを手を広げて話していたのがとても印象的であった。
Douglas Engelbart にとって、マウスやそれを利用したGUI(Graphic User
Interface)などは、彼の発想の中の序の口に過ぎないのである。彼の理想などに関しては、Bootstrapというウェブサイトがあり、そこにいろいろと書いてある(www.bootstrap.org)。これから新しいことを考えるためにも、まだまだ彼の発想は役に立つことが多そうだ。
マウスを含めた新しいパーソナル・コンピューティングの考え方をはじめて公開したのが1968年12月9日の有名なOnline
system(当時の略称でNLS)デモである。90分にわたるデモでは、マウスだけでなく、ハイパーテキスト、ダイナミック・ファイル・リンク、ネットワーク経由で離れた2人の間で音声とビデオを使って、コンピューター・スクリーンを共有したコラボレーション・システムなどが含まれていた。今でこそ、これらのことは当たり前のように使われているが、これが1968年に行われたので、そのときの1,000人余りの出席者の驚きは大変なもので、まさに開いた口がふさがらないという状態だったようだ。それだけ、当時の人々の想像をはるかに超えたものだったわけだ。
彼の発想は、一貫して社会、人類への貢献であり、お金を稼ぐためではなかった。今でも彼は、技術の発展は社会の変化スピードを速め、その結果、人間社会はどんどん複雑になってきているが、そのような中で、技術は人々がコラボレート(協力)し、問題解決するために使われるべきだと述べている。彼のもっとも大きなフラストレーションは、彼の理想としたものを実現するのに、世の中はなぜこのように長い年月かかっているのか、という点だと言っている。
当時、彼を手伝った人たちもいたわけだが、彼らの話も面白かった。そのうちの一人はまだ当時Stanford大学の博士課程の学生だったが、Engelbartとやっているプロジェクトのことを博士論文に書こうとしたら、担当の教授に、それでは現実ばなれしすぎていて、博士論文として通らないから、別なテーマにしろと言われ、やむなくその教授や博士論文を審査する人たちが理解できるような、全く別な内容の論文を書いて博士号をもらったという話であった。それだけEngelbartが考え、実施していたものが時代の先を行っていたのである。
SRIの話をするときは、だいたいこのマウスとインターネットの話が多いが、SRIの大きな功績は、もちろんそれにはとどまらない。われわれの日常生活にかかわっているものだけでもたくさんある。たとえば、医療分野では、超音波イメージ(例、お腹の中の赤ん坊の状況をイメージ画像にするもの)や精細な外科手術を行うのに、リモート操作で拡大して見ながら行うRobotic
surgeryなどがある。また米国の銀行小切手に使われている磁気インク読み取り文字(MICR)の開発をしたのもSRIであり、これは今日でも使われ続けている。はじめてのインテリジェント・ロボットShakeyもSRIの開発だ。映画業界へのカラー映画製作に対する貢献で、アカデミー賞をもらったこともある。
さて、現在のSRIはというと、相変わらず新しいことに次々とチャレンジしている。例えば、人工筋肉、無線メッシュネットワーク、100台以上のロボットが協力して作業を行うCentibots、サイバーセキュリティ、バッテリーや代替エネルギー、環境センサー、自動車の安全センサー、各種新素材、医療機器、薬品開発など、さまざまな分野での研究が続けられている。SRIでどのような活動が行われているかはウェブサイト(www.sri.com)に行けばかなり出ているので、興味のある方はご覧いただければと思う。
シリコンバレーが今のような形のものになるずっと以前から存在し、今年60周年を迎え、還暦を過ぎてさらに飛躍するSRI Internationalに、今後も期待したい。
黒田 豊
(2006年11月)
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