テクノロジー企業の人員削減、共通の事情とそれぞれの事情
2020年春から始まったコロナ禍で、旅行やレストラン業界など多くの業界が危機にされされた。一方、テクノロジー分野では、むしろその必要性が人々に浸透し、テクノロジー企業はコロナ禍がむしろ追い風となり、業績を伸ばす企業が、大手企業、スタートアップ企業ともに多かった。それが今年に入り、サプライチェーン問題、ウクライナ問題、物価高、そしてそれを抑えるための金利引き上げなどが相次ぎ、状況は一変した。
これに伴い、人員削減の波が、年初からテクノロジー業界にも始まりつつあったが、11月に入り、それが一気に噴き出してきた。日本の新聞等でも大きく報道されている、SNSのFacebookの親会社Metaの11,000人削減、Amazonの10,000人削減、Twitterの社員約半分3,700人ほどの削減などは、すでに多くの人が知っていることだろう。これ以外にも、ネットワーク機器大手Ciscoが4,100人、自動車eコマース会社Carvanaの4,000人、仮想通貨取引Coinbaseの1,160人、営業支援クラウドサービスSalesforceの1,090人、フィンテック有力企業Stripeの1,000人、また、パソコンやプリンター大手のHPも4,000
– 6,000人など、多くの有力企業が人員削減を発表している。
ある会社の調査によると、2022年のテクノロジー分野の人員削減は、11月3週目時点で85,000人に上るという。別な会社の調査では100,000人とも言われている。このような人員削減が、テクノロジー分野で幅広く行われはじめたのには、共通の事情と、それぞれ個別企業の事情がある。
まず、共通の事情からみると、大きなものの一つは、ここ2年間、テクノロジー企業は人を採用しすぎた、ということがある。この2年間でMetaは社員数がほぼ2倍の87,000人に、Amazonは800,000人増やし、ほぼ2倍近い1,500,000人に、Twitterも2倍以上の7,500人になっていた。人員削減を発表していないGoogleの親会社Alphabetも、57%増やして68,000人になっており、今後人員削減が発表されるかどうか、注目される。
なぜこれら企業は、このように多くの人員を採用したのか。一つには、コロナ禍で事業が急激に伸び、実際に人が多く必要になったことがあるが、それだけではない。最近人員削減を発表した企業のトップは、「コロナ禍で事業が大きく伸び、これがコロナ後も続くと楽観視していたが、そうはならなかった。これは私の責任だ」と社員に社内メールで謝っている。MetaのMark
Zackerberg社長もその一人だ。また、Twitter 元社長のJack
Dorsey氏は「会社を急激に拡大しすぎた、申し訳なかった」と社員に述べている。もっとも、将来を楽観的に見ただけでなく、競合企業に負けまいと、優秀な人材を多く採用した、という面もある。そして、そのための資金が潤沢にあったことも、企業をこのような行動に駆り立てたといえる。そして、そのツケがいま回ってきた、ということだ。
このように景気のいいときに採用され、状況が変わったら簡単にレイオフされるのでは、社員はたまったものではない、という気もするが、そこは大手テクノロジー企業、退職してもらう社員に対する待遇には、十分な配慮が見られる。たとえば、Metaでは退職金として16週間分の給与と、勤続年数に比例して、さらに2週間分の給与x勤続年数が支払われる。5年勤務していれば、半年分の給与がもらえる計算だ。他社も同じような優遇措置が取られており、退職社員から大きな不満が出て来ないように配慮されている。
企業に共通の事情はあるものの、企業それぞれに個別の事情も存在する。その一つはデジタル広告に関する変化だ。景気がこれから悪化することを懸念して、広告主が広告費を控える、という面もあるが、それだけではない。大きなものの一つはAppleのApp Tracking Transparency
(ATT)導入により、FacebookやGoogleは、無料でサービスを使っているユーザーの情報が得られ難くなった。その結果、ターゲット広告がしにくくなり、広告主にとっても、広告のメリットが低くなってしまった。そのため、これら企業への広告費を引き下げた、ということがある。また、SNSの世界では、TikTokなど新興企業が現れ、限られた広告費を奪い合う競合が増えた結果、これまでデジタル広告分野で大きな市場シェアをもっていたMetaやAlphabetには、大きなマイナス要因となっている。実際、Metaが人員削減を発表したのは、2四半期連続で広告収入が減少したことを報告した直後だった。
Twitterの場合も、広告収入の減少が一つの人員削減要因だが、上の理由に加え、Elon
Musk新社長になり、Twitterがどのように運用されるか不明確で、今後フェイクニュースなどがTwitter上で広まる懸念があるとして、当面 Twitterへの広告を控えるという企業が、自動車大手のGMやユナイテッド航空を含め、多く存在する点がある。また大手企業から広告を請け負う大手広告代理店のOmnicom
Groupでは、自社の顧客に対し、しばらくTwitterへの広告は控えるよう、進言している。Twitterの場合、それ以外に、Musk氏がTwitterを大幅に改革するため、人員の削減および入れ替えを実施していることも、当然大きな要因となっている。
Amazonの場合は、10,000人削減と言っても、それは全社員数の3%に過ぎず、それほど大きな人員削減ではない。Amazonの場合も、コロナ禍で人員の採用し過ぎ、という点はあるが、それだけでなく、コロナ禍に順調だった経営状況が(2020年に利益330億ドル.、2021年に利益210億ドル)、2022年は、今現在30億ドルの赤字ということで、創業者のJeff
Bezos氏から経営を引き継いだAndy Jassy 社長が、不採算部門の掃除にかかった、という面が大きい。そのため、特に赤字の大きいデバイス部門に、大ナタを振るっている模様だ。
仮想通貨関連では、すでにCoinbaseの人員削減について書いたが、これからさらに大きなものが出てくるだろう。それは大手仮想通貨交換所のFTXが11月はじめに破綻し、破産手続きを開始したこと、それに関連して、連鎖倒産が起きることが予想されるからだ。すでに関連するBlockFiが連鎖倒産し、同様の破産手続きを開始している。
11月に入って、急激に人員削減の発表が相次いでいるが、まだもうしばらくは続く可能性がある。多くの会社が人員削減に走っているときは、会社としては他社とタイミングを同じくし、人員を削減して無駄をはぶき、次のステップに進むいい機会でもあるからだ。人員削減をするときは、何度かに分けてするのではなく、一気にしたほうが、社員のモラル維持にもいいという鉄則があり、各社とも、来年の厳しい景気状況を想定し、最悪の事態にそなえるための人員削減をしている、という意見も多い。したがって、状況が落ち着けば、また人員採用に転換することも十分あり得る。このあたり、日本でリストラする場合、その規模を最小限にとどめることにつとめ、結果的に会社を長期的に弱めてしまう場合が多いのとは、考え方が違っている。
今回の人員削減で、あふれ出た人達はどうするのだろう、と心配になる。しかし、労働市場は相変わらずひっ迫しており、テクノロジー人材についても、それは変わらない。10月現在でも、テクノロジー人材への求人は317,000あると言われ、今年人員削減された85,000を大きく上回る。スタートアップ企業、特にまだ起業して間もないEarly
Stageの会社は、製品やサービスを出しておらず、景気悪化の影響もすぐには受けにくく、これまで優秀な人材採用が難しかったのが、いま大きなチャンスを迎えている。スタートアップ企業への投資も今年は大きく低下しているので、あくまでも既に資金調達ができているスタートアップ企業である、という前提だが。
人員削減のニュースだけ見ると、大変なことが起こっている、と思われ勝ちだが、実際は、ここ2年の人員採用のやり過ぎに対する調整、というのが実情だ。ここでコロナ禍で浮かれていた状況を離れ、ビジネスの基本に立ち戻れば、これら企業の将来は、これからも明るいと言える。
黒田 豊
(2022年12月)
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