メタバースはインターネットの次の段階か?

 

ここ数ヶ月、メタバース(Metaverse)という言葉をよく耳にする。すでにご存じの方も多いかもしれないが、この言葉はMetaとUniverseの合成語で、現実世界ではない、コンピュータによって作られた仮想空間のことだ。人々はアバター(avatar)という仮想空間に作られた自分の分身を使って、その中であたかも現実世界のように他の人と交流したり、イベントに参加したり、買い物をしたりできる。メタバースという言葉が最近ホットになってきたのは、Facebookがこれからメタバースに注力し、それを構築する企業になる、と言い出したことがある。そしてFacebookは10月28日、会社名もFacebookからMeta Platforms, Inc.(通称Meta)に変更してしまったため、それが大きく報道され、メタバースという言葉は一気に多くの人に知られることとなった。なお、本コラム記事では、会社名をFacebookのままで記述する。

メタバースという言葉は、Facebookが作ったものではなく、1992年に発表された空想科学小説Snow Crashで、作者のNeal Stephensonが使った言葉だ。最近の報道だけを見ていると、何かこれまでになかったものをFacebookがやり始めたのか、と思う人も多いかもしれない。しかし、このような仮想空間や、アバターなどに以前から興味があった人は、「何か昔、どこかで聞いたことのある話のような気がする」と思う人もいるのではないだろうか? 実は私もその一人で、昔話題になったものが何だったか記憶をたどると、2003年に始まり、2006―2008年ころから騒がれ始めたSecond Lifeにたどり着いた。

Second Lifeは、まさに今言われているメタバースに近いもので、人々はアバターになって、その世界に入り、土地を買って所有したり、知らない人と巡り合ったり、イベントに参加したり、人々が作ったものを購入することもできた。当時はメタバースという言葉ではなく、Virtual Worldと呼ばれていた。私もどんなものか知りたくて、参加したことを記憶している。San Franciscoに本社を置くLinden Labという会社が運営しており、その仮想空間で使える仮想通貨Linden Dollarもあり、いろいろなものを作って販売し、そこで得たLinden Dollarを現実のドルに変換してもらうことも出来た。

2013年頃には常時利用者が100万人を超え、これからさらに大きなものになるだろうと予想されたため、大手各社もこの仮想空間に広告を出すなど、いろいろな形で参加した。またこの仮想空間上のアバターを利用して、遠隔地の人たちとミーティングをやろうという動きもあり、当時IBMの社長が自らアバターを作り、世界各地にいる社員とSecond Life上でミーティングを行ったりもした。しかし、その後ユーザー数は増えず、逆に減少し、いつの間にかSecond Lifeの話を聞かなくなった。もうSecond Lifeは存在しないのかと思っていたが、どっこいまだ健在で、利用者は減ったものの、まだ90万人程度が活発に使っており、昨年$60mil. USDの取引がなされたという。Second Lifeはすでに18年の歴史があり、そこに登録したユーザー数は延べ7000万人と言われ、ビジネスモデルを含め、今後メタバースを発展させる上で、その成功や失敗から学ぶものは多い。

Second Lifeは一時騒がれたような大きな流れにはならなかったが、その一つの原因は、同じころに広がった別なものに、多くの人が参加したためだ。それは2004年に創業したSNSのFacebookだった。いまやFacebookはユーザー数29億の巨大サービスだが、Second Lifeはこれに負けてしまった、という一面がある。そのFacebookが、最近は若者ユーザーのFacebook離れなどがあり、再度彼らに魅力あるプラットフォームを作るべく、Second Lifeと似たメタバースにこれから積極的に注力しようとしているのは、何やら不思議な気もする。

Facebookはメタバースについて、Zackerberg社長自身も参加しているビデオを発表しているが、Second Lifeをよく知る人たちからは、ほとんど目新しいものがない、と厳しい評価をされている。 Facebookの言っているメタバースとSecond Lifeの大きな違いは、Second Lifeが2D(2次元)のパソコンの中に3Dのアバターを作って、仮想空間で行動しているのに対し、Facebookの言うメタバースでは、2014年に買収したOculus VRが開発したVR(仮想現実)ヘッドセットを使い、実際に自分がその空間に入っているような、Immersiveな感覚が得られるという点がある。これによって現実感が大きく変わるということは事実だろう。

VRヘッドセットを自分の身体の動きに合わせて、画面が時間的なズレがなく見えるようにするためには、まだハードウェアやネットワークの性能向上が必要と言われている。また、何かを触った感覚などが伝わるためには、haptics(触覚)分野での技術進化も必要だ。Facebookもそれを認識していて、本格的なメタバースができるまでには、5年から10年という長い期間がこれからかかるだろうと述べている。そしてその開発のために1万人開発要員を増やし、毎年$10bil.かそれ以上の資金を投入する、そのためメタバース関連事業は当分赤字が続くと明言している。それでもいまの時点で会社名まで変更してしまうのは、昨今のFacebookに対する米国議会などからの風当たりが厳しく、それから目をそらすためという面もあるだろうと、多くの人が指摘している。

Second Lifeを知る人たちからは、メタバースが成功するかどうかについて疑問を抱く人も多いが、それでもメタバースの波に乗ろうと、多くの企業がこの分野に名乗りを上げている。MicrosoftはVRだけでなく、ホログラム技術も使い、ビジネス向けのメタバースを中心に、すでに持っているMicrosoft Teamsに、メタバースでの会議などを可能にする機能を加えようとしている。また、ゲーム業界では、すでにゲームの中でメタバース的なことを行っており、ゲームFortniteで有名なEpic Gamesは、ゲームの中で有名人によるライブ・コンサート・イベントを開催したりしている。この他、ゲーム会社のUnity、Roblox、Minecraftもメタバース市場に参入しており、AIチップなどでトップを行くNvidia もメタバース市場への参入を表明している。

すでにVRやAR(拡張現実)を利用したシステムやサービスは、市場に出てきており、昨年春からのコロナ禍で、これらを使った遠隔地にいても仕事やゲームができるものは、市場が拡大している。ユーザーも自宅での巣ごもり生活が多く、リモートでの仕事やミーティングに慣れてきており、メタバースがユーザーに受け入れられやすい環境は整ってきている。技術もこれからさらに発展し、VRヘッドセットを使っても不自然に感じない、あるいはそもそもVRヘッドセットではない、もっと軽くて簡単なゴーグルでメタバースに入っていけるようになるかもしれない。これらを考えると、ニッチ市場にとどまっているSecond Lifeを超えた、新たな市場ができる可能性も考えることはできる。現実世界やその将来のシミュレーションに使われるデジタルツイン(Digital Twin)にも、メタバースの利用は十分考えられる。メタバースが将来どう発展するかは、それがどれだけ使い易いものになるか、どのような分野で有効性が認められるか、そして人々がそれをどのように受け入れるか次第だ。

ただ、メタバースはあくまでも仮想空間であり、現実世界ではない。すでにゲームの世界でも、それに入り込み過ぎて、現実世界との区別がつかなくなったり、中毒症状を示す人も出ている。これがメタバースになり、さらに現実世界と区別がつきにくくなったら、人はそれに耐えられるか、子供たちへの悪影響はないか。心理学者はすでに心配しているし、専門家でなくとも心配になる。また、いまSNSなどで問題になっている偽情報が、より現実に近いものに見えるメタバースで拡散されたらどうなるか、セキュリティやプライバシーの問題を含め、技術的な問題以外にも、多くの課題がある。メタバースは確かに使い方によっては、仕事の効率をアップさせたり、エンターテイメントをより身近に体験できたりと、多くのメリットを提供する可能性をもっている。しかし同時に課題も多く、もしメタバースが将来大きな世の中を変えるような動きになり、インターネットの次の段階と言われるものになるのであれば、これらの課題をしっかり解決しながら、健全に発展することを期待したい。


  黒田 豊

(2021年12月)

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