ネットワークインフラの進む日本、ビジネスモデルが先行する米国

ブロードバンド・インターネットがここ1-2年、大きな話題となっている。日本では、NTTが2010年までに光のネットワークを3,000万世帯にまで広げる予定であり、KDDIなど他社も光のネットワークを広げようとしている。そして、NTTは昨年暮れから新しいIPベースのネットワークであるNGN(Next generation Network)の実証実験に入り、今年末にも本番稼動させようとしている。これができれば、いよいよリアルタイム・ビデオを本格配信するために必要となるサービスレベルを確保することができ、現在テレビを見ているのと同様の品質でNGN経由のビデオをリアルタイムに見ることが出来るようになる。これに引き換え、米国では、ADSLやケーブルモデルによる比較的低速なブロードバンド・インターネット通信は広がっているものの、光通信による100Mbpsレベルの高速通信はまだほとんど普及していない。

これを見て、ブロードバンドでは、日本が米国を圧倒しており、ブロードバンドについては、米国に見るべきものはない、という感覚が、日本の人々に浸透してしまっているように強く感じる。しかし、本当にそうだろうか。私ははっきり、否と言いたい。

確かに、ブロードバンド・ネットワーク・インフラでは、日本が米国よりはるかに進んでいる。米国内でも、米国は世界のブロードバンド・ネットワーク・インフラの2流、いや3流国だと自嘲気味に話している人も少なくない。しかし、ブロードバンドの発展を見るとき、単にネットワーク・インフラだけを見て議論するのは、大きな間違いである。

たとえば、大手テレビ放送局のゴールデンアワー(prime time)に放映される番組のうち、いくつがインターネットで見れるだろうか? 日本では、ニュースや天気予報を除き、ほぼ皆無ではないだろうか? ところが、たとえば米国の4大テレビ放送局のCBSでは、24のゴールデンアワー番組(ニュース、天気予報以外)のうち、すでに15がインターネットで視聴可能だ。それも無料(広告付き)で。

このことを、別にテレビ番組はテレビで見ればいいんだから、何もインターネットでテレビ番組が見れることで大騒ぎすることはない、と思ったとすれば、時代の流れを見失う。そもそも、テレビの見方というものが、ここ数年、大きく変わってきていることに注目する必要がある。昔は、テレビ番組が放映される時間にテレビを見る、というのが当たり前であったが、それがまずVTRによるビデオ録画が出来ることにより、変化が始まった。それでも、この段階ではテープを使っていたため、録画しながらテープを見ることができないので、番組開始10分後から、その番組を最初から見る、というようなことは出来なかった。

これがハードディスクに録画できるものが登場し、録画しながら録画済の映像を見ることが可能になり、視聴者は番組の放映時間に左右されず、好きなときにテレビ番組を見れるようになった。しかも見たくないテレビコマーシャルはスキップさせて。この変化は大きい。ただ、それでも、まだ事前に録画をリクエストする、ということが必要になる。これをもう一歩進めると、視聴者は、自分が見たいときに見たい番組をリクエストして見る、ということになる。つまり、日曜8時の番組は、その時間を過ぎれば、いつでも見たいときに見れる、というのが理想なわけである。

インターネットによるテレビ番組配信とは、まさにそれを実現するものなのだ。これが実現すると、視聴者に便利になるだけでなく、放送、広告業界の動きは一変する。これまでテレビのゴールデンアワーの時間を押えていた広告会社は、その価値が一気に低下してしまう。今でもハードディスク型のビデオレコーダーのため、広告がスキップされ、低下しているゴールデンアワー広告の価値が、さらに大幅に下がることになる。当然、番組スポンサー企業も、テレビのゴールデンアワーにそれほどお金をかけようとしないし、インターネットによる番組放送に対して力を入れてくることになる。

このような大きな変化が、まさに米国では起こり始めている。ただし、米国ではブロードバンドのネットワーク・インフラが2流、3流国並みということで、インターネット経由で現在のテレビ並みの映像をフル画面で見ることは難しく、すべての人たちがすぐにテレビ番組をインターネットで見ることはしていないし、そこにいたるには、光通信レベルのブロードバンド・ネットワーク・インフラの発展が必須である。しかし、そうなったときのためのビジネスモデル、アプリケーション・モデルは、すでに整いつつある。

一方、日本はどうか。ブロードバンド・ネットワーク・インフラが米国よりはるかに発展しているのは間違いないが、放送局などのブロードバンド・ネットワーク・インフラを利用した新しい映像配信への試みは、まだまだという感じだ。著作権問題や法的規制問題がいろいろ言われ、そのような問題があることも事実だろうが、それにしても、それらを盾に、いかに既存システムを長く保つかに力を注いでいるように、私の目には強く映る。つまり、日本では、ブロードバンド・ネットワーク・インフラは整備されてきていても、それを使う側の意識が遅れていて、新しいビジネスモデルへの移行が、進もうとしていない。

このままでは、ユーザーの新しいビジネスモデルなきブロードバンド・ネットワーク・インフラになってしまい、NTTはNGNをうまく発展させることが出来ない可能性すらある。では、どうすればいいか。たとえば、NGNのような最先端なブロードバンド・ネットワーク・インフラにどのようなプラットフォーム機能を付け加えるべきか、という議論には、最先端のビジネスモデルに早期に取り組んでいる米国のユーザーの動きに注目する必要があると私は強く思う。

大手テレビ局がゴールデンアワー番組をインターネットで提供している話を一例に出したが、もちろんそれだけではない。映像コンテンツを持つ会社が、テレビ放送局を介さずにインターネット経由で映像配信しようという動きもあるし、これらビデオコンテンツに合わせた、タイミングを合わせた広告の挿入とか、ともかく新しい時代の新しいシステムで、自分の会社はどのように生きていくべきかを、まだブロードバンド・ネットワーク・インフラが十分整備されていない今から、模索し、既存のやり方を自ら壊しながら新しいものを作り上げようとしている。

日本と米国では、このように、ブロードバンド・ネットワーク・インフラと、それを利用する側のビジネスモデルで、全く逆とも言える状況にあることを十分に理解する必要がある。その理解を踏まえ、本格的なブロードバンド・ネットワークで何をすべきか、どんなビジネスモデルを構築していくべきかについては、先を行く米国に学ぶべきである。

米国の不幸は、その先進的なビジネスモデルをフルに実現できるブロードバンド・ネットワーク・インフラがまだ実現していないことである。このような日米双方にギャップがある場合、いろいろなビジネスが考えられる。インターネットを含むブロードバンド・ネットワーク、放送、ビデオコンテンツ、広告等の業界でビジネスを行っている企業は、ここに注目し、巧みな戦略をとれば、大きなビジネス・チャンスになる。日本で整いつつある高速ブロードバンド・ネットワーク・インフラに、米国のビジネスモデルをどんどん持ち込み、場合によっては、ビデオコンテンツも米国から持ってくる、というのも一手かもしれない。YouTubeへのアクセス数は、日本と米国でほぼ同じくらいと言われているので、その可能性も十分だろう。そのためにも、米国の最新ビジネスモデルから目が離せない。

  黒田 豊

(2007年3月)

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