ホットなタブレット市場

本題に入る前に。日本時間、3月11日午後、日本の東北地方と関東の一部を巻き込んだ観測史上最大の巨大地震とそれにともなう大津波の被害は、いまだその全貌すらはっきりしない状況で、心が痛みます。被災された方々、また、家族や親戚、友人などで被災した人たちも少なくないだろう。心よりお見舞い申し上げます。米国や日本各地から、被災地への電話がなかなか繋がらない中、インターネットのeメールやFacebookなどで連絡が取れているケースが多いのは、何よりも救いだ。

さて、そんな大地震の翌日、米国ではAppleがiPad 2を発売した。最初のiPadが発表されたのが、約1年余り前。そのときは、iPadがこれほど売れると思っていた人は、それほど多くなかった。その理由は、昨年発売当時、Appleが予定していた新聞や雑誌等のメディアをiPadで見ることができるようにする、という思惑が、大手メディアとAppleの間の契約が十分できず、うまくいかなかったからだ。これはメディア企業が、音楽CD業界がAppleのiPodとiTunesによってビジネスの多くを奪われてしまったことに対する警戒感からだった。

ところが、ふたを開けてみると、そんなことよりもiPodやiPhoneで培われたAppleの人気が先行し、iPadの売れ行きは想像以上によかった。昨年末までに、発売から9ヶ月で1,500万台売れたとのことだが、これはApple自身の予想をも上回ったのではないだろうか? 発売わずか1年で、iPadはAppleの売上の17%を越えるまでになっているヒット商品だ。

これを受け、タブレット市場への競合メーカーの参入も相次いだ。大手ではMotorola、Samsung、HPが、すでに競合製品を出してきている。今年初めのConsumer Electronics Show(CES)でも、Connected TVとともにタブレットが大きな話題だったことは、1月のコラムでも触れたとおりだ。iPadおよび他社のタブレットの売れ行きが順調なため、一部市場で競合する、netbookと言われる分野(ノートパソコンをさらに小さくしたようなもの)は、その市場をタブレットに食われ始めている模様だ。また、タブレットはe-bookとしても使えるので、Amazonのe-book専用機、kindleの市場にも、これから影響を及ぼしていくだろう。

3月11日から出荷を始めているiPad 2は、昨年のものより、より薄く、より軽く、両面にカメラも取り付け、ビデオ会話のようなことをすることもできるようになった。そして、価格は以前と同じまま。Appleの製品は、通常、他社製品より機能や使い勝手、デザイン等で優れていても、価格は多少高め、というのが常識だったが、今回は価格面でも他社の追随を許していない。最初の週末にどれくらいの数が売れたか不明だが、かなりの店で売り切れになり、一部報道では60万台ほど売れた模様だ(昨年のiPadは約30万台)。

スマートフォンの世界では、iPhoneがかなりの人気を博しているものの、携帯電話会社として、つい最近までAT&Tのみで、最大手のVerizonでは使用できないという不便さがあり、これによってGoogleのAndroid OSを使ったiPhoneと類似した機能を持つ製品が次々に登場し、市場シェアを広げていった。しかし、iPadは最初からAT&TでもVerizonでも使用可能で、そのようなハンデはない。

昨年iPadが登場したときに問題点として上げられていた、新聞や雑誌との契約も、iPadの売れ行きがいいことから、次第に増えてきている。ビデオを挿入した新聞や雑誌が本格化し、新しい時代の新聞や雑誌に生まれ変わる時代も、もうすぐだ。

もう一つ、昨年のiPad発表時に問題にされていたものに、Adobe Flashをサポートしていない、というものがあった。これは、昨年当時、多くのウェブ上のビデオサイトが、Flash技術を使って作られており、そのようなサイトのビデオを見ることができない、ということが大きな問題とされていた。これに対しAppleは、FlashはAdobe社のプロプラエタリーな技術であり、そのようなものではなく、標準として存在するHTML5を使用すべきだと主張し、HTML5のみのサポートとしていた。さて、これに対するAppleの回答は、どうか。実は、今回のiPad 2でもFlashはサポートされていない。Appleは昨年の主張を曲げていないのだ。

Appleは自分の主張を変えなかったが、世の中のほうが変わってきた。昨年iPadが発売された頃、ウェブ上のビデオでHTML5をサポートしていたものは、わずか10%だった。ところが今はどうだろう。 わずか1年であっという間に63%までその数字が上がったのだ。HTML5のサポートにしろ、新聞や雑誌のAppleとの契約にしろ、すべてiPadが予想を超えて売れたため、どんどん増えてきた。

市場が広がればそれを使うためのいろいろなアプリも増えてくる。アプリを開発する側にとっても、それを使ってもらえる市場が大きければ、それだけビジネスに有利だからだ。テレビとの連係にタブレットが使われ始めるものなどは、新しいアプリのいい例だ。子供への教育、学校現場での利用にもアプリが広がっている。まさしく、いい意味での「雪だるま」が転がり出したといえる。

今はiPad 2が出たばかりなので、iPad 2が優位に見えるが、これから競合メーカーも次々に改良版を出してくるに違いない。今後の競合としては、やはり、GoogleのAndroid OSを使ったものが中心になるだろう。すでにMotorolaから発売されているXoomや、Samsungから発売されているGalaxy Tabは、注目されている。Googleの強みは、Androidがオープンで、いろいろな会社から製品が出せることだ。これによってアプリの開発者は、GoogleのAndroid OS向けにアプリを書けば、複数のメーカーの製品で使ってもらうことができる。逆に、弱みは、自由度が高いため、市場がコントロールできず、不良アプリやセキュリティ上問題のあるアプリも登場する可能性があることが上げられる。また、それぞれのメーカーで、同じAndroidをベースにしていても、多少カスタマイズしているため、アプリ製作者も、実は複数のAndroid版を作る必要がある場合もあるとの話も聞く。そうなってしまうと、Androidのオープンであることのよさは、半減してしまう可能性もある。いづれにしても、消費者にとっては、よりいいものが、より安く手に入りやすい環境が整ってきた。

1年前のこのコラムでiPadのことを書いたとき、「今後iPad用の面白いアプリケーションが充実してきて、新聞や雑誌もiPadを使ってビデオなどを含めた新しい形のメディアに変身し始めたら、それがおそらく多くの人にとって、iPadの買い時だろう。」と書いた。iPad 2の登場で、まさしくその時が来たように感じる。

  黒田 豊

(2011年4月)

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