今年の大きな課題はAIをいかに活用するか、ただしITビジネス変革も忘れずに
新年明けましておめでとうございます。
コロナ禍はまだ完全に終わったわけではないが、昨年はかなりのことがコロナ禍前に戻り、いろいろな行事の復活、日本への海外からのインバウンドも、円安の助けもあり、ほぼコロナ禍前に戻ったようだ。
IT(情報技術)の世界ではAI(人工知能)、なかでも生成AIが、昨年市場の話題を独占したと言っても過言ではない。昨年に限らず、ここ数年、AIがITの中で最も大きなテーマとなっている。2015年のDeepMind社(のちにGoogleが買収)が開発した、AI技術の中でも深層学習(Deep
Learning)を使ったAlphaGoが囲碁のトップ棋士を破ったことに始まり、2022年11月のOpenAI社によるChatGPT(生成AI)と続き、まさにAIがITの話題の中核となっている。その間、仮想通貨などに使われるブロックチェーン技術や、仮想現実(Virtual Reality)を使った仮想世界メタバースなども話題になったが、いまはすっかり影が薄くなっている。
AIはずっと前から存在する技術で、以前は専門的な人が行うことを、コンピューター(ソフトウェア)で代替/継承できないかということで、エキスパート・システムと言われるAIシステムが使われていた。しかし、世の中が進化し、インターネットも普及して膨大な情報が氾濫し、そのようなビッグデータを分析することは、人では難しく、人のやっていることをソフトウェア化したエキスパートシステムでは、対応できなくなっていた。
そこに出てきたのが、AIの中でも機械学習(Machine Learning)を発展させた深層学習(Deep Learning)。これにより、ビッグデータをAIシステムに学習させることにより、AIが自律的に分析し、われわれは以下の2つの「目」を得ることできた。
• マクロの目(全体として何が起こっているかを概観できるもの、災害時の全体状況、人の流れなど)
• ミクロの目(個、たとえばある個人について、どんな行動、趣味嗜好があるか等を詳細にパーソナライズできるもの)
この深層学習技術を活用することにより、これまで出来なかったことが出来るようになり、AI活用分野が大きく広がった。ただ、これはビッグデータを扱う企業・政府を含めた組織には大きな武器となったが、一般の人々にとっては、世の中では、こんなことが出来るようになったのだと感心しても、自分たち個人が直接使えるような技術とは少し違うものだった。
そこに一昨年11月、ChatGPTという生成AIが登場した。これはビッグデータをもった企業・政府その他の組織だけでなく、学生や一般の人でも簡単に活用できるもので、その影響範囲ははるかに大きい。いろいろな使い方があるが、わかりやすく、簡単に使われるものとして、文章、絵、などのアイディア創出や下書き作成、できたものに対し、こちらの意見を加えての修正、文章の校正などがあげられる。これらはすべて、仕事を含め個人で自分がやっていることの改善、効率化に大いに役立つ。ChatGPTのような生成AIを直接使ってもいいし、今後、例えばMicrosoftがWordやPowerPointといった自社ソフトウェアに生成AI機能を加えたものを使うこともできる。
以前にも書いたが、この生成AIの出現は、一時的な流行などで終わるものではない。インターネットがそうであったように、その技術をもとに、たくさんの応用が考えられ、一人一人の個人、会社・組織の仕事のやり方が大きく変わり、今後さらに発展していくものだ。
機械学習や深層学習、それに生成AIについても、まだまだ課題はたくさんある。そもそもこれらの技術は、事前に集められた情報をもとに判断し、結果を出してくるので、与える情報の正確さ、偏りのなさ、その量、などが重要になり、結果を信用する前に、これらの確認をすることが重要だ。また、悪意をもってこれらの技術を使うことも容易なので、それに対する何等かの歯止めが必要だ。そして、情報源の著作権問題、偽情報の氾濫など、解決すべきものは枚挙にいとまがない。とはいえ、この技術を使うか使わないか、という観点で考えると、使ったほうがこれまでの仕事の効率もアップし、さらに新たなこともできる可能性を秘めているので、注意しながら使う、というのが正しい決断だ。
日本はスイスの国際経営開発研究所(IMD)によるデジタル競争力ランキングで、2022年の29位からさらに下がり、2023年には32位になってしまった。何とかこの凋落傾向に歯止めをかけ、向上するよういろいろ検討がされているが、AIの活用も、その大きな課題だ。デジタル・トランスフォーメーション(DX)という、ITを活用したビジネスモデル変革には、大きく後れを取っている日本だが、AI、特に生成AIの活用についてみると、日本は意外に積極的に見える。生成AIの活用方法はいろいろあるが、現在やっていることを、生成AIを使って効率よくする、というものが簡単でとっつきやすく、そこから使い始めている人が多い。実は、この「効率をよくする」、いわゆる「改善」は、日本のお家芸だ。
これまでも、戦後海外からの技術や手法を導入し、それを使って業務を改善し、さらにその使い方も、よりよくしていくことで日本は成長してきた。日本の苦手なのは「大きな変革」を行うことで、そのためDXでは後れをとっている。「大きく変えたくない」「大きく変われない」日本が、いまの停滞日本を作っている。しかし、生成AIによる仕事や物事のやり方の改善は得意なので、うまく行けば、この分野での生成AI活用では、日本は先進的になる可能性を秘めている。イノベーションの議論では、日本は破壊的なイノベーションは不得手だが、「改善・改良」(継続的なイノベーションという人もいる)については、日本は世界をリードするような立ち位置だからだ。
そういう意味で、生成AIの生産性向上への活用については、日本も大いに期待できる。それはとてもいいことなのだが、ここ数年言われてきたDXの本質は、ビジネスのやり方を変革するもの。AIも、もちろんそのために重要なツールだが、単にAIを使って生産性を向上させただけでは、ビジネス変革にはならない。
日本では、DXという言葉が、単にITを使って物事をよりよくする、という広い意味で使われる場合が多いように思うが、生成AIを使って生産性を向上させれば、それでDXが出来ている、と考えるのは大きな間違いだ。DXの本質は、あくまでもAIを含むITを幅広く使ったビジネス変革であり、いままでのやり方をAIを使って改善し、生産性を向上させても、ビジネス変革が起こっている業界では、それだけでは負けてしまう。
日本はデジタル競争力での遅れを解消するため、ソフトウェア・エンジニアの数を増やすべく、小学校からプログラミングを勉強させ始めているが、生成AIで、簡単なプログラミングは不要にさえなりかねない。ソフトウェア・エンジニアを増やすことよりも、世の中にどんな課題があるかを見つけ、それをどんなITツールを使って解決できるかを見極める人材の育成が、最も重要だ。生成AIの使い方でも、一番重要なのは、課題を見つけ、それについて、どのようにプロンプト(AIへの指示や質問)を書くかだ。
今年はAIの活用が、企業そして個人にとって、極めて重要な年になる。しかし、AIを仕事の効率化にだけ活用し、ビジネスのやり方に大きな変化をさせないのでは、日本のデジタル競争力は向上しない。AI
だけでなく、インターネット、モバイル、VR/AR、ロボットなど、ITを幅広く活用し、大きなビジネスモデル変革を行う、本当の意味でのデジタル・トランスフォーメーション(DX)がないがしろにならないよう、十分注意する必要がある。
黒田 豊
2024年1月
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