Amazonの週5日オフィス勤務への移行、
その背景と周囲の反応
9月中旬、米国のAmazonが2025年1月から、週5日オフィス勤務に移行することを、社員向けのメールで発表した。日本でもニュースとして取り上げられていたので、知っている人も多いことだろう。 米国では、コロナ禍でオフィス勤務が難しくなった折、ほとんどの会社が自宅からのリモートワークに切り替えた。そして、コロナ禍が落ち着いた数年前から、週の数日は自宅からのリモートワーク可能で、週に2日か3日はオフィスに出社するように、というハイブリッド勤務が、半ば標準的な勤務の仕方になっていた。
Amazonでも、コロナ禍が始まった当初は、倉庫など人が作業のために出社する必要のある職場を除き、基本的にすべてリモートワークとなり、その後、2023年5月からは、週3日はオフィスに出社するように、というハイブリッド勤務態勢になっていた。これに対し、例外的な状況を除き、今度は週5日、すべてオフィスに出社するように、ということに変更になった。
コロナ禍でリモートワークが定着し、その後、コロナ禍が通常のインフルエンザ扱いになると、オフィスでの仕事と自宅などからのリモートワークをどのように組み合わせるか、「新しい働き方」の模索が始まった。経営側は、オフィスワークによるチームメンバー同士の学び合い、企業文化の浸透、ブレーンストーミングのしやすさ、チーム内の人のコラボレーションのしやすさ、つながりの強化などのメリットを考え、社員により多くの時間をオフィスで仕事をしてほしいと考えている。
一方、社員の側は、リモートワークにしてくれると、通勤時間およびコストが省けるだけでなく、自分の都合のいい時間に仕事ができる、子育てがしやすいなどのメリットがあり、できるだけ多くの時間をリモートワークにしたいという人が多い。さらにオフィス出勤なしのフル・リモートワークが可能であれば、住まいの家賃などが高い地域ではなく、価格の安い自然豊かな郊外や他州に住んで、同じ給料で同じ仕事をすることができ、生活水準は大きくアップする。
この経営側と社員側の希望を考慮した結果、双方の妥協点ともいえる、週に2-3日オフィスに出社する、という形のハイブリッド勤務に落ち着いた会社が多い。このあたりの話は、このコラム2022年3月の「大きく変わる『働く環境』で、どのように働くか」や2021年10月の「コロナ後の働き方の変化と、それに合わせ進化するZoom」などにも書いている。
コロナ禍後、週5日オフィス勤務に移行した大手企業としては、貨物運送大手のUnited Parcel Service(UPS)や、金融大手のJP Morgan Chaseなどがあるが、これらは少数派という状況だった。週5日オフィス勤務を原則としている会社は、調査会社Flex Indexに登録された6300社余りの中で、33%に留まっている。しかも、そのような会社の数は、1年前に比べ15%下がっているという。そして、Amazonを含むテクノロジー会社で、従業員1000人以上の会社だけを見ると、週5日オフィス勤務を原則としている会社は、わずか7%とのことだ。そんな中でのAmazonの発表だったので、米国でも大きな驚きを持って受け止められた。
しかし、このAmazonの動きには、Amazon独自の事情とは別に、最近の米国での雇用環境の大きな変化も影響している。以前もこのコラムに書いたが、2020年にコロナ禍が始まり、数ヶ月も経たないうちに、テクノロジー企業の大切さが認識され、多くのテクノロジー企業は、先を争って人の採用に走った。その結果、これら企業の従業員数は、飛躍的に伸び、Amazonでは約1,608,000人(現在は約1,532,000人)、Google(Alphabet)では約190,000人(現在は約182,000人)、Meta(旧Facebook)では約86,000人(現在は約67,000人)となった。
ただ、2022年後半ころから、コロナ禍の落ち着きとともに状況は一変し、テクノロジー企業の人の取りすぎが問題となり、今度はレイオフの波が押し寄せた。その大きな波は、いまは落ち着いているが、それでもその後、業績が悪化した会社も現れた。パソコンの半導体チップで圧倒的な地位を築いたIntelは、AIの波に乗り遅れたこともあり、業績が悪化、今年に入って15,000人のレイオフを発表している。ネットワーク機器大手のCiscoも、業績悪化のため、今年に入り、9,600人のレイオフを決定している。テクノロジー業界全体でも、2024年はじめから、合計して137,000人のレイオフがあったという。
全米の失業者統計の数字は、失業率4.2%(8月現在)と、米国としては決して悪い数字ではないが、特にテクノロジー企業、あるいはそれ以外の業種でも、いわゆるホワイトカラーの仕事は厳しい状況にある。米国では、自分の勤めている会社の業績が悪化すれば、レイオフが行われるのは常だが、他に社員を採用している会社がたくさんあれば、別な仕事がすぐに見つかるので、それほど問題はない。しかし、最近はホワイトカラーの採用状況が低調で、新しい仕事が見つけにくくなっている。Wall Street Journal紙に載っていた記事によると、いつもなら次の仕事が比較的容易に見つかるような人も、100社に履歴書を出しても、返事が来るのが3社などという状況で、かなり厳しい模様だ。
エンジニア、特にソフトウェア・エンジニアの場合は、需要が高いので、一般のホワイトカラーの人とは、これまで状況が異なっていたが、最近はエンジニアに対する風向きも変わってきている。ソフトウェア・エンジニアに対する求人は、2020年2月に比べ、現在は30%下がっているという。例外はAI関連のエンジニアで、彼らに対するニーズは極めて高く、場合によっては年収100万ドル(約1億4000万円)などという場合もあるようだ。
このような雇用状況の変化により、経営側と社員側のパワーバランスが変わってきている。そのため、これまでは週2-3日のオフィス勤務というハイブリッド勤務が、双方の妥協点だったのが、経営側が少し強気になっている。実際、この4月に行ったKPMG社による大手400社のCEOに対するアンケートでは、3年以内に週5日オフィス勤務にしたい、と回答したCEOは34%だったが、9月の同じ調査では80%近くと、倍以上になっている。これはCEOの考え方に変化があったというよりも、そろそろ自分たちの希望である週5日オフィス勤務という形に移行することが、許される状況になってきたと判断しているのではないかと推察される。
しかし、オフィス勤務を増やすことに、経営側としてのリスクが伴うことに変わりはない。オフィス勤務5日に変更した場合、最近の雇用情勢から、それで退職する人は、以前より少ないかもしれないが、それでもある程度の人数が退職するという覚悟をしておかなければならない。たとえば、昨年秋にリモートワーク中心から、週2日はオフィス勤務という形態に変更したGrindrというマッチング・アプリの会社は、それだけで半数の社員を失うことになった。そして、現在の雇用状況でも、会社の方針に不満を持って退職する人は、他社で比較的容易に仕事を見つけられる、優秀な人が多いという問題もある。
会計ソフトウェア大手のIntuitは、経営者も参加する会社のミーティングで、Amazonの週5日オフィス勤務に対して、自社はどう考えているか、早速社員から質問された。これに対し、経営側は、現在の週2日オフィス勤務という態勢に対し、出来ればもう少しオフィスに出てきてほしいとは言ったものの、どうするかは明言していない。各社とも、それぞれの企業の社員とのパワーバランスを見極めながら、どのような勤務態勢にしていくか決める必要があり、力の弱い会社は、なかなか強気に出るのは難しいかもしれない。ただ、Amazonを含む大手企業が経営側の主張を強く押し出せば、それによって退職する優秀な人材を採用するチャンスになる可能性もある。その会社で働く魅力がどれくらいあるか。勤務態勢を含め、経営側もどこでバランスを取るか、難しい判断を迫られている。
黒田 豊
2024年10月
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