Disney+ストリーミング・サービス、いよいよ登場

2年前に発表され、数か月前のディズニー・ファンクラブD23イベントで事前割引契約が可能になった、ディズニーのストリーミング・サービスDisney+が11月12日、米国、カナダ、オランダで開始された。今後、順次世界中に広げていく予定だ。実は日本では、ディズニーがNTTドコモと独自契約し、ディズニー・デラックスという類似のサービスを700円/月(税別)ですでに提供しているようだが、米国では、そのことを知っている人はほとんどおらず、メディア報道にも何も出てきていない。ディズニーもこれについては、特に今回何も言及していない。将来的にはドコモ・ユーザーだけではなく、ディズニーと直接契約するDisney+に、日本でも移行していくものと思われる。

Disney+は、昔からのディズニー作品だけでなく、スターウォーズ、ピクサー、マーベル、20世紀フォックスの映画500タイトルとテレビ番組エピソード7,500を持つ、コンテンツに圧倒的な強みのあるサービスだ。すべてのコンテンツをファミリー向けのものとし、持っているコンテンツでもファミリー向けでないものは、含めていない。価格は$6.99/月と、現在ストリーミング・サービスでトップを行くNetflixの最も一般的な料金$12.99/月に比べても、かなり安価だ。

そのため、前人気も高く、初日からすでに契約者は1000万を超えているという。初日は予想を超えるアクセスが集中したため、技術的な混乱もあったようだが、それもその日のうちに解決し、極めて順調な滑り出しだ。メディアやコメンテーターからの評判もとても良い。事前に発表されていたコンテンツや価格から、すでに高い評判だったが、実際当日使ってみて、その使いやすさ、ユーザー・エクスペリエンス(UX)のよさも高い評価を得ている。Disney+独自のUXを構築したというよりも、NetflixのUXとかなり似ているとのことだが、これについても、先行する会社の経験から学習し、いいものは素直に取り入れた結果ということで、高い評価を得ている。

ストリーミング・サービスが、これまでのテレビ番組や映画の見方を大きく変革してきていることは、このコラムでも何度か書いている。Netflixに加え、AmazonがPrime メンバーに無料で提供しているもの、テレビ局数社で設立し、いまはディズニーが経営権を握っているHulu、それにYouTube TV、スポーツ番組を中心にしているESPN+、米国で有名な娯楽番組放送局によるHBO NOWなどがある。大手では、Appleが11月1日にApple TV+というストリーミング・サービスを開始し、先行する企業に対抗しようとしている。来年になれば、さらに通信大手のAT&T傘下のWarnerMediaがHBO Maxを、またケーブルテレビ大手のComcastが傘下のNBCUniversalによるPeacockというサービスを予定している。

このホットな市場に次々と大手が参入してきているが、その一方、早くも退場する会社も出てきている。SonyはPlayStation Vuというサービスを4年前に立ち上げたが、Apple TV+が開始される数日前の10月29日、サービス終了を発表し、来年1月30日をもってその活動を終える。大きな理由として挙げられたのは、コンテンツを配信するための契約金額の高さだ。PlayStationは引き続きインターネットに接続して、他社のサービスを提供するが、コンテンツを提供するメインのサービスではなく、単なるテレビとインターネットをつなぐデバイスという役割に引き下がる。Sonyをもってしても、4年で撤退を決心させるほど、競争の激しい市場だ。

Apple TV+も、事前に大きな話題となり、いざサービスが開始されると、価格が$4.99/月と、Appleとしては異例の低価格戦略を取り、その点で注目されたが、UXは必ずしも使いやすくなく、コンテンツも現時点では豊富とは言えず、特徴的なものも見当たらないので、Disney+のサービス開始で、影が薄くなってしまった。

各社のストリーミング・サービスを見ると、それぞれの特徴も見えてくる。まず、幅広い分野のコンテンツ全般をカバーしているのがNetflix、Amazon Prime、Hulu、YouTube TV、Apple TV+などだ。来年サービス開始予定のAT&TのHBO Max、ComcastのPeacockもこの範疇だ。いずれも既存コンテンツだけのサービスでは、ユーザーを維持するのが難しいため、独自のコンテンツ制作にも力を入れている。これに対し、ESPN+やHBO NOWなどは、スポーツのみやエンターテイメントのみなど、特定分野に特化したサービスだ。

Disney+はというと、そのどちらとも言えない、ファミリー向け優良コンテンツに特化した、ある程度幅のある独自のサービスと言える。したがって、Netflixなどと直接の競合とは言い難いが、Netflixでファミリー向けのものだけを見ている人たちは、Disney+を契約することにより、Netflixを解約する可能性は十分ある。また、ディズニーはDisney+以外に、スポーツに特化したESPN+、幅広い一般的なテレビ番組などを提供しているHuluを傘下に持っており、この3つをバンドルしたDisney Bundleというものを、$12.99/月で提供するとのことなので、このバンドル・サービスを利用すれば、かなり幅広いコンテンツを見ることができる。ただし、Netflixが独自制作したコンテンツを見たいというのであれば、Netflixとの契約も結ぶ必要がある。

Netflixは独自コンテンツを他社のサービスでは見られないようにしているが、ディズニーもDisney+の開始により、ディズニーのコンテンツはNetflixなどには配信しないことになる。つまり、ディズニー作品やスターウォーズなどをストリーミングで見たい場合には、今後Disney+と契約しないと見られないことになる。現時点では契約のタイミングの問題で、ディズニー作品が他のストリーミング・サービスでも見られるものが多いと思うが、今後は見られなくなってしまう。そうなると、消費者にとっては、いろいろなストリーミング・サービスとそれぞれ契約するか、あるいは各社が独自制作したコンテンツを見るのは一部だけにして、コストを抑えるかの選択が必要になってくる。

各社の競合はコンテンツ・サービスだけの問題にとどまらない。AppleはApple TV、AmazonはAmazon Fire TVという、ストリーミング・サービスをインターネットから受信し、テレビで見られるように接続するデバイスを持っている。ストリーミング・サービスは、スマートフォンやタブレットでも見られるが、最近の傾向としては、テレビで見るのが最も一般的になってきている。そのため、これらのデバイスで、どのストリーミング・サービスのアプリを見られるようにするかは、大きな課題だ。今回のDisney+について、Apple TVでの取り扱いは比較的早い段階で決まったが、 Amazon Fire TVについては話がなかなか進まず、Disney+サービス開始1週間前にようやく契約にこぎつけた形だ。

このような複雑にからんだ各社の競合により、価格競争も激しく、どこの会社もストリーミング・サービス・ビジネスを黒字にもっていくことに苦労している。Disney+にしても、サービス開始後5年にあたる2024年に、契約者6000万から9000万にし、その段階でようやく黒字が達成できるとしている。これには、サービス価格を抑えながら、マーケティングにも力を入れる必要があり、また、独自コンテンツ制作のため、初年度10億ドル、2024年には25億ドルをかける予定という負担もかかってくるからだ。

こんな競合ひしめく市場だが、それでも大手各社が本気で参入しているのは、これまでテレビが米国ではケーブルテレビや衛星放送などの有料放送によって視聴されていたものが、ストリーミング・サービスに大きく取って変わられてきているからだ。今年第3四半期だけを見ても、ケーブルテレビなどの有料放送の契約者数は、174万減少するなど、いわゆるコードカッティングが止まらず、いずれはほとんどの視聴がストリーミング・サービス経由になると予想されているからだ。

このような激しい競争で、大手企業といえども、すべてが生き残るのは、すでにSonyが撤退したことを見てもわかるように、難しいだろう。ストリーミングの場合、一度契約者を確保しても、消費者が他のサービスに切り替えてしまうことは、いとも簡単だ。そのため、一度ユーザーになってくれた人を維持する努力がかかせない。Netflixは、先行者だから強いというだけではない。UXの使いやすさ、そして、視聴者がよく見るコンテンツ・トップ20のうち約75%がNetflix独自コンテンツだということも、その大きな強みだ。

Disney+は初日に契約者1000万を超えたというが、最初の7日間無料、大手電話サービス会社Verizonの一部ユーザーは1年間無料で契約できることもあり、無料期間が過ぎたとき、どれだけの契約が残るかを見る必要がある。ただ、豊富なファミリー・コンテンツを持つDisney+は、一度契約すると、なかなかやめられないものになる可能性も高い。どこがこの厳しいストリーミング・サービス市場で勝ち残るかはわからないが、勝つための大きな要因はコンテンツとUXだろう。その点、圧倒的なコンテンツを持つDisney+は、よほどのことがない限り、勝者の1つとして残る存在だろう。

  黒田 豊

(2019年12月)

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