Stableでない(安定していない)Stablecoin?
仮想通貨について、このコラムですでに何回か書いており、最後に書いたのは2021年5月だ。そのときにも書いたが、仮想通貨はホットな話題で投資対象となっているが、その価格は大きく乱高下し、本来仮想通貨の目的である、商品の売買に使ったり、政府や銀行などに関与されずに資金を移動するという使われ方は、十分されていない。これは、最もポピュラーなBitcoinを含め、ほとんどの仮想通貨が基軸通貨を持たず、その価格が市場の需給状態で決まっているためだ。
これに対し、基軸通貨を持っている仮想通貨もあり、これらは基軸通貨と連動しているため、価格がBitcoinのように乱高下せず、安定しているStableなコインということで、Stablecoinと呼ばれる。大手銀行による特定通貨を基軸とした仮想通貨や、国の政府による仮想通貨も検討されており、中国が最初にデジタル元を2021年4月から発行し始めている。政府発行のものではないが、ある基軸通貨と何らかの形で連動しているStablecoinとして、Tether
(USDT)、Dai (DAI)、Binance USD (BUSD)、USD Coin (USDC)、TrueUSD (TUSD)などがある。
さて、このStablecoin、安定していると思いきや、そうでないものが出現した。TerraUSDというStablecoinは、もともと米ドルに連動するはずだったが、それがこの5月はじめの1週間ほどで、その1/10の10セントの価値に暴落してしまった。これは一体どういうことか。実はStablecoinと言われるものには大きく3種類のものがあり、安定したコインと言っても、必ずしも同じレベルの安定度ではないことがわかる。いずれも、そのコイン1単位が例えば1米ドルに対応するように設計されてはいるが、その方法が以下のように異なっている。
1) 米ドルなどと直接連動し、現金や換金可能な資産で保証されている(米ドルなどを担保としている)もの。例としては、TetherやUSD Coinがある。
2)
別な仮想通貨と連動しているもの。つまり、名前はStablecoinだが、これは別な仮想通貨に対して安定した交換レートを維持しているものの、その仮想通貨の価格が大きく乱高下したら、このStablecoinも変動することになる。一応、価格を安定させるために、この別な仮想通貨を倍またはそれ以上準備して備えているが、それでも十分かどうかはわからない。
3) あるアルゴリズムにより、別な仮想通貨と連動しているもの。今回問題となったTerra USDはこれにあたる。その連動していた仮想通貨はLunaと呼ばれるが、1対1で連動するのではなく、1米ドル分のLunaと連動する、という形をとっていた。それによって市場での需給バランスの変化に合わせ、結果としてTerra
USDは1米ドルに近い価格に安定するはず、というアルゴリズムだった。しかし、今回このLunaが大きく価格を下げ、一時100ドルを超えていたものが、ほとんどゼロに近いものになり、この理論が成立せず、Terra USDも1/10の価値になり、1週間で$18 bil.の価値が消えてしまった。5月30日現在、3セントにも満たない。
そもそも上の2)や3)がStablecoinと呼ばれていること自体、問題だと思うが、仮想通貨の世界では、これらもStablecoinと呼ばれており、どのような通貨とどんな形で連動しているかを見極めることが重要だ。Stablecoinの市場規模は、2020年10月に$21.5 bil.だったものが、2021年10月には$127.9
bil. と、ほぼ6倍になっているが、この中には本来Stablecoinと呼ぶべきではないものも含まれている。
今回突然TerraUSDの価格が暴落した原因を見ると、どうやらTerraUSDの預金に対し、いわゆる「取り付け騒ぎ」が起こり、TerraUSDを換金するための手段である、TerraUSDをLunaという別な仮想通貨に変更しようとする人が殺到し、その結果、今度はLunaの価値が暴落して、ゼロに近くなってしまい、TerraUSDを持っていた人たちは、そのほとんどを失ってしまった、ということのようだ。
TerraUSDの暴落で多くの人たちが損失を被ったと言われるが、なぜこの人たちはTerraUSDで資産を保管していたのだろう、という疑問が生まれる。そもそもStablecoinは、例えば米ドルと連動しているのであれば、持っているだけでは何の価値も生まない。しかし、それをあえて現金ではなく、Stablecoinで持つには、いくつかの理由がある。
ひとつは、自国通貨の価値が乱高下する開発途上国などで、米ドルを保持するのと同じように、Stablecoinを持つ場合がある。通貨の安定しない、たとえばアルゼンチンでは、一般市民は米ドルを購入することができない。彼らにとってStablecoinを購入することは、米ドルを購入するに等しいと思えたのだ。また、実際のドル紙幣を持つより簡単に国際的にも資金移動させ やすい、という便利さのため、Stablecoinを持つこともある。そのため、今回のTerraUSDの価値暴落で、アルゼンチンを含め、イラン、ウクライナ、ナイジェリアなどで損害を被っている人たちがいる。
もうひとつは、Stablecoinで持っていると、銀行預金と同じように利子を得ることができる仕組みがあるが、その利子が通常の銀行などに比べ、高く設定されている場合が多いため保持していた、というケースもある。高い利子を提供することによって、そのStablecoinの流通量を高めようということだろう。話題になっているTerraUSDは、年20%という高い利子を支払っていた。もしTerraUSDが本当に米ドルと連動した、本当の意味でのStablecoinであれば、これに投資することも、悪い話ではない。Stablecoinの定義を十分知らず、このように考えてTerraUSDを保持していた人たちも少なくないだろう。数は不明だが、少なくとも世界で数千人がSNSでTerraUSDによる損害を訴えている。やはり、うまい話には落とし穴がある、ということだ。
1)のStablecoinは、今後本来の仮想通貨の目的である、商品の売買や政府や銀行などに関与されずに、資金を移動することに使われる可能性がある。どれくらいその仮想コインが人々に広がり、どこでも使えるようになるか、また、本当にその仮想コインが米ドルや換金可能な資産に十分保証されたものかどうかが問題だ。
このようなStablecoinが広く流通することになると、今度は政府の関与が考えられる。現在の銀行システムでお金が流通している場合は、政府機関、米国でいえば連邦準備制度理事会(FRB)がそれを監視することができるが、Stablecoinで資金のやりとりが行われると、それが見えなくなる。結果、経済政策策定に支障をきたすことが考えられる。すでに現在でもBitcoinなどが犯罪者の資金洗浄に使われているように、Stablecoinが使われることも十分ありうる。また、Stablecoinに十分な保証がされているかを政府機関等が確認し、消費者を保護する必要もあるだろう。そのため、FRBのPowell会長は、Stablecoinに対する規制が必要との立場だ。
今後、どのStablecoinが世界の主流になるかは、特に国が保証するようなものの場合、大きな問題となる。中国が率先してデジタル元を使い始めているのも、デジタルでの世界の中心貨幣になるようにとの思惑も見て取れる。民間によるStablecoin、国によるStablecoin、それらに対する国による規制、それぞれの流通量の推移など、Bitcoinなどの非Stablecoinとはまた異なる多くの点で、Stablecoinの今後の動向を注目する必要がある。
黒田 豊
(2022年6月)
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