スーパーボウル・コマーシャルの価値

2月6日、米国の国民的行事とでも言うべきプロ・フットボール王座決定戦、スーパーボウルが開催された。試合は前半Green Bayが一方的に優位かと思われたが、前半終了間近からPittsburghが攻勢に出て、試合終了近くまで熱戦が続いたので、Green Bayの勝ちが決まった最後の1分まで見た人も多かったのではないだろうか。

スーパーボウルは、私のようなフットボール・ファンが見るのはもちろんだが、それほどフットボールに興味のない人も、米国では結構見る人が多い。それは、フットボール以外にも試合前やハーフタイムに有名歌手によるショーがあること、もう一つは、スーパーボウルのコマーシャルを見るため、というものがあるからだ。

コマーシャルは普通、テレビ番組を見ていても、そのときは席を離れたり、ビデオ録画だとスキップしてしまったりと、できるだけ見ないようにする場合が多い。しかし、スーパーボウルの場合は、少々状況が異なる。それは、コマーシャルを出す各社が、できるだけ注目を浴びるよう、最大限面白いものに仕上げているからだ。この面白いコマーシャルを見るためにスーパーボウルを見る、という人もいるくらいだ。ある人の話によると、4人に1人はコマーシャルを見るためにスーパーボウルを見るとか。

しかし、この視聴率の高いスーパーボウルにコマーシャルを出すコストは生半可なものではない。相場は30秒コマーシャルで、260万ドル以上(2億数千万円以上)と言われているからだ。では、たった30秒のコマーシャルにそんな多額なお金を支払う価値があるのだろうか、という疑問が当然湧いてくる。

これには、いろいろな議論があり、それぞれの会社の考え方にもよるので、一概にその価値があるかないかは言えない。しかし、適切な金額か否かの議論はともかく、少なくともかなりの金額を支払う価値があるといえる根拠を、いくつか上げてみたい。

まずは単純に視聴率が高く、視聴者数が多いことが上げられる。今年のスーパーボウルでも、およそ1億1千百万人が見たという高い数字が挙げられる。これは、昨年の1億600万人を越え、これまでのテレビ番組で、最も多くの人がみたという記録になっている。これほど多くの人が見るコマーシャルもないということだ。

さらに、大きな要素は、多くの人が「コマーシャルを見たい」と思って見ていることだ。通常は席をはずされたり、スキップされて見られない場合の多いコマーシャルを、皆、一生懸命見ようとしている。このように、人が見ようと思って見てくれるコマーシャルの効果は、通常に比べてはるかに高く、見たあとでも印象に残っている場合が多い。これはコマーシャルを出す側にとっては、夢のような話だ。

実は、スーパーボウル・コマーシャルとして、どんなものが放映されるかついてのうわさは、スーパーボウル当日以前から、インターネット上等で話題になる場合も多い。広告主も、事前にそのような話題を作り上げるために、お金をかけている。したがって、スーパーボウルでのコマーシャル費用、その制作費以外にも、そのコマーシャルを事前に宣伝するために、広告主は宣伝コストをかけている。これも含めると、広告主は相当な金額をスーパーボウル・コマーシャルにつぎ込んでいることになる。

このようにして、注目されながら見られるスーパーボウル・コマーシャルだが、それは、当日放映されたものだけに留まらない。次に来るのは、見たコマーシャルの話題の広がりだ。試合の翌日以降、試合についての話ももちろんフットボール好きの間ではいろいろされるが、それほどフットボールに興味のない人たちの間での話は、もっぱら有名歌手の歌とスーパーボウル・コマーシャルの話だ。これは、試合が終わった後、当分の間続く。

この話題は、人と人が直接会って話す日常の会話だけでなく、インターネット上でも広がっていく。スーパーボウル・コマーシャルは、まず、試合後もインターネット動画サイトのYouTube等で見ることができる。そして、多くの人々が、人から聞いて、あるいは、自分でもう一度見たくて、わざわざスーパーボウル・コマーシャルを見に来てくれるのだ。コマーシャルを視聴者のほうからわざわざ見に来てくれる、これまた広告主には夢のような話だ。

たとえば、YouTubeでは、スーパーボウルの日以降、しばらくの間、最初の画面にスーパーボウル・コマーシャルの見出しが出ている。また、テレビ番組を最も多くそろえていて人気のあるサイトHulu.comでは、視聴者投票により、もっともよかったと思われるコマーシャル・トップ10を選んでおり、もちろんそれらを見ることができる。トップ10に入った広告は、試合後3日間だけでも、視聴者に見てもらうことにより、100万ドルの価値を生み出しているという分析をしている会社もあるくらいだ。

さらに、インターネットでは今、ソーシャル・ネットワーキング(SNS)がさかんだ。物理的に会って話をすることができる人の範囲は限られていても、たとえばFacebookでこのスーパーボウル・コマーシャルが面白かった、と書けば、一度にFacebookの友達にそのことが広がる。これを多くの人がすれば、厖大な連鎖反応によるコマーシャル効果を上げることができる。たった一度のスーパーボウル・コマーシャルでも、そのコマーシャルがインターネット上で何度も見られ、Facebook等でどんどん広がっていくことを考えると、その価値は想像以上のものになる。もちろん、そのためには、そのコマーシャルが面白いものでないといけないことは言うまでもない。

さて、今回のスーパーボウル・コマーシャルの成果はどうか。コマーシャルの人気という点で行くと、2つのコマーシャルを出し、それぞれが人気の1位と4位に入ったVolkswagenが一番成功したと言える。第1位の「The Force」というタイトルのコマーシャルは、すでにYouTubeで2,700万回見られているという。次は2位に入ったブリジストン、3位に入ったDoritosということになる。もちろん、本当の成果は、この広告によって商品の売上が上がる、あるいは会社や商品のブランド・イメージが向上する必要があるが、それが見えてくるのには、もうしばらく時間がかかるだろう。いづれにしても、途方もない金額と思われる、30秒で260万ドル以上という金額も、このように考えてくると、まんざら高すぎるとも言えないようだ。

  黒田 豊

(2011年3月)

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