いよいよテレビがいつでも、どこでも見られる時代に

テレビ番組がインターネット経由で見られるようになったのは、米国では、もう7年くらい前からのことだと記憶している。最初は大手テレビ局4社がそれぞれのウェブサイトで、夜の番組を翌日から無料でインターネット経由で見られるようにしたのが始まりだ。その後、大手テレビ局3社が出資して作ったHuluでも、テレビ番組が見られるようになり、こちらは日本でも有料でサービスを提供している。

米国では、それ以外でも、通販ビデオレンタルで有名になったNetflix(2012年6月の記事参照)が、映画に加え、テレビ番組も多く提供するようになり、さらに通販ではなく、現在はインターネット経由のストリーミング・サービス提供が中心になっている。Netflixは現在、夜の時間帯で、米国のインターネット・トラフィックの1/3を使っているとまで言われている。それ以外にも、Amazon.comなど、いくつもの会社がテレビ番組をインターネット経由で提供している。

ただ、これまでのテレビ番組提供は、番組放送の翌日から、というものがほとんどで、番組放送時にテレビ放送以外でその番組を見ようとしても、それが可能なのは、限られた番組だけだった。そのため、テレビ放送をインターネット経由で転送する機器やサービスが出現していた。転送する機器として有名なのはSlingboxで、テレビに取り付け、テレビで視聴しているものを、そのままインターネットで好きなところに転送する、というものだ。これは、少なくとも個人で使う限り、米国では著作権等の問題も起こらず、機器販売ビジネスとして成り立っている。ただし、比較的簡単な機器のため、インターネットを経由すると、その画像の解像度があまりよくなく、常にこの形で見るというのは、ユーザーにとって少々不満の残るソリューションだ。似たような機器を使って、インターネット経由でテレビ番組を海外に提供するサービスを行っていた日本の2社は、著作権侵害で訴えられ、裁判で敗れている。

比較的最近、米国で出てきたものとしては、Aereoというものがあり、これは、この会社がテレビ放送を受信する小さなアンテナをユーザーごとにセンターで準備し、そこで受信した電波をそのままインターネット経由で転送し、ユーザーのパソコン、タブレット、スマートフォンなどに提供してくれるサービスだ。Apple TVやRokuなどのサードパーティ・ボックス経由で、テレビ画面に出すこともできる。こちらは、Slingboxなどと異なり、Aereoのセンターからインターネット経由で送信してくれるので、画像が鮮明になるような技術なども駆使し、さらにビデオの録画再生等も可能にするサービスがついている。これによって、地上波で提供されている、4大テレビ局を含む数十チャンネルは、すべていつでも、どこでも見ることが可能になった。しかも、このサービス、月8ドルと安いので、ユーザーに人気だ。ただし、サービス地域は現在のところニューヨークとボストン地区と、米国の一部地域に限られている。

しかし、このサービスに対して、大手テレビ局が問題視し、サービス停止を求め、現在訴訟を起こしている。テレビ局としては、自社で、あるいは契約先のHuluなどから直接インターネット経由でテレビ番組を配信すれば、広告収入、契約収入を得られるだけでなく、特に自社サイトからの配信の場合、ユーザーの視聴動向が直接つかめ、今後、それをターゲット広告などのために高く売ることが可能となる。Aereoのサービスは、このようなテレビ局のビジネスに、大きな障害となるためだ。

一方、テレビ局で積極的に生放送をインターネット経由でストリーミング配信しているところも増えている。スポーツ専用チャンネルとして有名なESPNもその一つだ。パソコンならWatchESPN.comで、タブレットやスマートフォンでは、WatchESPNアプリでESPNの番組を生で見ることができる。ただし、ESPNは、地上波では送信されておらず、ケーブルテレビ等の有料テレビ放送でしか見られないため、そちらの契約をしている人たちのみに無料で提供している。

ESPNは、ケーブルテレビ等の契約をしていない人たちにも、独自にESPNと契約すれば、インターネット経由で番組を見ることができるものも用意している。ESPNは、テレビ局として、新しいインターネットの世界で、いかにビジネスをうまくやっていくかを考え、他社に先行してそれを実現している。このような形をとっておけば、消費者がケーブルテレビ等から離れ、インターネット経由で番組を見る時代が来ても、ユーザーをしっかり確保し、さらにユーザーの視聴状況を把握して、ターゲット広告が可能になる。その地盤を、早くから固めようとしている。

一般の大手テレビ局も、ESPNのこのような動向を目の当たりにし、またAereoのようなサービスにユーザーが魅力を感じていることに注目し、ようやくテレビ番組の生放送をインターネット経由で開始しはじめている。昨年のロンドン・オリンピックのときには、放送権を持つNBCが、テレビに放映されない競技を含め、すべての競技をインターネット経由で生で同時にストリーミング配信した。それ以外でも、アメリカン・フットボール王座決定戦のスーパーボウル、ゴルフのマスターズ・トーナメントなども、生で、しかも複数カメラアングルなど、インターネットならではのサービスを提供し、ストリーミング配信している。

オリンピックやスーパーボウルのような、特別なイベントだけでなく、通常のテレビ放送をすべて番組放送時に、同時にインターネット経由でストリーミング配信することも、いよいよはじまった。大手テレビ局の一つABCは、すべての番組を同時にインターネット経由で提供するWatchABCをこの5月、一部地域で開始した。すでに他のいくつかのテレビ局も追随している。

この動きはどんどん加速し、テレビ番組はどれでも、いつでも、どこでも見られるようになることは、間違いない。米国では、その日が間近に迫っていることが強く感じられる。

その一方で、日本はどうか。相変わらずテレビ番組でインターネット経由で見られるものは、まだまだわずかだ。その結果、非合法にテレビ番組をインターネット経由で配信するものが、いろいろあるようだ。また、テレビ以外の端末での番組視聴は、放送の範囲内で、タブレットやスマートフォンで番組を見る取り組みとなっている。多少画質の悪いワンセグ、有料のNOTTV、また、最近新聞発表された、新たに開発する専用テレビで受信したものをインターネット経由でタブレットやスマートフォンに転送するものなど、いずれも、これまでの放送の延長であり、新しいインターネットの世界に適合したものというよりも、当座の暫定的な対応、というように米国の現状から考えると見えてしまう。

このような対応で、新しいテレビが売れたり、新しいNOTTVサービスが売れれば、テレビメーカーや通信サービス会社にとってはうれしい話かもしれないが、コンテンツを持っているテレビ局、またコンテンツの著作者であるプロダクションにとっては、大きなビジネスチャンスをみすみす逃しているように見えて仕方がない。現状のビジネスモデルの延長で物を考えていたのでは、これから来る大きな変革に対して、負け組になってしまうのではないだろうか。

  黒田 豊

(2013年6月)

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