iWatchではないApple Watchいよいよ発売へ
3月9日、サンフランシスコでAppleの新製品発表イベントが行われた。事前の予想どおり、昨年9月9日に発表したApple Watchの発売についてだ。ちょうどその発表から6ヶ月になる。今回の発表は、ほぼ全面的にApple Watchのことかと思われたが、実はそうではなかった。その他にも、いくつか重要な発表があった。より薄型になったパソコンのMac
Airの発表、また、Netflixの日本進出発表で注目されるインターネット・ビデオ配信分野でも、米国有力エンターテイメント・テレビ局のHBOとの独占配信契約、また、ヘルスケア分野でヘルスケアの試行テストをiPhoneユーザーが参加できるようにする仕組みResearchKitなどだ。
しかし、今回のコラムはApple Watchについて見てみたい。発売日は4月24日、予約は4月10日から受け付ける。機能的には、昨年10月のコラムでも紹介しているが、先行している他社のスマートウォッチに比べ、Digital Crown、Digital
Touch、Watchを使った電話のやり取りなどの機能があり、製品としての完成度も高いと言われているが、決定的な差があるものではない。むしろ、違いは、製品のポジショニングにある。
Apple
Watchは、最低価格のものでも$349(約41,900円)と、他社のものに比べ、かなり高価だ。そして、18金を使ったものは、$10,000(約120万円)以上という。これは、もはや情報機器というジャンルの製品ではない。テクノロジーとファッションの中間の市場を狙ったもの、と言われる所以だ。それを示しているのが、その名前で、これまでiPod、iPhone、iPadときていた、iを頭につけた名前ではなく、Apple
Watchとしている。単なる情報機器ではないですよ、というAppleのメッセージだろう。
Appleは、もともとスマートフォンにしても、ほかの製品にしても、高価格、高級ブランドのイメージをつくり、市場シェアを追うのではなく、高い利益率を上げ、その結果、会社の株価もどんどん上がって、最も時価総額の高い会社にまでなっている。今回のApple Watchも、業界関係者の予測によると、利益のマージンは、39 –
44%程度と、Apple製品の中でも、もっとも高いものに位置するとのことだ。
では、そのような価格でApple Watchは本当に売れるのか? 最初は、ともかくAppleから新しい製品が出たら並んででも買うようなAppleファンが世界にたくさんおり、まずそれだけでも発売当初はかなり売れるだろうと予想されている。Appleは最初の3ヶ月で500万から600万台のApple
Watchを出荷できるように準備しているといわれている。実は昨年1年間で売られたすべてのスマートウォッチの数は460万台、Googleが発表したAndroid Wearを使ったものは、わずか72万台だ。これまでにスマートウォッチがあまり売れなかったのは、製品の評判が今ひとつだったことに加え、まずはApple
Watchが出てくるのを待ってみよう、という心理が働いていることも一因だが、これまでの販売実績に比べると、少なくとも発売当初は、相当売れると見込んでいる。
問題なのは、Appleファンの人たちが買ったあと、大勢の一般の人たちが、iPhoneを買ったようにApple Watchを買うだろうか、という点だ。一般の人たちは、Apple Watchは本当に必要なものだろうか、本当に自分たちの生活を便利にしてくれるものだろうか、そして、高価な金額の価値はあるのだろうか、という疑問を投げかけてくる。そういう意味では正直、私も疑問がある。
Apple Watchはいろいろな機能を、腕時計という便利に使える形にしている。しかし、iPhoneの代わりになるものではない。iPhoneを最初に買ったとき、多くの人は、これまでのガラケイ(スマートフォンでない通常の携帯電話)を買うか、iPhoneのようなスマートフォンにすべきか考え、買った人が多かったのではないだろうか? しかし、今度はiPhoneの代わりにApple
Watchを買う、という話ではない。逆に、Apple Watchの機能を使おうと思えば、ほとんどの場合、iPhoneを一緒に持っている必要がある。つまり、Apple WatchはiPhoneの付属品ということだ。しかも、iPhoneを買う場合は、通信サービス会社と2年契約などを結べば、価格はかなり下がったが、Apple Watchでは、そのようなことはない。
Apple
Watchがあれば、確かにiPhoneを頻繁にポケットやバッグから取り出して使う手間は省ける。iPhoneを頻繁に使う人たちにとっては、便利なものとなるだろう。腕時計を顔の近くに持ってきて、その画面を見たり、それを使って会話するなど、昔テレビの子供番組やSF番組でやっていたことが、実際にできるようになるので、わくわくしてくる、という人も少なくないかもしれない。それにしても、少々高い金額だ。私の勝手な予想では、おそらくAppleはまず、このような価格でも買いたい、というApple大好きな人たちを取り込み、もし半年後あたりに売り上げがのび悩んだら、そこで価格の調整をすることを考えているのではないだろうか。価格政策でいう、クリーム・スキミング政策だ。これは個人的な期待もこめての予想だが。
もうひとつの注目は、ファッション業界から幹部2人を引き抜き、Apple
Watchをファッション重視の製品にした点だ。それにしても、18金を使った$10,000を越えるものを、一体誰が買うのだろうか、という疑問が生まれる。この価格は、明らかに機能性ではなく、ファッション性、そして、高価なものを持っているという優越感に訴える戦略だ。これを見て、Appleは高級時計のRolexに挑戦しようとしている、とも言われている。しかし問題は、Rolexの時計は、一度買えば何年、何十年と使えるのに対し、Apple
Watchは、どんどん新しい機能を加えた新機種が出てくることを考えると、最初に買ったものを何十年も使う、ということは考えられない。なので、一体だれが買うのだろうか、という話になってくる。
そこで注目されるのは、中国市場だ。いまや中国人のお金持ちは大変多く、日本や米国でも不動産や会社をたくさん買っているとの評判だ。それを考えると、確かに$10,000モデルは、中国市場が狙いの製品かもしれない。その証拠とも受け取れるのは、今回の発表でも見て取れる。発表の最初にビデオが映されたが、それは中国に最近新しくオープンしたApple Storeを紹介するものだった。そして、Apple
Watchのアプリの紹介のとき、今ホットなメッセージング・サービスで紹介されたのは、中国のチャットソフトWeChatだ。Appleにとって、そしてApple Watchにとって、中国市場が重要な市場であることは、間違いない。
さて、Apple Watchは一般消費者にどれくらい売れるか。この疑問に今の段階で答えるのは、なかなか難しいが、大きな鍵を握っているのは、どれくらい魅力的なアプリが登場するかだ。もともとAppleはApple
Watchをヘルスケアでかなり先進的なものにしようとしていた。ところが残念ながら得られるデータの信頼性等の問題で、今回はそれが実現しなかった。また、特別なキラーアプリがない代わりに、できるだけ色々なアプリを用意し、それぞれのユーザーにほしいものを提供できるようにしようとしている。そのため、開発者向けに情報をオープンにし、アプリ開発を促している。発売時には、数千のアプリが用意されると言っており、Facebook、Twitter、MLB(大リーグ)、アメリカン航空、Uber(車のシェアリング)など有名どころが紹介されていた。
もうひとつは、最初の半年で購入する人たちがどのような使い方をし、それが他の一般の人にどれくらい魅力的なものに映るかだ。バッテリーを充電しないで使える時間は、Appleは18時間くらいといっているが、これも使い方次第なので、最初の、どちらかというとヘビーユーザーと思われる人たちから、バッテリー使用時間に苦情が出てこないかも、一つの注目点だ。
Appleから5年ぶりに出てきた新しい製品のApple Watch。つい買ってみたい気もするし、冷静に考えると、もう少し待ったほうがいいようにも思える。さて、あなたは、どうしますか?
黒田 豊
(2015年4月)
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