AppleとSamsungの特許訴訟

8月24日、私の住む地元San Joseで、AppleとSamsungの特許訴訟の評決が出された。結果はAppleの完勝、地元紙一面トップの見出しは「Apple’s $1billion win」だ。Appleの求めた賠償金額$2.5 bil.には及ばないが、$1.049 bil.(約800億円)という大きな額の賠償金が認められた。このニュースは日本でも大きく報道されたので、ご存知の方も多いだろう。AppleのSamsungに対するこの特許訴訟は、Appleがここ数年高収益を上げ、株式時価総額で世界一になる元となった、iPhone、iPadに対し、Google Android OSを使ったSamsungが、Appleの持ついくつかの特許に抵触するという訴訟だ。

Appleは、Samsungからかなりの部品供給を受けており、お互い大事なパートナーでもあるが、この裁判では判事が事前に勧めた示談にも応じず、評決にまでいたった。Appleはこの評決を受け、特許侵害となったSamsungの製品8機種の米国での販売差し止め申請を行った。ちなみにSamsungは、スマートフォンの通信部分等について、Appleを逆提訴していたが、こちらはすべて違反なしとの結果となった。

Google Android OSを使った製品はSamsungだけでなく、多くの会社から出されており、Appleはそれぞれの会社に対して、同様の訴訟を起こしている。Appleがこのような訴訟を起こしたのは数年前だが、当時、Appleの亡きSteve Jobs社長は、Googleに真似されたことに怒りをぶちまけ、彼の死後出版された自伝でも、Appleの持てる財産全部を使ってでも、徹底的にGoogleのこのiPhoneやiPadをコピーしたことをたたきつぶす、と言っていた。

ここまで今回のことに怒りをぶちまけるのには、昔のパソコンでのグラフィック・ユーザー・インターフェース(GUI)での悪い思い出があるからだろうというWall Street Journal紙の論説には、納得がいく。パソコン市場で現在のような、使いやすいGUIを本格的に取り入れたのは、Appleが最初だった。ところが、その数年後、MicrosoftがWindowsを出し、失敗を繰り返しながらも、ようやくその第3版で世の中に認められ、その後のパソコン業界の展開は、ご存知のとおりMicrosoftの圧勝だ。同じようなことを、今回Googleにされてはたまらない、ということだ。実際、今年第2四半期では、Android OSの市場シェアが約64%になり、Apple iOSの約19%に大きく水を開けている。

では、Appleは何故Googleではなく、Samsungや他のスマートフォン・メーカーに対して訴訟を起こしているのかというと、明確な説明はないが、GoogleのAndroid OSは無料で配布されており、賠償金請求の基礎となるものがないため、というのが、ひとつの説明だ。その結果、AppleはGoogle一社の代わりに、たくさんの会社を相手に訴訟を起こすことになった。また、今回の評決は、米国での訴訟に対してだが、他のいろいろな国でも同様の訴訟が起こされている。さらに、今回の訴訟は数年前に発表された古いモデルの製品に対するもので、最近の製品に対する訴訟はこれからだ。今回の評決も、Samsungが控訴する可能性は高く、世界各国での訴訟を考えると、まだまだ先は長い。しかし、今回の評決が、今後の裁判に大きな影響を及ぼすことは間違いない。

iPhoneやiPadと、そのあと出てきたAndroidをベースとした製品は、確かにかなり似ている。そっくりと言っても言い過ぎではないだろう。Appleは法廷で、Samsungの社内資料や社内メールから、明らかにAppleを真似て製品を作ろうとした、という点を論点に展開した。一方のSamsungは、コピーしていない、ということを証明するのではなく、そもそもiPhone等に使われている技術は、Apple独自のものではなく、日本のソニーや三菱電機にヒントを得たものなので、Appleの特許はそもそも無効だ、という主張を展開した。

Samsungは、自社製品を作るにあたり、Samsung幹部の言葉にあるように、Appleに比べ、そのデザインには天と地ほどの差がある、と考えていたようだ。そして、特許がそもそも無効である、という考え方のもと、製品を開発した模様で、新聞等でも、Samsungは計算されたリスク(calculated risk)を取ってビジネスを行い、それが大きく裏目に出た、という評価をされている。GoogleはSamsungに対し、製品が似すぎていて問題になるのではないかと警告したにもかかわらず、Samsungがそれを無視したという話も、評決に大きな影響を及ぼしたようだ。AppleはSamsungに、問題となっている特許を有料で提供する提案をしたが、Samsungはこれを断り、もし今回の賠償金額がそのまま通れば、断った特許使用料の倍以上を支払い、さらに会社のイメージダウンという大きな損害を被ったことになる。

今後、控訴審があり、最終決着までには、まだ時間がかかるかもしれないが、賠償金額に変更が加わる可能性はあるものの、この評決内容が大きく覆されることは、まずないだろうというのが、大方の見方だ。では、この評決が今後のスマートフォン、タブレット市場にどのような影響を及ぼすか。これについては、いろいろな意見が飛び交っている。

まず、これでAndroidの将来が危うくなる、という意見はほとんどなく、今後もAppleのiOSとAndroid OSを中心にこの業界が進んでいくだろうと、私も考えている。これは、Appleのパテントに抵触しない形で、同様の機能を持たせることは、それほど難しくない、という意見が多いからだ。ただ、そのようなことをするために、よけいな費用がかかり、また、これまでの特許侵害に対する賠償金支払いの必要も生じるかもしれないので、結果として、Android OSを使った製品が多少値上がりする、また、新機種開発期間が長くなる、ということは十分考えられる。この機会にMicrosoftがモバイル分野で勢力を伸ばす可能性もあるが、現段階では、スマートフォン上で使えるアプリケーション数で、AppleやAndroid OS陣営に大きく遅れをとっているため、残念ながらそのような兆しは見られない。

その一方、Samsungは、今後Apple製品にない、独自の機能を加えたものをどんどん出してくる可能性がある。実際、この訴訟が起こされてから、Samsungは、Apple製品にない、独自なものとして、Galaxy Note phabletなどを出してきている。これらを見て、この訴訟はSamsungにとって、短期的にはイメージダウンなどはあるにしろ、長期的には、独自にイノベーションに取り組むいい機会となり、Samsungを強くする可能性を秘めているという評価も聞かれる。

このような業界の今後についての話だけでなく、そもそも米国の特許制度に大きな曲がり角が来ている、という発言も多く聞かれる。最近は、どんな細かいことでも、各メーカーは特許申請し、それらが特許として認められる場合が多い。そのため、何か新しいものを作ろうとすると、それに関連した特許を調べるだけでも大変だし、それらに抵触しないようにするのも、容易なことではない。そのため、いちいち特許訴訟を起こしていたのでは、訴訟費用が膨大になるため、企業同士で特許のクロスライセンスを行うなどして対応しているのが現状だ。それでも特許訴訟はあとを絶たず、その訴訟費用は膨大なものだ。

今回の訴訟でも、Apple、Samsung両社は、それぞれの弁護士に対して$5 mil.(約4億円)から、成功報酬を含めると$100 mil. (約80億円)支払っただろう、というのが新聞等による評価だ。最近は米国の弁護士も数が増えすぎ、弁護士になれば簡単に金持ちになれる、という時代ではなくなったが、このような大きな案件を見ると、まだまだ米国は訴訟の国、という印象は強い。

  黒田 豊

(2012年9月)

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