Facebookによる超大型買収
2月19日、シリコンバレーをびっくりさせる超大型買収がFacebookから発表された。新聞の見出しも、「Deal Makes Valley History」(シリコンバレーの歴史に残る買収)や、「The Bomb That Shook Silicon
Valley」(シリコンバレーを揺るがした爆弾)など、その超大型さがうかがえる。Facebookがモバイルのメッセージング・サービスで急進しているWhatsAppを$19 bil.(約1兆9000億円)で買収すると発表したのだ。これは、シリコンバレーでもこれまでにない、最大のベンチャー企業買収だ。WhatsAppという会社、2009年に設立された、まだ5年の会社で、売上高は$20
mil.(約20億円)程度と言われている。社員数はわずか55人。そして、買収話をもちかけてから2週間もたたないうちの契約。まさに驚きの買収劇だ。
この買収、特にその金額について、大きな話題となっている。この買収は、何年かのちに、大きな失敗だったと言われるだろうと明言している人もいれば、買収金額は驚くほど大きいが、そのユーザー数、成長速度、将来性を考えると、高過ぎはしない、という意見もある。株価の反応も、買収発表直後は、買収金額が大き過ぎると見た人の売りで一時下がったが、その後すぐに持ち直し、むしろ上向いている。いずれにしても、Facebookがどうしてもこの分野に参入したかったことの表れであることは、誰も異論を挟む余地はない。
WhatsAppの提供するサービスは、基本的にスマートフォンを使ったメッセージング・サービスだ。メッセージング・サービスといえば、携帯電話会社も提供しているサービスだが、これは料金が高く、これに対し、WhatsAppは最初の1年は無料、その後も1年に99セント(約99円)と格安だ。その上、広告もなく、メッセージは相手に届いたらサーバーから消える仕組みになっているので、プライバシー上の心配も少ない。メッセージだけでなく、写真やビデオの送信も可能、またグループでのチャットも可能だが、機能的には比較的シンプルだ。
むしろこのシンプルさが受け、そして電話会社のようにお金がかからないということで、特に若いティーンエージャーなどがよく使っている。米国の15-24才のユーザーで、毎日使っている人の割合が70%というのは、きわめて高い数字だ。ちなみにFacebookは61%という数字が出ているので、それに比べても高い数字だ。
サービス開始は2009年だが、その成長の早さは、Facebookと比べても格段に早い。すでに世界で4億5000万ユーザーを持ち、この9ヶ月で2倍となり、毎日100万ユーザー増えているという。このペースで行くと2年以内に10億ユーザーに達する。SNS最大のFacebookは、この2月4日に10周年を迎え、そのユーザー数は世界で12億だ。数年後には、これを超えてしまうことになるかもしれない。また、昨年上場して話題となったTwitterは、ユーザー数2億4100万で、WhatsAppは、すでにその倍近いユーザーを持っている。Twitterはいまだに赤字を続けているが、WhatsAppは創業1年目から利益を出していたといわれている。ただし、TwitterはWhatsAppの約33倍、$665
mil.の売上がある。
$19 bil.という買収金額が高過ぎないという意見のもととなっているのは、上のようなユーザー数拡大のスピードだけではない。Twitterは、昨年株式上場し、時価総額は約$30 bil.だ。それに比べれば、ユーザー数を倍近く持つWhatsAppが$19
bil.でも金額的にそれほど不釣合いではない。また、ユーザー1人当たりの価値、という考え方で見ると、WhatsAppは一人あたり約$42という計算になる。一方、Twitterのユーザー1人当たりの価値は、時価総額から算出すると約$124、Facebookの場合は、約$145となる。どちらにしても、FacebookはWhatsAppの「ユーザー」を買った、というのが実際のところだ。
Facebookはモバイル分野での遅れを取り戻そうと、ここのところ躍起になっている。モバイル広告面では、昨年その売り上げが大きく伸びたが、特に若いユーザーがFacebookをはなれ、新興のSnapChatやWhatsAppに流れていることに危機感を持っている。そのため昨年、SnapChatを$3
bil.(約3000億円)で買収しようとしたが、金額が折り合わず、失敗に終わっている。そこで、今回はどうしてもWhatsAppを買収したいということで、このような金額になったと思われる。ちなみにGoogleも、この分野での買収を検討しており、うわさだがSnapChatには$4 bil.、WhatsAppには$10 bil.の買収提案をしたとも言われている。
WhatsAppはユーザーを急激に増やし、この分野では世界で最大となっているが、競合がいないわけではない。アジアでは、むしろWhatsApp以外の3社が市場で大きな地位を占めている。日本で有名なLINE、中国ではWeChat、韓国ではKakaoTalk。いずれも世界で、3億5000万、2億7200万、1億3300万、というユーザー数を誇っており、WhatsAppと比べてもそれほど遜色はない。また、LINEのようにゲーム関連グッズ(ゲームで使うツールなど)販売による収入などを得ている会社もある。ちなみにLINEは、LINE事業からの売り上げが昨年343億円、10-12月期だけでも122億円あり、前年の5.5倍に膨れ上がっている。アジアでは、この3社の牙城を崩すことは、容易ではなさそうだ。
FacebookやGoogleが買収を試みたSnapchatや、2月はじめに日本の楽天が買収したViberも競合だ。ちなみに楽天は3億ユーザーを持つViberを$900 mil.(約900億円)で買収しており、ユーザー一人当たりの買収金額として単純比較すると、$3となり、WhatsAppに比べるとかなり安い。
WhatsAppの特徴は、シンプルで広告がなく、通信されたメッセージは保管しない、というところにある。これは創業者がYahooでの経験から、広告のためにソフトウェア開発に労力をかけても、ユーザーの利益にならないため、広告は入れたくないという強い意志がある。また、メッセージを保管せず、プライバシーに気を使うのは、ウクライナで盗聴などをされていた経験からという。
これに対し、Facebookはユーザー情報を集め、それをもとに効果的な広告を出すことにより、売り上げを伸ばしている。この相反する考え方の会社が、これからどのようにうまく融合していくかが注目される。場合によっては、融合させるのではなく、それぞれ独立したビジネスとしてそのまま発展させ、会社としては、持株会社的になっていく可能性もある。GEが行っているような、いわゆるコングロマリッド戦略のビジネスモデルだ。少なくとも最初の段階では、WhatsAppの独立性を保証し、そのような形での運用になる模様だ。
ところで、WhatsAppのCEOであるJan Koum氏は、ウクライナからの移民で、1992年に母親と祖母とともにシリコンバレーに移ってきた(父親は後に来る予定だったが、その前に亡くなった)。そのときはとても貧乏で、家族はフードスタンプ(food
stamp)という、低所得者に食料購入を補助する米国政府の社会福祉制度に頼る状態だった。その後、大学の途中でYahooで働き、そのとき、後に一緒にWhatsAppを立ち上げるBrian
Actonとも知り合った。そしてYahooを2人でやめたとき、いろいろな会社に応募し、その中にはFacebookも入っていたようだが、断られ、自分たちでWhatsAppを起こすことにしたという。その会社がFacebookに$19 bil.で買収されることになるとは、不思議なめぐり合わせだ。シリコンバレーのシンデレラ物語は多いが、そのトップ10に入ることは間違いないだろう。
黒田 豊
(2014年3月)
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