スタートアップ企業への投資、新規株式上場に今年は異変?
スタートアップ企業への投資、そして新規株式上場は、昨年大きな伸びを示し、これまでの数字を大きく書き換えた。スタートアップ企業への投資額は2021年に$643 bil.、2020年の$335 bil.と比べて92%アップだ。9年前の2012年は$59
bil.以下だったので、その約11倍だ。スタートアップ企業の株式上場も、これまで最高の1,070社となっている。しかも株式上場しないで業績を伸ばしているスタートアップ企業も多く、その評価額が10億ドルを超えるユニコーンと言われる会社は1,148に達し(2021年だけで586社増加)、その10倍の評価額100億ドルのデカコーン企業も50に及ぶ。まだコロナ禍の真っ最中にもかかわらず、このような活況が昨年続いた。
さて、年が明けて2022年、スタートアップ企業を取り巻く環境は、今後もどんどん伸びていくのだろうか? これがスタートアップ企業に投資するベンチャーキャピタル会社や、エンジェル投資家の大きな話題だ。まず昨年の市場急拡大についてみると、いくつかの要因があげられる。1つはコロナ対策のため、米国を含め、各国が大幅な金融緩和を行い、市場に資金があふれ、その行き場として、すでに公開されている株式市場に向かっただけでなく、スタートアップ企業への投資にも多く向かった。そのため、ベンチャーキャピタル会社への出資が大きく伸び、スタートアップ企業に投資する資金が潤沢になった。また、従来からあるベンチャーキャピタル会社だけでなく、新たにベンチャーキャピタルを立ち上げた人たちもいるし、ヘッジファンドを運用しているような企業も、これまでの一般株式市場での売買だけでなく、スタートアップ企業への投資に大きく傾斜した。その典型例はTiger
Management Fundだ。
もう一つは、コロナ禍で、いかにテクノロジーが重要かを、多くの人々が身に染みて感じたことだ。リモートワーク1つとっても、情報通信のハードウェア、ソフトウェア、サービスを駆使して初めて可能となり、それをより便利にするためのテクノロジーの進化が後押しした。1月末時点での株式市場の時価総額ランキングを見ても、上位7社のうち5社はテクノロジー企業のGAMFA(Google、Apple、Microsoft、Facebook、Amazon)だ(現在、Googleは統括会社のAlphabet、Facebookは社名変更してMetaの名前になっている)。この5社の時価総額の伸びは、2021年1年間で平均35%と大きく伸びている。電気自動車のTeslaをテクノロジー企業に含めると、7社中6社になる。このようにテクノロジーがこれからの時代にきわめて重要との認識が、コロナ禍でさらに深まり、スタートアップ企業でもテクノロジー関連の企業には、多くの資金が投入された。
新規株式上場が多かったもう一つの理由は、SPAC(Special Purpose Acquisition
Companies:特別買収目的会社)の急増だ。雨後の竹の子のようにたくさん登場したSPAC(2021年に613社、2020年は248社)にも多くの人が出資し、SPACがめぼしいスタートアップ企業を探して、その会社を買収して株式上場させることがたくさん起こった。その結果、SPAC経由によるスタートアップ企業株式上場は、2021年に267に上った。
株式上場していないスタートアップ企業への投資は、これまで一般の人々には難しかったが、2013
年と2016年の法律改訂(詳細は2021年8月のシリコンバレー通信を参照)で、比較的少額での出資が可能になり、多数の人から少額の出資金を集めるベンチャーファンドも急激に増え、スタートアップ企業への出資基盤が大きく広がった。また、SPACについては、空っぽのまままず会社として上場されるので、一般株主もその公開された株を購入でき、その会社が有力なスタートアップ企業を買収すれば、その会社の株式上場時に株主になれ、スタートアップ企業に出資したのとほぼ同じことが可能になった。このため、SPACは2021年、大いに人気となった。
こんな状況が2022年も続くのだろうか、という点になると、いくつかの疑問点が出てくる。まず株式上場前のスタートアップ企業の評価額が、昨年は高すぎた、という議論だ。以前からこの業界にいた人達は、現在の評価額はCrazyだというくらい、高くなりすぎていると感じている。これは公開されている株式市場全体でも、そのようなことが言われており、米連邦準備理事会(Federal Reserve
Board: FRB)による金融緩和の終了、引き締めの始まりによって、これまでのほぼ一本調子で上昇する状況ではなくなってきた。問題は、この軌道修正がいつくるか、そしてどれくらい大きなものになるか、という点だ。
もうひとつはSPAC経由によって上場したスタートアップ企業の、その後の株価の低迷が起こっている点だ。すべての会社が低迷しているわけではないが、かなりの数の会社の株が低迷していることは事実だ。これを見て、今年初めからSPACは失敗だった、と言い出す人が増えている。この状況を見て、まだスタートアップ企業を買収していないSPAC企業の株を購入する一般の人は減るだろう。SPAC経由による株式上場は、スタートアップ企業にとって手間のかからない、安易な方法として重宝されてきたが、SPAC経由での株式上場を、今後スタートアップ企業が避けるようになるかもしれない。少なくともSPACへの投資、SPAC経由による株式上場が、昨年のようにはいかないことは間違いない。
ここまで見てくると、スタートアップ企業への投資、そして株式上場は大きな曲がり角に来ているといえる。では、20年余前のインターネット創世期に起こった、株式市場のバブル崩壊と同じようなことが起こるのか。これについては、そうはならないだろう、という意見が多いようだし、私もその可能性は低いように感じる。20年余前、インターネットがこれからどんな成長をするか、誰にもわからなかった。そのため、企業が十分成長する前に、早めに「ダメ出し」してしまった人が多く、その結果株価崩壊につながった。実際、その当時つぶれてしまった多くのインターネット企業と同じようなことを、いまやって成功している会社も少なくない。そもそもAmazonは何年も赤字を続け、おそらく瀕死の状態だったこともあると思う。しかし、Amazonへの出資者は、幸いじっと我慢して、その将来性に期待した。その結果、現在は時価総額5位の押しも押されぬ大企業になった。
いままた、多くのテクノロジー関連スタートアップ企業が出てきているが、テクノロジーの重要性は、今後もさらに大きくなることはあっても、縮小することはない。そして、多くの人がそれを理解している。したがって、テクノロジー関連スタートアップ企業への投資は、これからも引き続き伸びていくと考えられる。むしろ、まだ序の口で、本格的な伸びはこれからだ、という人たちもいる。ただ、スタートアップ企業はみな成功するわけではなく、多くは敗退して市場から消えていく。そのことは変わらない。優れたテクノロジーをベースにした企業でない場合は、現在の行き過ぎた株価や評価額が調整され、未上場企業であれば上場までこぎつけず、市場の曲がり角を曲がり切れない企業も出てくるだろう。
いままでは、金余りやSPACのおかげで、それほど実力がないスタートアップ企業も上場できたり、高すぎる評価額を得ていた。投資する側も、厳しい目で見なくても、市場全体がインフレ化して伸びていたので、それなりに利益を上げられた。しかし、これからは、本当に力のある企業のみが伸びていく市場になってくるだろう。一般投資家も、そのような変化を見据え、厳しい目で投資先を選択する必要が出てくる。2022年はそんな年になりそうだ。
黒田 豊
(2022年2月)
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