指数関数的に進化するテクノロジーの行方

先日、あるセミナーで、首題のような話があり、考えさせられる内容だったので、私の個人的なコメントを交えながら、紹介したい。話をしたのは、スタンフォード大学フェローのWadhwa氏。話は指数関数的に進化するとは、どういうことかを実感するところから始まった。

これは、わかりやすく言うと、数字が倍々になっていくことだ。彼の話の例で行くと、たとえば、1歩で(計算が簡単なように)1メートル進むとして30歩あるくと、30メートル進むが、これを指数関数的に1歩の距離を長くしていくとどうなるか。最初は1メートル、次は2メートル、次は4、その次は8メートルだ。ここまでだと大したことはないが、これを30歩進めると、大変な距離になる。計算すると10億メートルを超え、これは地球を24回まわる距離になる。指数関数的にテクノロジーが進化するということは、これだけすごいことが起こっている、ということだ。

指数関数的なテクノロジーの進化で有名なものとして、大規模集積回路(LSI)に関するムーアの法則がある。1965年に彼が予測したときは、毎年LSIに組み込まれるトランジスターの数は倍になる、というものだった。まさしく指数関数的な進化そのものだ。その後、1975年には、その先10年は、毎年ではなく、2年でLSIに組み込まれるトランジスターの数が倍になると予測を修正し、実際にそれがほぼ現実となっている。

私自身のコンピューター業界での経験から言っても、数十年前に大型コンピューターのメモリーサイズがわずか32KBほどしかなかったものから、いまはパソコンでも数GBと、10万倍以上になり、価格もおそらく1万分の1くらいになっているのではないかと思われる。指数関数そのものよりは、やや遅いペースかもしれないが、ここ数十年でのテクノロジーの進化は、それ以前の進化に比べ、飛躍的に速くなっていることは、見て取れる。

さきほどのWadhwa氏の計算で行くと、2023年には、LSIチップは人間と同じレベルに達し、2030年には何と人類すべての人の能力になるという。何やら恐ろしいような、あまり現実的でないような話にも聞こえるが、それが、われわれ皆が生きているうちに起こりそうなくらい、いまのテクノロジーの進化のスピードは、とてつもなく速い、ということだ。

実際、最近人工知能(AI)が大きな話題となっているが、その一つの理由は、これまで計算速度が遅くてできなかったことが、できるようになったため、これまで使えなかったAI技術が使えるようになった、ということがある。AI活用でよく話題になる、ビッグデータについてもしかりだ。扱うことのできるデータ量が、これまでに比べ、飛躍的に伸び、いままで分析できなかったようなことが、次々と可能になってきている。

AIでよく話題になるのは、チェスや将棋で人間のプロに勝てるかどうか、というものだ。IBMがディープ・ブルーという名前のコンピューター・システムで、チェスの世界王者を破ったのが1997年。将棋の世界でも、2010年代に入って、AIシステムがプロ棋士を破っている。チェスや将棋では、打てる手の数がある程度限られているので、コンピューターはそのすべての手を読んで打つことができ、処理速度が速くなれば、プロ棋士に勝つだろうことは、容易に想像されていた。

しかし、囲碁は打てる手の数が将棋やチェスにくらべ、けた違いに多いため(一説では10の360乗)、すべての手を読んで最善の手を見つけることは、まだまだできない。人間のようにこれまでの経験とその場の状況を判断して、最善の手を打っていくことになる。しかし、この囲碁の世界でも、つい最近、グーグルの作ったコンピューター・システムが囲碁のトッププロを破った、ということが大きな話題になった。これは、AIも人間のようにいろいろな経験から学ぶ機会学習(マシンラーニング)、さらにそれが進化したディープ・ラーニング技術が、ここに来て、急激に進んできたからだ。

IBMは、数年前にワトソンというAIのコンピューター・システムを構築し、クイズ番組で、その優勝者に勝って話題になったが、この技術をいろいろな分野で活用しようとしている。その最初はヘルスケア分野で、これまでのあらゆる事例を記憶し、患者の状況から、どんな病気であるかの判断、また、最善の治療方法を提言しようとしている。いまのところ、医者への助言という役割で、最終的な判断は医者が行うが、そのうち、ワトソンの判断のほうが正しい確率が高い、という日が来ることも容易に想像され、現在のテクノロジーの急速な進化を考えると、それは、もう遠くないと考えられる。

人の遺伝子解析も、つい数年前にできるようになり、しかし数百万円かかる、などと言われていたと思ったら、今は数万円程度で、かなりのことがわかるようになってきているし、もっと安くできるものもあるかもしれない。今後さらに価格が下がれば、遺伝子解析を行って、その人にあった、高い効果で副作用の少ない薬を処方してもらうことも、もうすぐそこまで来ているようだ。

エネルギーの世界でも、太陽光発電のコストがこのままどんどん下がれば、化石燃料や原子力を使わなくても、十分なエネルギーを得ることができる世の中が来るとWadhwa氏は言う。そして、エネルギーがただに近い状況になれば、海水の淡水化も簡単にでき、水不足や汚染水による病気も防げると。彼の話は、さらに金融システムの変革、仮想現実(Virtual Reality)によるユーザー・エクスペリエンスの変革、3Dプリンターを使った製造改革など、次々に広がっていった。面白かったものの一つに、一家に必ずある郵便受に加え、ドローンで何かを運んできて入れる、ドローンボックスが各家庭に付くようになるのではないか、というものもあった。夢のような話も多いが、今の急速なテクノロジーの進化が続けば、これが5-15年後には実現するだろうと彼は予測する。

テクノロジーの使い方は、このような世の中に役立つ使い方だけでなく、戦争や犯罪など、負の使い方もあり、人間社会が、それをどのように使っていくか、社会全体でよく考えていく必要がある。また、現実的なビジネスの可否、政府の規制、人々のテクノロジーへの適用の仕方によって、テクノロジーがどれだけ世の中に役立つ使われ方をするか、また、どれくらいの早さで実現していくかは、大きく変わるだろう。

大きなテクノロジーの変革、世の中の変革が起こるとき、市場での主力プレーヤー(会社)が変わり、新しいプレーヤーが登場し、以前からのプレーヤーが市場から退場する場合が多い。新しい企業には大きなチャンス、既存企業は、変革の波に遅れないよう、イノベーションを起こしていくことを忘れてはならない。いづれにしても、われわれは、このような過去にない急速なテクノロジー進化の時代に生きていることを再認識し、それとどう向き合っていくか、個人としても、企業としても、そして社会全体としても、多くのことを考えていく必要があることを考えさせられるものだ。

  黒田 豊

(2016年3月)

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